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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【断罪編】  作者: 星七美月
第5部中篇 断罪の果て、悪役令嬢は運命の恋を掴み取る!?

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405/410

第405話 トゥーラ妃の秘密

 翡翠宮の一室、閉ざされた部屋。

 マーガレットはゼファーと向かい合い、二人だけのお茶会に興じていた。


 ゼファーが冷ややかに手を打ち鳴らすと、廊下に控えていた側近が音もなく現れた。側近は、ゼファーの手に恭しく『何か』を手渡す。


 それは、片手では足りぬほどの大きさの小箱だった。小箱の表面には白と茶色の木材を幾何学的に組み合わせた、組み木のような技法が用いられていた。


 ローゼンブルク王国にはない伝統的な装飾が施された小箱。木のぬくもりが感じられる美しい仕上がりと、どこか神秘的な雰囲気が漂っている。


 マーガレットの視線は小箱に一心に注がれている。それを認めたゼファーは、小箱の蓋をゆっくりと開けた。箱の中には、無数の手紙が折り重なっていた。

 その手紙の山に視線を落としたゼファーは、静寂の中、力なく声を絞り出す。


「母上の手紙だ」

 手紙を見据えたまま、マーガレットは囁くように声を落とした。

「……トゥーラ様の、ですか?」


 ゼファーはただゆっくりと頷いた。どこか不気味な光をその目に宿し、美しい装飾の施された小箱をマーガレットの前へと滑らせる。


「二年前にこの部屋の改装をしたことがあっただろう。その時に、壁紙の奥に後生大事に隠されていた……誰からの手紙だと思う? きっと、君はわかるだろう」


 言葉とともに届く、その咎めるような冷ややかな視線。マーガレットの胸には、ある予感が走った。しかし、それを口にするのははばかられ、俯いたまま無言を貫いている。


 失望したように重い溜め息を落とし、ゼファーは淡々と言葉を連ねる。

「それは母上の、祖国の愛人から届いた手紙だ。書き損じた物もあるから、母上が相手に何を思っていたのかもわかる…………読むんだ」


 冷たく突き刺すような視線に観念し、そっとその古びた便箋に手を伸ばす。便箋を開き、綴られた文章を黙って追いかけた。


 そこには――

 祖国のため、王女として勤めを果たすという強い意志と、愛しい人との再会を望む切実な想いが記されていた。しかし、手紙の内容が進むと、「会いたい」という言葉が尽きることのない湧き水のようにあふれ出していく。


 ああ……これは、まるで…………。


 トゥーラ妃の感情に、痛いほど共感を覚えてしまう。マーガレットは無意識に眉間に深い皺を刻み、顔を曇らせた。

 葛藤に苦しむ元婚約者を一瞥し、ゼファーは両手をゆっくりと絡ませ、侮蔑の色を帯びた声を沈めた。


「ローゼンブルクに嫁いだ母はね。僕とシャルロッテを産みながら、ずっと他の男を想っていたんだ。やっぱり君と似ているね……」


 結婚相手、または婚約者がいながら他の相手に恋い焦がれる。

 他人に置き換えると、それは酷く不実なものに感じ、マーガレットは黙りこくる。その静寂を嘲るかのように、ゼファーは笑い声を放った。


「ふふっ、その男と駆け落ちしようとした日に事故にあって死んでしまったのだから、母は天罰が下ったんだ。君もそう思うだろう…………マーガレット?」


 同意を求めるように満足げに微笑むゼファーに、マーガレットは瞼を伏せた。


 自分のお母様の死を、天罰のひと言で済ませてしまうだなんて……。

 そういえば、翡翠宮に飾られていたトゥーラ様の肖像画が、ある時を境に消えてしまった。あれはきっと、ゼファー殿下のトゥーラ様への決別が込められていたのだろう。




 ゼファーはそっとティーカップを手に取り、セイロンティーで喉の渇きを潤した。


「あのパーティの夜、君が従者アレと走り去る姿を見て、いそいそと馬車に乗り込む母の姿が重なった。マーガレット……君も、僕を残してどこかに行ってしまうのかっ…………そんなこと、絶対に許すものか‼」


 ――パリンッ。


 怒りが手綱を奪ったように、ティーカップがテーブルへと叩きつけられた。カップの破片で、ゼファーの指先からは鮮血が滲む。

 ゼファーの激昂を前に、マーガレットは目を見張った。ただ両手で口元を覆って、小刻みに震えることしか、できない。


 傷口から滴る血など物ともせず、ゼファーは立ち上がった。そして、マーガレットのもとへと荒々しい足音を響かせる。


 恐怖のあまり、マーガレットは瞳に涙を浮かべ、身を竦ませた。そんなマーガレットの左手首を握り潰すように掴むと、ゼファーは逃がすまいとばかりに激しく胸元へと抱き込んだ。その締めるような力に、マーガレットは苦悶の表情を浮かべる。


「だからマーガレット。君はこの場所で、下界との繋がりをすべて断ち切って一生をここで過ごすんだ。それが、僕らにとっての幸せだから。マーガレットもそう思うだろう?」


 ――思うはずがない。

 それはつまり、トゥーラ妃のように駆け落ちしないよう、私をこの部屋に死ぬまで幽閉するということでしょう。そんなの、そんなの……っ。


 翡翠の瞳から、涙がひと筋頬を伝う。涙を光らせ、小刻みに首を振って否定する。悪役令嬢として振る舞うことなど、もう抜け落ちていた。


 絶望に顔を歪ませるマーガレットに、ゼファーは紫の瞳をうっとりと細め、恍惚とした表情を向けた。


「もしかして淋しいのかい? 大丈夫、僕たちはもうすぐ結婚して夫婦になるんだ……そうしたら僕ができるだけ君の傍にいる。きっと入り浸ってしまうだろうな。それに、すぐに家族が増えて、淋しいどころか忙しくなるかもしれないだろう?」


 矢継ぎ早に流れ込む言葉の波に、マーガレットの呼吸は乱れ、視界は眩む。

 眩暈めまいに視界を彷徨わせながら、マーガレットは消え入りそうな声でそっとこぼした。


「けっ……こん? 何を……」

「デヨン枢機卿に頼み込んで式を早めてもらった。三日後には、僕たちは女神ファビオラーデの祝福を受けて夫婦になるんだ」


 朗報であるかのように、ゼファーはその事実を誇らしげに宣言した。その宣言とは裏腹に、マーガレットの表情はみるみるうちに恐怖が覆っていく。


 どういうこと?

 前回殿下がこの部屋を訪れた時は、式は一か月後と口走っていた。なのに、事もあろうに三日後ですって……!?


 に、逃げ出さなきゃ!

 何としても、この部屋から脱出して、私はクレイグに会いに行くの。

 そう夢で約束したんだからっ。


 でも……前世で誘拐された時よりも、酷い状況、よね……。

 あの時は車から逃げ出せたけど……今度は。


 そっと首輪に手を当てる。金属の冷ややかな感触が指先に走った。


 この首輪があるかぎり、私はこの部屋からつま先さえ踏み出すことは叶わない。

 ああ、このままだと、私はこの人と強制的に結婚することになる。


 一体、どうすればいいの……?





お読みいただきありがとうございます。


次の物語は――

翌日となり、結婚式まであと二日。

刻々と迫る式に危機感を覚えるが、首輪を外す術が見つからない。

この危機を、マーガレットはいかにして乗り越えるのか……!?


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