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XNFA--ゼノファ--「ようこそ……地獄の最前線へ」  作者: アトラモア
第一章 デスゲーム

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第11話 注射器と狂気


「何もこないね」

「そうだな」


 響と情報共有をしてから、5回ほど就寝した。30分しか寝ていないと言われても、実感がない。靭の体内時計では、すでにあれから2日が経っているというのに。食事を3回取るにしても、体内時計がすでに狂っているからか、時間の進みがわからない。


 恐らくだが、まだ24時間も経っていないのだろう。分かるほうが楽なのか、分からない方が楽だったのか。


(とんだ情報をよこしてくれたもんだ)


 デスゲームではないことが徐々に明らかになってはいるが……いや、ミスをしたら死ぬのだから、デスゲームには変わりないのかもしれない。


 死と隣り合わせの現実は変わっていないのだから。


「靭?」

「面倒なことになってきたなと思ってな」

「そうだね……でもね」

「ん?」


 凛は、隣に座る靭を抱きしめる。


「わたしは、靭が側にいてくれればそれでいい」


(本当に、そうらしいな)


 靭にとっては癪だが、響の話を聞いた後だからこそ、凛の言葉が本音だと分かる。面倒なことに、本人の言葉よりも第三者に言われてようやく信用できるというのが人間だ。そういう意味では、まだまだ人間らしい部分を残した靭は、不安げな顔をした凛を落ち着かせるように頭を撫でてやる。


「なら、お互いに問題ないな」

「本当に?」

「?」


 凛の不安そうな表情とトーンの低い声。いつもなら、凛はここで上機嫌になり、鼻歌を奏でるのだが、今回は違う。これを言ったら嫌われるかもしれないけど言いたい。そんな思いが伝わってくるように、震えた唇で言葉を紡ぐ。


「私の心が、すでに壊れてても、靭は……わたしを好きでいてくれる?」


 あぁ、だから様子がおかしかったのか。


 靭は迷わず、凛の頭に手を乗せて撫でる。


「当たり前だろ。俺だって、もうすでに壊れてんだ。お互い様ってやつだ」

「本当に? トップモデルの響が相手でも?」


 凛の言葉で、響の顔が浮かぶ。美しい外見と自立した精神を持つ女性だが、小悪魔的な部分もある。靭は凛の言葉に、思わず頬を掻く。要は嫉妬だろう。年齢の近い相手から可愛いともてはやされても、世間から人気のある女性には敵わないと思っているのだ。


 女性経験のある靭ではあるが、ここまで好かれたことはないのだろう。どう反応するべきか分からない雰囲気だが、一つだけ確かなことがある。


「勘弁してくれ……あの手の女性は苦手だよ」

「え……あんなに綺麗で、できる人なのに?」

「そういうのが苦手な男もいるんだ」


 それにと、靭は凛の瞳を見つめて言う。


「俺が好きなのは、凛だけだ」


 凛は靭の言葉を受けて、時が止まる。数秒固まったあとで、口角が上がり、顔から湯気が出るくらい赤く染まった。


「へ」

「ん?」

「へへへ、そっか」


 凛は、靭の言葉を鵜吞みにする。好きといっただけで、目と頬が蕩け、靭にこれでもかと体を寄せ付けて、なんとも幸せな笑みを浮かべるのだ。年下の女性がこのような態度を見せれば、誰だって庇護欲というものが湧いてくるだろう。


 靭も、そういう普通の男と変わらない。


 単純な男なのだ。


(凛を見捨てる、ね……ありえねーな。たとえ壊れていても、それはもうお互い様だ)


 もうすでに、普通じゃない人間なんていない。響の言葉が蘇るも、今となってはどうでもいいのだ。普通ではない人間しかいないのなら、それはもう普通なのだから。


(凛を守る)


 それさえできればいいと、靭は心の底から思っていた。


「あのね、靭」

「どうした?」

「今日も、しようね」


 飽きもせず、就寝前の夜の行為のお誘い。いい女から飛び出てくる誘い文句は、なんとも凶器的である。


「ああ」


 靭は顔色一つ変えず、優しい笑みで頷いた。


 ぱふぱふ、ぱふぱふ、ズキューン――ふざけた音が、部屋中に鳴り響く。


『はいはいはーい!お待たせしちゃって、ごーめんね!

