閑話 狂愛・都合のいい耳
ーー狂愛ーー
「……じん!」
目を覚まし、弾かれたように身を起こす。
「はぁはぁ……ここ、は」
柔らかい感触。ふとん……じゃあ、ベッドの上?
う……頭がうまく働かない。どうして、寝てたんだっけ。
アナウンスで呼ばれて、それから……。
「ぐぅ……」
隣からいつものいびきが聞こえて、自然とそちらに目がいく。
「じん……そうだ、じんが死にかけて、それで」
目頭が熱くて、身体が震える。思わず寝ている靭めがけて飛びついた。
「生きてる!」
我慢できなかった。すぐにでも、靭の温もりを、吐息を感じたかったから。
我ながらはしたない。でも、我慢が利かないの。ここに来てからというもの、理性の歯止めが壊れていくのを感じる。
最初に、守られたからだろうか。
「違う」
目と目が合って、感じたの。雷に打たれたような衝撃、なんて陳腐な言葉じゃ足りない。脳が焼かれてしまうほどの激しい痛みと、全身に針が刺されたような痛み、そんな感覚だった。
その時、少し……何か思い出した気もするけど……あれは、なんだったんだろう。
「……ううん、今は、そんなこと、どうでもいい」
私は、感じたの。
この人は、私が生きてる限りは、私の前から消えることはないって。
吊り橋効果なんかじゃ、決してない。
今でも鮮明に、一言一句、香りまで覚えてる。
わたしが話しかけた時の靭は、面倒事に巻き込まれた顔をしてたけど、嫌がってはなかった。
靭の隣りにいるだけで、恐怖も不安も、吐き気も頭痛も、全てが消えていく。
なし崩し的にだけど、守ってくれた。ただ拉致された者同士の集まりだけだっていうのに。
「あぁ、う、じん……」
彼に触れているのに、やっぱり我慢が利かないの。靭の乱暴で優しいところを思い出すだけで、私の脳が、身体の奥が、熱く靭を求めてしまう。
「じん……じん……」
好き、大好きなんて、在り来りの言葉で表したくない。
足りない。そんな薄っぺらい言葉では足りないの。
私の余すところなく全てを、靭に捧げたいと思ってしまうほどに。
いえ……もう、全てを捧げてる。ネイル液のような注射器を打つのなんて、怖くて仕方がないから、靭に打ってもらおうとしたのに。
結果的には、自分で選んで、自分で刺した。6本もの注射器を。
最後には、自分の血を靭に捧げた。
なぜ、そうしてしまったのかは、分からない。ただ、そうするのが正しいし、靭を救えると直感したから。体に貫通した骨が、私を傷つけながら戻っていく。私の血に加えて、私が覆い被さったことで、靭の体が治っていくのを肌で感じた。
これがどんな力なのか、分からない。
愛の力と言えば、聞こえはいいけど、それ以外の何かだとは思う。私はどんどん化物になっていく。それはとっても怖くて、おかしくなってしまいそうなほどに。
でも、それ以上に、わたしは靭を救えたことが、この世に生まれた意義だと思えるくらいの喜びを感じた。
生存ゲームの2回目と、今回。
3回も靭を救えた。いつもの柔らかくて包んでくれる笑顔とは違う。本気の感謝と、心からの感謝の瞳で私を見てくれる。
今回もそう。いいえ、今回はもっと激しいはず。
だって、生存ゲーム後の行為は、とても激しくて素敵だったもの。
そのことを思い出すだけで……。
「んっ……!!」
寝ている靭の隣で、ひとりでシテ、果てて。体の力が抜け落ちてしまうくらいに気持ちがいい。
今では彼となんでもしちゃう関係なのに、こうして隣でひとりで慰めてるなんて、おかしいね。
……でも。
「足りない……」
きっと、靭が起きたら今回も野獣みたいに本能のままに、狂ったように愛してくれる。
どれだけ激しくされても、どれだけ乱暴に扱われても、すべてが愛おしい。爪が食い込んで血が流れても、キツく抱きしめられて骨を折られても、その勢いで内臓が潰されても構わない。
だって、靭の骨が私を貫通したときも、回復して戻っていくときも。
とっても、とっても気持ちよかったもの。
「じん……じん……」
私を欲してくれるなら、何でもいい。
あなたがわたしを愛してなくてもいいの。
必要としてくれてるなら、それだけでいい。
「じ、っん……はぁ、はぁ」
やっぱり、1人でシテも足りないの……だから。
「はやく、起きて……じん」
貴方がいないと、わたしはもう生きていけないの。
じん、私を染めて。
「じん」
わたしだけを……狂わして
ーー都合のいい耳ーー
「あらあら……獣というより、化け物みたいね」
