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レプリカトーン  作者: 三堂いつち
夜を取り戻せ
37/40

幕間:鬼の目にも涙

幕間なのに今までで一番長い

 それはミオがパーティに加わる少し前のこと。


「やっほー。暇だから来たわー」

「お邪魔します」

「邪魔すんでぇ」


 水車小屋風の俺の家に、アカネとシアンとソニアが訪ねてくる。たまにクエストを受けずのんびり過ごす日を設けるとこの三人、昼過ぎには事前の連絡もなしに俺の家に上がり込んでくるのだ。

 さも我が家のように。さも我が家のように。

 まあ、来られても困るようなことないし、エリカとかグラフトさんも用事なしにしょっちゅう来てるし、何より俺が慣れてしまったし、もう特に何も言うまいて。

 と、思いつつも……、


「今、作業中だから邪魔はしないでくれ」


 と言って、俺は煮たった寸胴の鍋の中ををかき混ぜる。

 ふむ、中々いい具合だ。後はこれをろ過すればいいわけか。

 事前に買っておいたろ紙をインベントリから取りだして、そこで俺は押しかけてきた三人が怪訝な顔して玄関から一歩も動いていないことに気づく。


「どうかしたか?」


 何事かと聞いてみる。


「……ええと。それは……、その格好はなんですか?」

「ん?ああ」


 すると、三人の中でも立ち直りの早いシアンが俺の格好について訊ねてきた。

 当の俺は、訊ねられてから思い出す。いつもはシンプルなシャツとかジーンズとかを着て休日を過ごしているけれど、今は普段と違う格好してるんだ、と。作業に没頭していて忘れていた。

 今自分が白衣を着ていることを。


「これは大分前にオリヒメに貰ったんだよ。思い付いたから作ったけどほぼゴミ素材で作ったから売り物になんない、ってことっで格安で引き取ってくれ、ってな。それからたまに作業着として着てるんだ」


 俺は白衣の襟を摘まんでヒラヒラ揺らしながら経緯を説明する。すると三人はそれぞれ納得したようなしてないような、なんとも微妙な表情浮かべて苦笑いを俺に向ける。

 まあ、気持ちは分からんでもない。知り合いがコスプレみたいな事してたってリアクションに困るだけで、その上この場合は面白みも何もない。

 俺だって何となくで引っ張り出しただけだし。何て言うか……、


「まあ、ちょっとした雰囲気作りってやつ?」

「何作ってんのよ……」


 アカネが呆れた顔をする。が、生憎と今は構い倒している余裕はない。

 俺はろ紙を円錐形にして、透明な瓶の上に逆さにして乗せる。これを5個用意。そしてその近くに木で出来た鍋敷きを置く。


「なんや薬か?」

「いんや」

「毒ですか?」

「いいや。毒作るって怖いな」

「じゃあ何なのよ」


 鍋つかみを手に着けて、寸胴鍋を持ち上げて鍋敷きに乗せる。最後にインベントリからおたまを取りだして、鍋の中身を掬い上げ少しずつ少しずつ、ろ紙に垂らしていく。

 おたまで掬い上げた時は赤かった液体が、ろ紙を通って瓶の中に落ちていくと透明な水のようになっている。しかし、実際は水ではないのだ。俺が作っているもの、


「これはな……、無味無臭で無色透明の激辛調味料だ!!(ババーン)」

「「……」」

「あれ?」


 溜めて溜めて勿体つけて、そんで盛大に言ってやったというに、三人から何も反応(リアクション)が返って来ない。

 アカネは兎も角として、シアンとソニアはこの手のパーティーグッズ的なドッキリアイテムは好きだと思ったのに、三人して苦い顔をしている。辛い物を作ってるのに。

 ……寒気が。

 まあ、それはそれとして。これだけ得意気に見栄切って言って、全くの無反応というのは悲しいモノがある。


「俺、何か間違えたか?」


 と、動かない三人に訊ねると、


「「「ごめんなさい」」」


 と、頭を下げて謝られた。何故だ。

 理由が分からず首を傾げる。傾げながらおたまで、いかにも辛そうな色をしたスープを掬ってろ紙に垂らす。

 はて、やはり何か間違えたのだろうか。

 どこで間違えたかなと頭を廻らせていると、三人がガバッと頭を上げ、ずずいとこちらに詰め寄ってくる。


「アタシたちが今まで散々迷惑かけたことはちゃんと謝るから」

「ですから、アキさんそういうドッキリお仕置き的なモノを使うのは……」

「アキまでこの牛女みたいな鬼にならんでくれ……、あだだだだっ!!ギブッ。ギブギブ!!」


 要らんこと言ったソニアはシアンにコブラツイストを極められてダウン。流れるように鮮やかな動きだった。

 とまあ、それは置いといて。つまり三人が言っているのは、俺が今まで三人のおかげで色々痛い目に遭ってきたからその仕返しに激辛ソースを盛るんじゃないか、と。そういう事らしい。

