第12話 宇宙石
第二章スタート
第12話 あれから
「はぁーは……よく寝た」
靭は目覚めてすぐ、上半身を起こしてグッと伸びる。目覚めがいいのか、寝起きとは思えないほど、スッキリとした表情だ。
「じーん!」
「おっと」
目覚めてすぐ、凛が靭に飛び込んできた。靭は飛び込んできた凛を反射で抱きとめる。
凛の髪に色がついている。メインは淡い色の緑髪。加えて、淡い赤、青、黄と、残った白が、それぞれ一房の太い束となって纏まっている。幼かった顔つきが大人びて、瞳の色が濃い黒緑へと変化した凛が、靭をじっと見つめている。
白髪の時とは違う。天使から、まるで精霊のような姿へと変貌した凛に、靭は引き込まれるように見つめ返す。
(元々綺麗だったが、拍車がかかりすぎだろ。三回寝て起きても、未だに慣れないな。美しすぎる)
靭が注射器で死にかけたあの時から、すでに三回の就寝が済んでいるが、彼はいまだに凛の新しい髪色と大人びた雰囲気には慣れないようだった。
目の慣れない靭を他所に、凛が目を閉じる。
「ん」
「ふ、あぁ」
口を軽く突きだしてキスをせがむ凛に、靭は慣れたように軽く触れる。
「ふふん。ごはん、食べよ」
「ああ、分かった。その前に顔洗ってくる」
「分かった」
先にキッチンへ向かう凛の後ろ姿を見つめる。
(だいぶ甘えるようになってきたな。すぐに終わると思ったが、これがルーティンになりそうだ。まぁ、俺が死にかけたせいだろうけど)
靭が死にかけてからというもの、凛はどんどん彼に対して積極的になっている。目覚めのキスは当たり前。凛はとにかく、靭を求めている。それが嫌かと言えば、そんなことはない。
靭は凛の要求に、当然のように答える。キスをして上機嫌な凛を眺めた後、ゆっくりと立ち上がり洗面所へと向かう。
洗面台に向かった靭は、鏡に映る自分を凝視していた。
「はぁ、何度見ても慣れないな」
目の前に映るのは、慣れ親しんだはずの、くたびれた隈の酷い社畜の男ではない。くすんだ淡い青色の癖毛と、くたびれた顔が一変してワイルドな顔に変化していた。隈は消え去り、肌艶もいいのに、なぜか渋く見える。野性味が増したとでも言うのだろうか。無精髭の似合いそうな男になっていた。残念ながら、生えていたはずの髭は、綺麗さっぱり無くなっているが。
ただ、本人は気に食わないような顔で鏡を眺めている。
(若干老けてる気がするんよなぁ……。髪に色がついたせいで、若作りを頑張る三十代にしか見えんし。黒髪ならかっこいいのになぁ……)
顔を見た流れで、全身を眺める。痩せていた体もすっかり生まれ変わって、しっかりと筋肉がついていた。デカ過ぎず、細過ぎない。戦う男の身体そのもののような。
肉体が進化していたと言えば、聞こえはいい。
「感謝すべきか、すまいか……」
筋トレをして出来上がった体ではない。言ってしまえば、これはドーピングに近いのだろうか。いや、ドーピングという言葉では足りない。人体改造という言葉がしっくりくる。
自ら汗水垂らして手に入れた体ではないし、強制かつ地獄の中で暮らしているのだ。普通の日常生活であれば、筋肉が育つ過程を見るのは楽しいだろうが、残念ながらそうではない。
だからこそ、感謝するべきか、しないべきか悩んでいるのだろう。
「はあ、考えるだけ無駄だよな」
答えのない問いを考えるのに飽きたのか、鏡を眺めることに飽きたのか。鏡を見ることを止めて、顔をパシャパシャと洗う。
タオルで顔を拭いて鏡に映るのは、若作りを頑張る二十代の老け顔。かっこいいよりも、渋いという言葉が似合う自分ではない自分。
そんな知らないやつと目が合う。
「これが、深海靭ね……」
自分の名前を告げて、鏡の自分を睨む。どすの利いた顔で、凄みがある。本当に別人だ。
「……まぁ、気にしてもしゃーないか」
一人納得して洗面台から離れようとしたところで、視界の端に影が映る。
「じん」
戻るのが遅かったからか、凛が洗面所に顔を出してきた。
「あれ、そんなに時間経ってたか?」
