第402話 たとえ断罪されても、私はあなたを愛す
『たとえ断罪されても、私はあなたを愛す』
その本のタイトルに、マーガレットは大きく目を見開いた。
その姿を確認したメアリーは、声を上擦らせながらも言葉を綴る。
「今、その…………王都では、マーガレット様のことが話題になっているんです。それと同時に、令嬢と従者の恋愛小説が発売してですね……」
驚嘆のあまり、マーガレットは思わず声を割り込ませた。
「え、小説? というか、私のことが世間では話題になっているの?」
「はい! それはもう、雷鳴轟くような勢いで広がっていますっ」
瞳を星のように瞬かせたメアリーは鼻息を荒げ、力強く告げた。その勢いに、マーガレットのほうが気圧される。
「そ、そんなことになっているだなんて……まぁ、王太子が婚約破棄を言い渡して、そのうえ従者と逃げ出したんじゃ、話題にもなるわよね」
顎に手を当て、納得したように頷くマーガレットに、メアリーは胸の内を吐き出すように一気に捲し立てる。
「王家寄りの新聞では、マーガレット様は男たちを誑かす悪女みたいに書かれているんです。でも女性たちは、この本こそ真実じゃないかって噂しているんですよ。
私も、もちろんそうです。それにこの本の作者の方は、さる高貴な令嬢と噂されていてっ、ってイダッ……いひゃい~」
あまりの猛烈な勢いに舌を噛んでしまったメアリーは、口元を抑えて目尻に涙を光らせる。
「ああ……そんなに興奮しないでメアリー。少し落ち着いて、ね?」
マーガレットが優しく宥める言葉をかけてもメアリーの心は収まらず、鋭く両眉を吊り上げて言葉を連ねていく。
「私、そのっ……このような状況で、この本の存在をお知らせするのもどうかと思ったのですが。でも、マーガレット様を応援している人々が沢山いることを知っていただきたくって……その、よかったら読んでくださいっ!」
そう言うや否や、メアリーはティーセットを鮮やかに片付け、まるで風が吹き抜けるように部屋を立ち去った。
一人きりになった部屋。マーガレットは例の本の、真実のタイトルを中指でそっと撫でた。
『たとえ断罪されても、私はあなたを愛す』
それはまるで、私の心を鏡に映し込んだように鮮やかに映すのだった。
★
マーガレットの口は開いたまま、閉じることを忘れたように塞がらなかった。
本の頁を捲り、物語も後半へと差しかかった頃――あらゆる場面で奇妙な既視感に捉われてしまったのである。
その中でも、従者とともにソファに腰を下ろし、王太子のあしらい方を練習する場面。この場面は台詞まで一言一句違わず、まるでその場に立ち会っていたかのようだった。
その一幕を数行だけ紹介すると――
ああっ……クレインの甘く湿った息遣いが、私の首すじを柔らかく撫でる。こそばゆいけれど、この温もりにずっと身を委ねていたい。
だって、マリエットはクレインに、とろけるほどに恋をしているのだものっ。
―バタンッ!
勢いよく本を閉じたマーガレットは、静かな確信を抱くように天井を仰いだ。
よく考えると、名前もマリエットとクレインで、どことなく似ているわね。
あの場に居合わせた人物の姿を、頭の中でそっと描いていく。
あの日いたのは、クレイグとターニャ、それから……
マーガレットの瞼には、水色の美しい髪をなびかせる高飛車な令嬢の姿が浮かび上がった。
この本を書いた人物って、エステファニア様なんじゃ……。
そういえば断罪されたあの日、エステファニア様から私宛に小包が届いていた。時間がなくて開封できなかったけど、丁度この本のサイズくらいの小包だった。
確か小説を嗜んでいると、エステファニア様がボソッと漏らしたような……。
ん、待って。
じゃあエステファニア様からは、私の感情がこう見えていたということ!?
一瞬にして羞恥の事実が駆け巡る。その恥辱に耐えかねたマーガレットは頬を朱に染め、溜まらず頭を抱えて悶えた。
じゃあ……エステファニア様には、私のクレイグへの気持ちがバレていたってことじゃない。
あの数時間で? ああっ、穴があったら全身入りたいぃぃぃっ。
悶絶の熱が冷めるまで、マーガレットは身体を丸めて耐え忍ぶ。
乱れた息が整い、深い呼吸とともに肩の力が緩んだ。落ち着きを取り戻した翡翠の瞳には、小説の文面が静かに刻まれるように映っていた。
この物語のラストは、令嬢と従者は駆け落ちして遠い地で結ばれる。
なぜだろう。このラストが、エステファニア様からの「頑張って」というメッセージのような気がしてならない。
ふと、メアリーの放ったある言葉がマーガレットの胸に波紋を広げる。
「私を応援している人がたくさんいる、か」
細くしなやかな指先がそっと首すじに触れた。首すじに纏わりつく首輪の、冷たい金属の感触がじんわりと伝わってくる。
「この首輪の外し方をもっと真剣に考えないとね……そして、クレイグやみんなと再会してみせるわ!」
予期せぬ人物から届いた意表を突いた励ましに、マーガレットは新たな希望を灯すのだった。