 聞けば確かに『その手があったか』と思わなくもないが、


「そんな事しねーよ」

「ホントに?」

「しねーよ」

「本当ですか?」

「しないって」


 思いつきもしなかったわ。ていうかあったんだな、迷惑かけてるっつう自覚。

 俺がそう言うと二人は胸を撫で下ろす。何をそんなに安堵したんだか。

 因みにソニアは床でピクピク痙攣起こしたみたいに動きながら倒れてる。この辺のノリの良さは流石関西人と言うべきか、それとも単にコブラツイストが効いたのか。


「それならよかったわ……。でも、それなら白衣はなんの雰囲気なのよ?」

「マッドサイエンティストじゃないんですか?」


 シアンの言葉にアカネがそうそうと頷く。どういうイメージだ、そりゃ。


「調香師だよ、調香師」

「チョーコーシ?」


 アカネは調香師が何か分からないといった具合で、たどたどしく俺の言葉を言い返してくる。なので説明しようとすると、それよりも早くにシアンがアカネに調香師を説明する。


「スパイスや香水の調合をする職業のことですよ」

「へー。そんなんあんのね」


 あるんです。まあ、俺も実際の調香師を見たことがあるわけじゃないからイメージなんだけどね。企業の商品開発部に勤めている調香師みたいな。

 そんな会話が一段落ついた所で、ピロンと電子音が鳴りアイテムの完成を報せる。


「お、出来た」


 そう呟いてキッチンに並ぶ瓶を一つ持ち上げる。中に入っている液体は理想通り無色透明で、瓶を傾けた際の流動も水の様だ。嗅いでみても匂いはしないし、ミミックアイテムとしては想像以上のものが作れたと内心では万歳三唱ファンファーレガッツポーズ。丁寧に作った甲斐があったぜ。


「うわぁ、凄く嬉しそう……」

「無邪気な笑顔で怖いものを持ってますね」


 アカネとシアンが何か言ってるけど今は構ってられない。まだ調味料の最終確認が残っているのだから。

 その最後にしなければならい確認とは“この液体がどれほど辛いか”というものだ。

 素材もプレイヤー間で話題になっているエグい程に辛い物を集めてみたし、辛くないわけがないのだが。寧ろその辛さが度を超してないかが心配で。

 だから辛さの度合いを確かめる必要がある。と、言うわけで……、


「よし、試してみるか」

「ほなら、どないして試そか?」

「うぉお!?」


 何か試すのにいいものは無いかと瓶を置いてインベントリを探ろうとしたら、真横からソニアの声が聞こえビックリして少し飛び退いてしまった。いつの間に距離を詰めてやがった。全然気づかなかったぞ、おい。

 しかしソニアはそんな俺を気にする素振りもなく、只々辛いだけの液体が入った瓶を興味深そうに眺めている。


「これ、どんくらい辛いん?」

「分からん。とりあえず飽きるまで濃縮したからとんでもなく辛いとは思う」

「ふぅむ。なるほどなるほど……」


 妙に食い付きがいいと思ったら、急に黙り混むソニア。腕を組んでムムムと唸る様はイヤにわざとらしい。

 するとこれまたわざとらしく、何か閃いたと言わんばかりに手をぽんと叩いた。


「よっしゃ、兄貴呼ぼ」

「さらっと身内を犠牲にしようとするな。怖いぞ」

「こんなん作ったアキに言われたないで」


 ごもっとも。しかしこんなこと、わざわざ人を呼ぶことでもあるまいて。となると、


「やっぱ自分で試したほうが早いよな」

「うっわ、度胸あるなぁ。ウチやったら自分では絶対イヤやわ」

「ソニアって何気にヒドイな」

「堪忍なー」


 感情の一欠片すらこもってないそのソニアの一言に、俺は何とも言い知れぬやるせなさを感じてため息を一つ吐きインベントリからスプーンを取り出す。一目でハンドメイドだと分かるような造りの、木製で底がちょっと深めのスプーン。俺製である。

 そのスプーンで無色透明な液体を一掬いして、俺はそれをジッと睨む。改めて匂いを嗅いでみるが、やはり無臭である。なまじ匂いさえ消してしまったために唐辛子系アイテム特有の鼻に刺さるような刺激もなく、この液体がどれほど辛いのかを想像することは不可能と相成り。