「ううん。そんなことないよ」
「そうか」
凛は靭のそばに近づくと、すぐにぎゅっと強く靱の腕を抱きしめる。まるで遠距離恋愛の最中に、久しぶりに会った恋人のように。
「くっつくの好きだったんだな」
「どうして?」
「あれからずっと、そうしてくるからさ」
注射を刺した靭が目覚めてからずっと、凛はほとんどの時間、靭の身体に触れている。料理中は手が空けば、靭の背中に抱きついて離さない。食事のときも、身長差を利用して靭の太ももに座って飯を食う。ソファの時は靭の膝の中にすっぽりと埋まる。
風呂も、寝る時も、すべてが一緒。靭の隣が、靭の側だけが、自分の居場所であると主張するように。
「じんは……嫌なの?」
凛の目のハイライトが消える。何を考えているか分からない黒緑色の瞳が靭を捉えていた。凛の纏う空気が変わるも、靭はいつも通りだ。急いで否定するわけでもなく、怯えるわけでもなく、苛つくわけでもない。
ただあっけらかんと、言う。
「いや、全然いいけど」
「……いいの?」
驚いたのは凛のほうだ。目を見開いて、パチパチと目を閉じて、小さな口を開けている。まるで、自分でもウザがられているだろうと自覚していたかのような反応。
(どういう反応だよ)
靭は呆けている凛の髪をわしゃわしゃと撫でる。凛は、靭の思うがまま頭を撫でられているが、心地よさそうだ。
「今更だろ。好きにしろ」
「ふへへ、うん」
凛はピョンと跳ねて、靭の背中におぶさってきた。靭は動じることなく凛を受け止め、軽々と背負ったままキッチンへ向かう。
「んじゃ、飯作るかー」
靭が料理を作ろうとしても、決して背中から下りない。顔をぴったりとくっつけて、一緒にキッチンを眺めている。
「今日の朝の気分は、黒オムレツ」
「前回失敗したしな、チャレンジするか」
「うん」
靭は、凛の行動を微塵も嫌だとは思わない。というか、何も思っていない。パーソナルスペースが欲しいとか、たまには一人の時間が欲しいとか、ずっとくっついてきて鬱陶しいとか、そういう負の感情がないのだ。
靭は、当たり前のように受け入れる。デスゲームも、人の死も、環境も、何もかも。それが当然であるかのように振る舞う。受け入れる力が尋常ではないのか、それともどこかが壊れてしまったのか。
それを知るものは、誰一人としていない。
「いただきまーす」
「いただきます」
料理を作り終えた靭と凛は、すぐに食事を取る。並んでいるのは、食べやすい大きさに切られた黒い食パン2斤と、綺麗に盛り付けられた大量の黒いオムレツ。
見事なまでに、全てが焦げましたと主張している色だが、決して焦げているわけではない。
そういう食べ物なのだ。初日は、しぶしぶ取っていた食事も、今では御馳走が目の前に広がっていると顔が語っている。慣れてしまえば、黒い食事こそが至高の食べ物のように見えているのかもしれない。
靭は、思うがままに大きなオムレツを五つ、自分の皿に置いた。
「それ、全部焦げてるよ」
どうやら、成功作と失敗作があるらしい。靭は、自分の膝の上に座っている凛の後頭部を見下ろした。彼女の顔を見るには、こうするしかない。
「失敗したやつな。責任持っていただくよ」
「わたしも食べる」
「いや、しかしな」
「いいから」
きっかり2.5人分の黒いオムレツを靭から奪っていく。正直、どれが失敗で、どれが成功したオムレツなのか見分けはつかない。傍から見れば、ただ二人にはそれが分かるらしいということしか分からない。
「ほろ苦い」
「はは、それ一回目だろ」
「なら、徐々に美味しくなる」
「これだけあれば、成功するってもんよ」
目の前に広がる大量の黒いオムレツ。まだあと、1/3ほど残っている。朝ごはんにこれだけのオムレツが胃に入るだろうか。二人は食べきれる分しか作らないため、つまりはそういうことである。
「さすが、靭料理人」
「ただのアルバイトな」
黙々と食事を続ける二人。靭は、トーストした食パンを手に取り、ペンキくらい真っ赤に染まったイチゴジャムを使ってパンにこれでもかというほど塗った。凛は濃縮されていそうなほど色の濃い野菜と果物のフルーツサラダを頬張っている。
