第401話 流行
生きる意味を見出し、マーガレットは闇の淵から這い上がった。
クレイグや家族の笑顔を思い浮かべるたび、枕に涙の跡が増えていく。今はクレイグや家族との再会に夢を描きながら、暗闇で手を彷徨わせるように脱出する糸口を探っている。
だが糸口は掴めず……部屋にたったひとつの格子窓から、自由に羽ばたく鳥たちに想いを馳せる日々が続いた。
魔力を封じられたマーガレットは、恨めしそうに魔封じの首輪に細い指先を這わせる。
いろいろと試行錯誤を繰り返したけど、首輪を外す方法は見つからない。
私はこのまま、死ぬまでこの部屋で過ごすのかしら……。
意気消沈とするマーガレットの姿に心動かされたのか。ミモザとメアリーがある物を室内へと運び入れた。
両手に抱えきれぬほどのそれは――恋愛小説だった。
その一冊一冊が励ましを届けるかのように、灰色の日々に、少しずつ色を添えていく。ただし、小説の内容は王子と令嬢が結ばれる結末ばかりなのは、ゼファーの意向なのだろうか。
ある日の午後。
マーガレットは昼下がりのひとときを、紅茶とともに味わっていた。ダージリンの爽やかな香りが舌に触れ、微かな渋みとともに一時の幸福を与えてくれる。
ダージリンの味わいを堪能しながら、マーガレットは片目を閉じ、控えているメアリーにそっと視線を忍ばせた。
メアリーの指はエプロンの裾を皴が寄るほど握り潰し、視線は落ち着かぬまま彷徨っている。それはまるで、何か重大な秘密を胸に隠しているようだった。
その様子がどうにも気にかかり、マーガレットはカップを静かに置いた。そして決して警戒されぬように、春の陽だまりのような温かな声を響かせる。
「メアリー、どうかしたの?」
「ひゃ! ……べ、別にぃ。どうもしませんけどぉー」
反抗期の少女のようなツンとした言葉を口にしながらも、メアリーの瞳は定まらず、そわそわと揺れている。
マーガレットはそんなメアリーを探るかのようにじっと見据え、穏やかな口調で言葉を放った。
「嘘よ。ずっと落ち着きなくそわそわしちゃって……よかったら、私にその理由を教えてくれないかしら? あなたの話が聞きたいわ」
マーガレットの微笑みに勇気づけられたのか、メアリーは胸に秘めた決意を確かめるように静かに、しかし力強く頷いた。
すると一切の躊躇もなく、メイド服のスカートの裾を両手で摘まみ、ふんわりとたくし上げる。
予想だにしなかった行動に、マーガレットは翡翠の瞳を限界まで見開き、口をぽっかりと開けたまま固まってしまった。
「えっ、え!?」
動揺するマーガレットを気にも留めず、メアリーはスカートの裏地からある小さな包みを取り出した。
え……、スカートの裏って、そんな物まで収納できるものなの。
でも、そんなところに隠して持ってくるなんて、一体何を……?
幾度かのまばたきで動揺を鎮めると、メアリーの手元に視線を滑らせる。その手に大切に握られていたのは、一冊の本。
メアリーはその本をそっと差し出す。眉を吊り上げ、真剣な眼差しを湛え、何かから怯えるように声を落とした。
「最近、王都で流行っている小説です。その、よかったら……」
本を受け取り、表紙のタイトルに目を通す。
悪役令嬢と執着王太子の、逃れられないけ……結婚!? ひいぃぃぃ。
「あっ、そのタイトルは違います。気づかれないように違うカバーで包んできたんです。中を見てください」
表紙を捲った先に書かれていたタイトルは、
『たとえ断罪されても、私はあなたを愛す』
それは、王太子と婚約している令嬢と忠実な従者の、決して許されざる恋の物語だった。