まぁ、同棲生活だから、そんなに長く感じなかったかなかな!?』

 呆れて言葉も出ない。あまりにもふざけた言動だ。


『まぁ、そんなことはいっか。

今日はね、ドッキドキ、ワクワクするゲーム内容だからね!

恋人同士、最後に熱い抱擁をすることを勧めるよ……なんちて!』


 冗談になっていないから質が悪い。


『じゃあ、1分後に集合だ!』


「行くか」

「うん」


 手を絡めながら、向かう。



 すでに多くの人が集まっていた。眠そうだったり、気だるそうだったり、やっぱり入浴の最中だった人もいるが、慣れてしまってる感じがする。


「なんだろうね、あれ」

「おどろおどろしいっていうのか、こういうのさ」


 各ペアの前には、10本の鈍い輝きを見せる銀色の注射器がずらりと並んでいる。


(また黒か。色だけじゃなくて、なんか動いてねーか、あの中身。なんか無駄にキラキラしてるし、もう何がなんだか分からないな)


 注射器の中身は、ゆっくりと動いて見える黒い液体。液体だけではなく、星々を散りばめたような小さい光がいくつも見える。生き物なのか、そう見えるだけなのか。どちらにせよ、身体にいいものではないのは明白だ。


「ネイルみたい」

「あー……たしかに」


 凛にはラメ入りのネイルの液体に見えるようだ。


 靭は思った。


(だとしても、動くネイルを付けたくはないな)


 それに、入っている容器は完全に注射器だ。ネイルだとしても、爪に付けるわけではなく体内に入れることがほぼ確定している。背中を軽く触られたような不快感が、靭を襲った。


「靭は、何を思った?」


 あの注射器の中身のことだろう。凛はネイルといった。靭は少しばかり考えてから発言する。


「不気味な冬の夜空かなー。キャンプに行った時の夜空に少し似てる」


 自然いっぱいの中で見上げた夜の星空。街灯のない月と星が照らす夜。星はキラキラと光り輝いて美しいのに、このまま見続けていたら、夜に飲み込まれてしまうような、そんな気配を感じる。靭の回答が意外なものだったのか、凛は下を向いて口を押さえて小気味よく笑う。


「ふふ、ロマンチスト」

「るせぇ」

「ふふ」


 楽しそうに笑う凛に、恐怖の色は見えない。靭といることで、不安が消えるというのは本当なのだろう。ただ、以前よりも、その兆候が顕著である。以前の凛は、靭が隣にいても震えて怯えていた。


 だが、今は違う。先の言葉の通り、靭がいればいいのだろう。

 

(ま、怖くないならいいか)


 他にもっと思うところがあってもいいはずなのに、靭の脳内に浮かんだ言葉はそれだけだった。凛が良ければいい。靭もまた、この場に来て異常な考えが増しているが、本人がそれに気づくことはない。


(凛が平気ならいいけどさ……)


 そう思い、目の前の注射器を見る。どう考えても、そうなんだろうと思った言葉をつぶやいた。


「入れるんだよなぁ、きっと」

「……靭」

「ん?」

「わたしにも打ってください」

「はは、りょーかい」


 靭がいればそれでいいのだが、自分で注入するのは、怖いらしい。何とも可愛げがあるなと靭は思いつつ、アナウンスがかかるまでしばらく呆然と注射器を眺めていた。


『よしよーし、全員集まったね! 優秀で何よりだよー。嬉しいなー、110組も優秀な人がいてさ』


(220人もいるのか、220人しかいないのか。元は1000人くらいいたからな。だいぶ少なくなったか)