 覚悟を決めるしかないわけだ、これ。


「そ、そんな気負うて食うもんなんか?そんなんホンマに大丈夫なんか?」

「麻痺治しも回復ポーションもあるから大丈夫だ」

「そんな大仰なことが必要なんですか?」

「多分……」


 麻痺治しには文字通り「麻痺を治す」以外にも「辛さ打ち消す」という二次作用があるらしく、この検証には持ってこいな代物だ。万一に辛さが引かない場合にも備えてこのゲームにおける万能薬(傷薬的な)の回復ポーションも用意する。まあこっちの方は杞憂であることを願うばかりだが。

 さて、およその備えも万全なことを確認したところで、いつまでもスプーンとにらめっこあっぷっぷという滑稽な絵面もそろそろ終わりにしようではないか。


「I’ll be back」


 スプーンを持っていない左手で三人にサムズアップをして見せる。

 そして意を決して深呼吸を一つ。後は思いっきりスプーンで掬った辛い液体を口の中にに放り込む。


「……」






「な、何か言いなさいよ」

「アキくん?」

「なんか白くなってへん?」

「ちょっと大丈夫なの、これ?」

「泣いて、痙攣してますよ!!」

「はよう薬!!薬飲めぇ!!」


「っ、ぶはぁ!!はぁ……、はぁ……。あれ、俺生きてるよな?」

「生きとる。生きとるで」

「た、助かったぁ……」


 何も考えられなかった。

 液体が口に入った瞬間に感じたものは辛いとか痛いとか、最早そういう話ではなくて。いや、勿論それもあるのだが、何かもっと恐ろしいものの片鱗というか、思考が宇宙に飛ばされたというか、刻が見えるというか。とにかく人が持つおおよその感覚を麻痺させることが出来る程に突き刺さる刺激、と言うべきか。

 それはもう人間の言葉では言い表すことの出来ないモノだった。


「……さすが最新鋭のVRシステム。とことん恐ろしいモノを用意してやがる」

「そんな感想になるほど辛いってどんだけよ……」

「試してみるか?」

「ぜっ、たい、イヤ!!」


 デスヨネー。俺もこんなん二度とゴメンだ。

 こんなん他人に対して使っていい代物じゃない。仕方がないのでこの液体はインベントリに封印することにしよう。南無南無。

 それにしても、あの辛さ。思い出すだけで足が震える。なんか体に恐怖が刻まれたみたいだ。


「なんか口直しに作るか」

「手伝おか?」

「頼む」


 口をリセットしないとあの恐怖は拭えないだろう。と、なれば何を作ろうか。唐辛子系は余分に買ったからまだ残っている。肉は……、ウサギとクマ肉が少し。魚介は沢山ある。野菜もストックがちらほら。そんでもってこの疲労感を抱えながらも楽に出来るもの。


「唐辛子鍋だな」

「お、おう……」


 そうと決まればささっと準備をしてしまおう。魚をちゃっちゃと三枚におろして、中骨と頭を水を入れて火にかけた土鍋の中にいれる。これで出汁とって唐辛子を入れればスープが出来て、後は切った具材をそのスープで煮るだけで出来上がりだ。ソニアも手伝ってくれたおかげで時間は30分とかからなかった。