ほとんどが黒い食事の中で、サラダは普通の野菜と果物の色合いだが、やけに色が濃い。下手な食品サンプルじゃないかと疑うレベルだ。はっきり言って、食欲の失せる色合いである。食べ物か怪しい色合いではあるが、二人の手は止まらない。
みるみるうちに朝食が減っていく。あれだけあった食事は、すでに皿だけが残り、二人は満足そうに手を合わせる。
「ごちそうさん」
「ごちそうさま」
食事を終えて、慣れた手つきで食器を洗い、元の場所へ戻す。そこからは暇な時間。暇な時間に何をするかと言えば、回数限定の映画を鑑賞をすること。
お菓子をテレビの前に置いて、ジュースと酒を持ち込んで、映画を見る。寄り添いあいながら二人は集中して映画を見ていた。スマホも、他の娯楽もないせいか、本気で映画を楽しんでいるようだ。
映画の話が進むと、ケージの中で暴れるマウスが出てきた。
それを見た靭は、気づけば口にしていた。
「なんか、実験動物の気分だよな」
「そうだね」
飯を食い、暇な時間は制限付きの映画鑑賞と、暴走する性欲も発散する時間だ。それらが終われば風呂に入り、眠る前は飽きもせず性行為をして、眠りにつく。
デスゲームという生き残りをかけた戦いを強いられても、生き残ればまた同じ生活。
時間経過も、太陽の光すら拝めない。ケージに囲われたネズミのようだと、思ってしまうのも無理はない。
「次はいつ来るかな、アナウンス」
「さあな……」
死にかけて目覚めてから、3回の就寝をしている。普通であれば、3日は経っているはずだが、それはもうほとんど当てにならない。響曰く、長くても30分しか寝ていないというのだ。時間の感覚も映画でしか判断できないが、映画も集中して見ているせいか、時が経つのが早い。
まったく時間の流れが分からない中での生活。それでも、二人の精神は狂うことなく、平然と生活をしている。
びっくりどっきりアナウンスが来るのも不規則。予告もなく、突然ゲームが始まるというのに、同棲中のカップルのような落ち着き。一般人からしてみれば、耐えられない状況のはずなのに、靭と凛は休日のようにくつろいでいる。
「笑えるよなぁ。こんな状況でも、普通にリラックスしてるし」
「うん。嫌な感じがしない」
「はは、お互い狂ってきてるな」
「だね」
いつ始まるか分からない恐怖すら感じない。もはや、この状況が、靭達にとっては在り来りの日常。昔から、この生活だったと思わせるくらいに馴染んでいる。映画がエンドロールに差し掛かっても、二人はじっと画面を凝視していた。
どうやら、二人とも終わりまでしっかりと見るタイプのようだ。
(次は何を見るかなー)
靭が次の作品のことを思い浮かべていると。
パッパカパーン、パッパッパパララリーン――緊張感のないふざけた効果音が部屋中に響き渡った。
「噂をすれば」
「外に出るか」
「うん」
凛は当然のように靭の腕に体を密着させ、手を絡める。
靭は、凛の歩幅に合わせてゆっくりと進む。
『さーさてさて、お祭りやーい!』
狂ったように笑いながら告げる管理人を無視しながら、外へ出た。
すでに、多くの人間が集まっている。やはり、生き残った全員の髪色が変化していた。肉体はどうか分からない。ほかの人間の体なんて、注視してないから。
ただ、間違いなく変化しているだろうと靭は確信している。
『さてさてー、中央にご注目!』
全員が集まったのか、管理人が中央に注目するように言葉を投げかけた。
中央を見れば、そこには台の上に1mほどの大きな石が置かれている。その石は、禍々しいほどに黒く光り輝いている。時折点滅しながら、まるで呼吸をしているかのようだ。さらに、石の表面には様々な箇所にブラックホールのような、触れたものを吸収してしまう模様がついていた。
そんな石が、王のように鎮座している。
『さてさて、皆様。
そこに威風堂々と鎮座している宇宙のような石、『宇宙石』に触ってくださーい!