 二回のゲームで約8割が消えた。それだけでも恐怖を覚えるはずだが、靭は依然として平然としたままだ。


『さてさてー、お気づきかと思うけど、目の前の注射器。チューっと身体に入れちゃってね!』


 管理人の言葉にざわつく人々。慣れてきたとはいえ、さすがに黒い物体を体に入れるのは抵抗があるらしい。


『10本あるけど、1本でもいいし、2本以上ぶっ刺してもいいよん。まぁ、死ぬリスクは高まるけどさ! 運が良ければ生き残れるよ、きっと、たぶん! あー、とはいえ、1本でもハズレを引いて死ぬ人もいるけどさ! わっはっは! 生死をかけた運試しってわけ!』


 誰も笑うことはない。場違いな空気が流れる。そんな空気を気にしていないのか、管理人はまだ喋る。


『やっぱり、最後は運な訳よ!

あ、ちなみにだけど、どれが当たるかなんて、僕ちゃんにも分かりませーん!直感でぶっ刺してねん!』


 いつもの如く適当だ。管理人にとって、人の生死など、些細なことなのだろう。


『じゃあ、制限時間は10分ね!よろしくどうぞ!』


 とはいえ、誰も行動しない。さすがに、一発目は気が引けるんだろうか。


「じゃあ、やるか」


 靭が言葉と共に、注射器の前に歩いていく。


「早いね」

「どうせやらなきゃ殺されるだけだしな」

「そうだね」


 靭の側に、平然と凛も続く。両隣を見れば、すでに吟時とカルが、どれにしようか迷っていた。


 カルは『どれにしようかなー、天の神様のー、言う通り』と、小学生のような占いを始め、吟時はいつもより口角を上げながら注射器を眺めている。守大はカルを見て視線を反らしている。自分からいけないことが、罪悪感があるのかもしれない。


 響は目を閉じて、何かを感じているようだ。注射器の中身が動いているから、何かを感じ取ったようにも見える。吟時は、動じもせず、注射器を眺めてるだけだった。


(さて、自分のことに集中しないとな)


 他所を気にせず、自身に集中する。靭がどれにしようか迷っていると。


「靭、これ」

「ん?」


 凛が選んだのは、1本の注射器。


「たぶん……大丈夫」

「なら、そうするか」


 躊躇なく打ち込む。痛みはないのか、表情に変化はない。どろりとした液体が、血液を通して流れ込んでいくのが分かるのか、若干顔が引きつっている気もするが。


「……っ!!」


 すべての中身を体に打ち終えると同時に、靭が地面に膝をついた。


「じ、じん!」


 凛は震えた声で、靭のそばに駆け寄る。


『あららー、外れちゃったかな??』


 とても残念そうな声だ。面白いおもちゃが壊れてしまった時の、残念だけど仕方がないといったトーンではあるが。


「な、にが……!!」


 靭の体から力が抜け落ちていく。膝をつくのがやっとだったはずが、耐えきれなくなったのか、地面に倒れ込んだ。


『ほらー、君たちの体って、元の体とは思えないくらい身体能力が強化したでしょ??』


 靭のつぶやき答えるように、管理人の声は口角が上がっているかのよう。


『それをさらに強化するためのお薬なわけだけどー……どれかは滅茶苦茶効くわけさ。薬の効果が高ければ高いほど能力が上がる。けど、その分、体が耐えきれなくて』


「う、ああああああああ!」


 パッアン――久しぶりに聞いた音がドームに響く。人が破裂する音。肉片と骨が吹き飛ぶ恐ろしい音だ。


『ああいうことになっちゃうってわけ!』


「まじ……かよ」


 靭の体は、いきなり破裂することはない。だが、管理人は言った。外れちゃったかなと。


「ぐ!!」

「じん!!」


 徐々に、心臓の鼓動が強くなる。倒れて動かないはずの体が、ゆっくりと確実に動き出す。


「はな……れろ!!」

「じん!!」


 靭の意思は関係なく。皮膚が、筋肉が、骨が、臓器が、脳が、大きく膨らんでは縮んでを繰り返す。


 その痛みは。


「ぐあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 今まで感じた事のない、感じるはずのない痛みが、靭を襲い続ける。