隣から聞こえる音が、いつもより激しい。生死の境目を越えた時、あの2人はいつも互いを欲望のままに激しく絡み合う。聞き耳を立てて申し訳ないとは思うけど、これも情報収集のため。
「まぁ、深海さんが生きてたなら、問題ないわね」
たった1本の注射器で、彼は死にかけた。それを救ったのが凛ちゃんな理由だけど、その救い方は不思議としか言いようがない。
凛ちゃんの身体から、何かが動いたのを感じ取った。注射器の中身が凛ちゃんと急速に混ざり合い、凛ちゃんの想いに応えるように。
筋肉が、骨が、内臓が、細胞が、奇妙な音を立てていた。
「まぁでも、それは全員一緒か」
注射器を乗り越えた人間全員の肉体が、内側から改造されるような音。自分の体からその音が響いてきたときは、正直だいぶ引いたけど。
「それにしたって、彼は異常ね」
彼が選んだ注射器。あれが最も禍々しい音を立てていた。中身が何かはあまり考えたくないけど、あれらの中身には意志があったと思う。私たちのなかに埋め込まれたか、造られたか分からない程の小さい心臓と、黒い液体。
それが体内で、注射器の中身を喰らう音がした。
「完全に、人じゃなくなってるわよねぇ……【アウト】」
声に出してスイッチを切るように呟くと、隣からの音がぷつりと途絶えた。今度は、シャワーを浴びている黒曜君に聞き耳を立てる。
トン、トン、トン――硬いものを軽くぶつける音が、シャワー室に静かに響く。
「クソ……血が足りない。もっと、もっと血が見たい……」
今までも求血衝動に駆られる彼だったけど、注射器を打ってから悪化してる。
解決方法も分からない。今のところ、性行為をすれば落ち着いたけど、それも今後どうなるのか。注射器を打つ前までは、うまく化けの皮を被っていたけれど、限界かもね。
「私、殺されないといいけど」
彼と同室なんて、私の運もここまでなのかしら。割と運は良い方だと思ってたけれど。
「まぁ、生きてる限り、どうにかなるでしょ」
私は死んでない。死なない限りは、問題ないし。今までもそうやって生き抜いてきたのだから、これからもそうすればいいだけ。
「ふふ」
ウィスキー片手に、こんなこと思っちゃうなんて、私も末期かしら。
これじゃあ、悪の親玉ね。
お酒もタバコも、控えてたんだけど、身体が求めるのだから仕方がない。未成年と同室だからと、前まで気にしてたけど、これだけ肉体が変わってしまったなら関係ないでしょ。
「まぁ、もう彼はいいか……【アウト】」
途端に周囲の音が途絶える。起きたらこれだもんね。本当に都合のいい耳になっちゃうなんて。
我ながら傑作ね。
「守大、これも、あれも、それも、ちょうーうまい!」
「よ、よかった。カルちゃん、いっぱい食べてね」
「うん! もう、本当に腹減っちゃってさ! ねぇ、食材足りるかな!?」
「いつも以上に食材が追加されてるから、大丈夫だよ……きっと」
「そだね!」
バリバリと骨を食べてる音が聞こえる。こっちは、行為がないけど、食欲が異常ね。
私たちでは食べきれない量の食材が、さらに増えてるなんて。
「【アウト】」
カルちゃんたちの部屋の音を切り、響はウィスキーグラスを傾ける。
カルちゃんたちは、ほとんどが食事のための時間に使ってる。なんというか、本当に凄いわね。求めてるものがバラバラ。
全員が全員、何かを求め始めてる。わたしですら、他人の行動の聞き耳が止められない。
綺麗にいうなら知識欲、情報欲とでも言うのかしら。
「凛ちゃんは愛欲、黄土君は恐らく庇護欲、カルちゃんは食欲、黒曜君は血欲。
それぞれが、何かを欲してるはずなんだけど……」
集中して、深海さんに聞き耳を立てると、底しれぬ何かが蠢く音が脳に響いてくる。
オノマトペでは表現しきれない、なんとも罪深い音。
その音が、注射器を刺してから、さらに深くなってる。
「深海さんだけ、何を欲してるのか分からないのよね〜」
深海さんは、凛ちゃんの狂気的な愛欲に付き合ってあげているだけだと感じる。
決して、その狂気に呑まれてはいない。
「ふぅ、これは中々、骨が折れそう……【アウト】」
この音を聞くと、忘れていた恐怖が蘇る。ただ、彼の体内の音を聞いてるだけだというのに。
「底しれないわね、本当に」
だからこそ、信頼関係を築いておきたい。
ここは狂ったものこそが、生き残れる場所なのだから。
お読みいただきありがとうございます。
本作は【毎日18時】に最新話を更新しています。
次回、第二章スタート。
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