あ、押さないで! ゆっくり、近い人から順に並んでください!』
管理人は、宇宙石に触れるように指示を出す。相変わらずのウザい口調と、底抜けた明るいアニメ声の女に反応する者はいない。なにせ誰も前の人を押しのけていないし、ぞろぞろと順番に綺麗に一列に並んでいる。
遊園地のアトラクションの行列にも見えるが、並んでいる人々の顔は不安に染まっていたり、青ざめていたりする者がほとんどだ。楽しい時間なんてないのだから当然だ。当然、ただの石だと思う人間はいない。
これがデスゲームなら、あの石に触れれば何かが待っているのだから。
(宇宙石ね。触れるだけと言っても、何かが起こると考えるべきだ)
当然、靭もそのように考えながら、鎮座してる石を睨む。ここまで来るのに、様々なゲームに付き合わされた。理不尽さの極みだった命令厳守ゲーム、運動能力とペアの協力を試された生存ゲーム、そしてただ死を待つだけだった運試しの注射器ゲーム。
今回のゲームは、単に宇宙石に触れるだけ。今までのどのゲームよりも楽なルールには違いない。そのせいもあってか、嫌嫌な顔をしてるとはいえ、すでに列ができている。ここまで生き残ったペアだからこそ、ある種の諦めにも似たような顔つきだが。
(まぁ、触れるだけなら、それはそれでいい。問題はやはり石か)
映画でしか見たことないブラックホールのような模様が、いくつも渦巻いている。触れただけで吸い込まれそうな石だ。文字通り、宇宙を体現しているかのようだ。触れたら本当に吸い込まれるのではと思うほど、捕えようのない恐ろしさを感じる。
『それでは、どうぞー!』
一番近かった人が、なんの躊躇いもなく石に触れる。
特に反応はなく、なぜだか気まずい空気が流れた。何が正解で、何が間違いなのか、この状況で分かるわけがないからだ。
触れている男も困惑している。触れるには触れたが、特に反応がない。石も、管理人も無反応。
「んだよこれ」
空気に耐えきれなくなった男が、苛立ち混じりの声を出す。
『なにしてるのちみ、早く次の人に代わってくれめんす』
「……んだよ、終わりか」
全く理解できないまま、次々に宇宙石に触れていく人々。靭はそれを、ただただ観察していた。本当に何もないのか、じっくりと調べるため。
(うん、まったく分からん)
今分かっているのは、石に触れるということ。そして、反応があったかどうかも分からないといったところだ。10人ほど石に触れたところで、凛が靭にさらに密着した。
「平和だね」
「今のところな」
何もないわけがないと、靭は目を細めて石に触れる人々を見ていた。触れる時間はごく僅か。ほんの2、3秒程度。特に変化も反応もないが、逆にそれが怪しい。とはいえ、残念なことに、石にも変わった気配はない。
ただそこにあるだけ。
(触れてから少し経ってから、効果が出るのかもな)
宇宙石に変化がないため、靭が宇宙石から触れ終わった人々に視線を移したときだった。
バタン――宇宙石に触れた男が突如倒れ込む。
その音が反響し、静寂のドームに物悲しく響いた。