 手枷足枷をされた状態で海に捨てられ、徐々に息苦しさを覚える窒息感のような。

 無理と言っても無理やりホースで直接水を入れられ続け、腹が破裂するような。

 呼吸をするだけで、怪我した部分を針や物を使って内側を抉られるような。

 ブルドーザーで足から徐々に巻き込まれるような、骨の砕ける音のような。

 大きな巨人に、雑巾のように絞られ、皮膚が裂け筋肉が引きちぎれ骨が飛び出してくるような。

 がちがちに拘束された状態で、強酸性・強アルカリ性の液体を全身にぶちまけられるような。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 靭の体は、独りでに動いている。体が変形しては元に戻り、変形しては元に戻るを繰り返す。元居た場所からのた打ち回るように移動しながらも、体の内側で何かが暴れているかのように。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 叫び過ぎたせいで、喉からは血が溢れ、目や鼻、皮膚のいたるところから血が溢れる。皮膚を突き破り、骨が飛び出してきても、骨は元に戻るようにバキバキと音を立てながら靭の体内へと戻っていく。


「!!!!!!!!!!!!」


 靭の声はもう出ていないのに、意識はあるのか、まだ動き続けていた。


『あーあ、惜しいなー。これだけ耐えれるのに、ここで終わりなんてさ』


 そんな言葉、今の靭には届かない。届いていても、それに反応する余裕すらないだろう。


 靭の意識はもう、痛みに耐えることだけに注がれている。







 凛は、必死に痛みに耐える靭をただ眺めている。


「じ……ん……」


 何が起きたか分からない子供のように。もはや人の形ではありえない行動を繰り返しながらも、靭はまだ生きている。とはいえ、凛を見ても、靭は何も考えられない。それほどの痛みだ。地獄の苦しみを味わわせるかのように、一生の痛みが靭を襲い続けている。


 普通であれば、とっくに死んでいるはずなのに、死んでいない。


 肉体が元から強化されているからか。


 死ぬことすら簡単にはさせてもらえない。それを体現しているかのように、靭は叫ぶ音すらなく、のた打ち回っている。


『すんごいなー。そろそろ死んでもおかしくないのに、どうして生きてるんだろ?』


「いき、てる」


 管理人の言葉に、凛はハッとする。


「まだ、いきてる」


 凛は管理人の言葉に意識を取り戻す。まだ靭は生きている。体がありえない方向に向いても、皮膚が裂けても、時折骨が飛び出ていても、血が至る所から流れていても。


 まだ、靭は生きているのだ。


「わたしに、できること」


 凛は涙を拭かないまま、台に置かれた注射器を見つめる。


『いや、突然痛みが引いた。回復まで早いみたいだ』


 靭の鼻から血が流れていた時、凛は靭の鼻に触れた。あの時、靭が「痛みが引いた」と呟いた言葉が、凛の頭で反芻される。


 もし、急に痛みが引いたのが、靭の体が回復するのが早いだけじゃなかったら……。


 凛は自身の手を見つめ、考える。靭の肉体は、運動をしていない人間の運動量を優に超えていた。それに加えて、凛を負ぶったまま坂道を駆け上がっていたのだ。凛の体重がいかに軽いとはいえ、坂道を全力で走っても息切れすらしていない。


 普通の人間に、そんなことが可能なのか。凛は否定する。仮に火事場のクソ力が出たとしても、息切れしないのは明らかにおかしい。


 もし、肉体改造以外の力があるとするなら。


 例えばそれは、響の聴力。例えばそれは、カルの異常な食欲。あれだけ食べているというのに、肉体に変化がない。彼女らの力は、肉体改造ではなく、何かしらの能力であると言われた方がしっくりくるほどの異常な何か。


 凛は駆ける。そして、台の上に置かれた、夜空に輝く液体を見つめた。


「……どうせ外れても、死ぬだけ」


 凛にとって死ぬのは怖くない。死ぬならきっと、靭も一緒だからだ。仮に、靭のような痛みを受けたとしても、彼女はきっと笑うだろう。


 靭と同じになれたと。


 今の凛にとって、最も恐ろしいことは、自らが生き残り、自ら選択させた注射器によって靭を殺してしまうこと。誰も靭を救う手立てなどない。


 なら、誰がそれをやるのか。


「わたしにしか、できない」

 

 生存ゲームでなぜ靭を生かして、ここではそれが働かなかったのか。


 それを考えるのは、今じゃない。


 大切な人を救うため、自ら注射器を手に取った。


「っ」


 凛は痛みに耐えながら、注射器の中身を自らに注入する。不気味な液体が入る気持ちの悪い感触に耐えながら、一本目をすべて体に入れた。


「……足りない」


 なぜそう思ったかは分からない。女の勘というものなのだろうか。凛は再び、注射器を睨む。


「っ」


 反対の腕に一本。


「足りない!」


 また、一本。今度は足に注射器を注入する。


「まだ、足りない」


 靭を救う手立てを求めるように、凛は次の注射器を手に取る。正しい選択かどうかなんて、凛には関係ない。靭を救うために、彼女は自らの本能のままに注射器を打ち込む。


「まだ、足りない!!!!」


 両腕、両足ときて、次に手に取った注射器は、直接心臓に打ち込んだ。


 カラン


 空の注射器が、地面に転がる。計5本の注射器。凛の瞳から涙が溢れ、零れていく。


 注射器を打ち込んだ痛みではなく、大切な人が苦しむ姿を見て泣いている。


「あと、一本」


 最後に手に取った注射器は、凛の首の頸動脈へと差し込まれた。


「……」


 6本目の注射器を手に持ったまま、凛は空になった注射器を見つめる。


「……じん」


 靭の名前を呼びながら、凛は首に刺した空の注射器で、自らの血をゆっくりと吸い上げていく。


「もうすぐだからね」


 自らの血を含ませた注射器を持ちながら、凛は虚ろな目で靭を見つめる。靭はまだ必死に痛みに耐えてるようにのた打ち回り、声にならない音で叫んでいた。


「もう、大丈夫だよ」


 ハイライトの消えた瞳が、靭の元に近づくにつれて生気を取り戻していく。暴れる靭を前に、凛はゆっくりと両膝を地面につける。とても直視できないような姿になり果てた靭を見つめる凛。さきほどのハイライトが消えた瞳とは裏腹に、その目はひどく輝いていて、蕩けている。


「いま、助けるからね」


 暴れる靭に覆いかぶさるように、ゆっくりと抱きしめていく。靭はすでに正気を失っており、暴れる腕や足によって、寄り添ってきた凛を容赦なく傷つける。


「だいじょうぶ、だいじょうぶだからね」


 どれだけぶたれても、蹴られても、血を流されても、凛は動じない。筋肉と皮膚から飛び出してきた骨で傷を付けられても、凛はその痛みを味わうように、ゆっくりと靭を抱きしめた。


 体を傷つけられて、骨が体を貫いても、その痛みを快感に変えて、抱きしめる。


「もう、だいじょうぶ」


 ぎゅっと抱きしめて、反対の手で注射器を差し込んだ。


 自らの血が入った注射器を。注射器に入った血が、靭へと吸収されていく。


「ーーーーーーーーーーぁぁあああああ」


 枯れて血が出ていたはずの靭の喉から声が戻る。しゅうううと音を立てながら、突き出た骨が逆再生するかのように体内へと戻っていく。


 もちろん、凛の腹を貫通している骨も、ゆっくりと靭の体内へ戻っていく。

 

「いたいね、いたかったよね……ごめんね、じん。わたし、いま、とってもきもちいいの」


 逆棘のように尖っていた骨が、肉を抉りながら凛の体内を通り抜けて戻っていくのだ。その痛みは尋常ではないはずなのに、凛はただ小さく声を漏らして、体がピクリピクリと動くだけ。


 それ以外で気になる点と言えば、これまでにないほど凛の瞳は蕩けて、頬はこれまでにないほど赤く染まっているということだけ。


「ふふ……こんなけいけん、だれもしたことないよね……わたしと、じんの、はつたいけん、だね」


 狂気の言葉は、誰に呟くでもなく、靭に直接降り注ぐ。とはいえ、靭はすでに意識はなく、その言葉は届いていない。ただ、靭の肉体は破裂することもなく、完全に戻っていた。もちろん、呼吸はすでに安定しており、気持ちよさそうに寝て息を立てている。


 そんな胸の上で、凛もまた気持ちよさそうに、靭の体温を感じていた。


「へへへ……また、じんを、すくっちゃった」


 その言葉を最後に、凛もまた、気を失った。







『へー……これはまた、おもしろい』


 いつもふざけた管理人の言葉が、別人のように真面目な口調でドームに響いた。


 その声は、誰にも届いていない。


 なぜなら、すでに全員が注射器を打って、気を失うなり死ぬなりと、意識がないからだ。


『初回にして豊作なんて、僕ちんは運がいいなー。

あ、さっさと部屋に戻しておいてあげてねー。じゃあ、あとよろしくー』


 

 いつもながらの軽い口調と共に、ぷつりと放送が消えたのであった。



ーーーーーーーーーーーーーーー


「コロセ、コロセ……ニヲ、コロセ」

「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ」

「ゼッタイ二コロセ」

「コロスマデ、ドコマデモ、オイカケル」

「ゼッタイ二、ユルサナイ」


「チカラ ヒツヨウ ハヤク オモイダセ」

「スベテヲ オモイ ダセ」

「イマノ ママデハ ヨワイ」

「ハヤク ワレヲ カイホウ シロ」


ーーーーーーーーーーーーーーー

  

「……ああ、いきてるな」


 暗い部屋でぽつりと、そんな感想がでてきた。注射器を打った後の記憶はほとんどない。意識はあったが、覚えているかは別の話。言いようのない複雑すぎる地獄の痛みの記憶も、靭の頭からはきれいさっぱり抜け落ちていた。


「じん!」

「おふ!」


 凛の声がしたと思えば、靭に覆いかぶさるように抱きついてきた。どうやら相当心配をかけたようだと、靭は凛に抱きつかれて顔を見ないまま反省する。


「生きててよかった」

「悪かった。心配かけて」

「いいの。だって、生きてるもの。

それに、私が靭を」

「まった。それ以上は言うな」


 靭は凛の言葉を無理やり遮った。部屋が暗いせいでよく見えないが、凛の言葉は震えて、泣いている声がしたから。きっと、凛は自ら選んだ注射器がハズレだったことを嘆いているのだろう。


 靭は凛のせいではないと説得するため、凛の瞳を見つめて頭を撫でる。


「生きてるんだ。謝るのは無しだ」

「でも」

「でもも、くそったれもあるか。今は二人とも、生きていることを喜ぼう」

「うん」


 凛は頬を染めて、優しく笑う。暗いせいか、靭には見えていないはずなのに、その光景がありありと浮かぶ。


「じん!」

「ただいま、凛」

「おかえり、靭。ただいま、靭」

「ふ、おかえり、凛」


 凛が靭をギュッと抱きしめる。靭も、それに答えるように、凛を強く抱きしめた。


 しばらくして、気が済んだのか、凛は靭の瞳を至近距離で見つめる。


「……」

「……」

 

 静寂が二人を包む。

そんな空気の中、凛はゆっくりと靭の耳元に口を近づけて囁く。


「ねえ、しよ?」

「ふ、そうだな!」

「きゃ」

 

 死を感じたからなのか、いつもより激しく、濃密に、何度も何度も、求め合い続けた。


 本能が茨のように絡み合い、靭を縛りつけて離さない。




お読みいただきありがとうございます。

本作は【毎日18時】に最新話を更新しています。



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