 グツグツと赤く煮立った鍋を配膳の済ましてあるテーブルに持っていくと、シアンが席に座っていないことに気づく。


「食べないのか?」

「……遠慮します」

「……?、そうか」


 いつも余裕たっぷりな笑顔のシアンらしくなく、珍しく真顔で返してくることに何か引っかかりを感じはしたが、その何かが分からないのであまりに気にしないことにした。


「「「いただきます」」」


 ので俺とアカネとソニアの三人で鍋を囲む。


「やっぱクマ肉ちょっと硬いな。次はすりリンゴ試してみるか」

「よくあの後に辛いの食べようと思えるわね。……まあ、美味しいけど」

「神経図太いねんなぁ」

「余計なお世話だ。それに何ヵ月と弄られ続けたらイヤでも神経図太くなるわい。シメは雑炊とラーメンとうどん、どれにしようか?」

「食べ始めてすぐにシメの話って……。じゃあラーメン、おたま取って」

「あいよ。ウチもラーメンに一票」

「じゃあラーメンだな。……それにしてもゲーム内の食回りも大分豊かになったよなぁ」

「ラーメンなんて作ってる場合じゃないのにね」

「そういや近々ソースとかドレッシングとかレシピが出来て大量生産の目処が付いたって、兄貴が言っとったなぁ。……菜箸こっち」

「ほい。そうかぁ、あの工場はそういうことだったのか。急に出来てたから何かと思ったが、生産組は仕事が早いな」

「素材回収の依頼も出てるし、なんか本当に経済回してるみたいよね。てか回ってる?」

「回ってる回ってる。やっぱ辛ぇ」


 鍋の中の具を減らしながらどうでもいい話をつらつらと。鍋を囲んでると不思議と話が弾むんだよなぁ。なんでだろ。

 そんな感じでワイワイ食事していると、シアンが話に入ってこないなぁと、ふと思った。シアンは楽しくワイワイ話をするのが好き、というか楽しいことが好きだと思っていたから、この会話にシアンがいないのがちょっと不自然に感じる。食事も遠慮していたし、もしかしたら具合でも悪いのだろうか。そう思って何故か俺のベッドに腰かけているシアンを見ると、どういうわけか目を逸らされた。


「どしたん?」


 言いながらソニアも俺につられてシアンのいる方を見やる。するとシアンはソニアとも目を合わせずにそっぽを向く。


「何事?」


 アカネも然り。アカネにも然り。いつも通りニコニコと笑うもとなく。

 これはいよいよもって不自然だと、俺もアカネもソニアも疑問に互いに顔を突き合わせて唸る。

 シアンの様子に違和感を感じるということが今三人の共通認識だ。そして、その違和感はおそらくシアンがいつも通り笑っていないことにある。あの余裕を感じさせる笑みが、今はない。ということは……、


「焦ってる?」


 俺がポツリと呟いた一言にアカネとソニアが納得するように頷く。でも、だとしたら何故、一体どういった理由で余裕を失っているのか。そこがわからない。考え込む俺たちをよそに鍋はグツグツ音を立てる。

 そういや透明の辛い液を作ってる時も思ってた反応と違ったなぁ。シアンならもっとこう、ノリよく「面白そうなものを作ってるじゃないですかぁ」くらい言うと思ってたんだが。開口一番に謝ってくるとは意外だった。辛い液体がそんなに怖かっただろうか。

 ……ということはつまり、


「辛いのが苦手、とか?」


 かもしれない程度に呟いた俺の一言にシアンがピクリと肩を跳ねさせたのを見逃す俺たちではなかった。ギギギと錆びたブリキのような固い動きでシアンがこちらに振り向く。それに対してソニアとアカネ悪い感じの笑みを返す。


「ほほう」

「なるほどなるほど」

「そっかぁ」

「な、なんですか……」


 ただならぬ気配を感じ取ったのだろう。あのシアンがらしくもなく、たじろいでいる


「姐さん確保!!」

「りょーかい」

「アカネさ……、速い!?」


 ソニアの掛け声と同時に動き出したアカネはあっという間にシアンを羽交い締めで捕まえる。その顔はまさにイタズラっ子そのもの。一方号令をだしたソニアはというと鍋の具を取り皿に移している。


「さぁさ、準備完了や」


 ソニアの持つ皿を見ると中には唐辛子のまっ赤に染まった具材が。我ながらなんと赤い鍋を作ったことか。そして具材を寄せた皿を片手に、ソニアは羽交い締めされたシアンの元へとにじりにじりと歩み寄る。


「じょ、冗談ですよね?ふざけてるだけですよね?私ホントに苦手で……」


 シアンは必死にアカネの腕を振りほどこうとしてもがいているがキッチリ組まれてるのか、どうしようもないステータスの差があるのか、ホールドするアカネの腕はびくともしない。

 そんでもってソニアが意気揚々と皿の中の具を摘まんで持ち上げてシアンにマジマジと見せつける。またこれもイイ感じに悪い顔だ。


「ソ、ソニアさん?」

「煮え湯を飲まされるって諺知っとるか?」


 今までの恨みつらみがこもっての発言に、次にシアンはアカネに助けを求める。


「アカネさん」

「苦汁を飲まされるって知ってる?」


 が、これもダメ。そうして最後にシアンは俺の方に目を向けるわけだが。そこまで気づいて俺はシアンから顔を逸らす。


「アキくーん」

「……」


 助け船は出さない。ええ、一切合切、絶対、決して。まあ要するにだ。俺もちょっとばかしシアンには借りがあるということで、


「シアン」

「……?」

「辛酸を舐めるって知ってるか?」

「今まさに、辛いものが目の前にっ!!」

「往生せいや~」


 この位の罰は受けてもらうことにしよう。というか、俺ではアカネもソニアも止められないし。もう成るようになるしかない。

 ソニアは本当に楽しそうに辛さの染みた野菜をシアンの口に放り込もうとする。


「ほれ、ほれー。辛いぞー、ちゅうか結構辛かったぞー」

「やっ……、やん。……やめて、ください」

「……いらん色気出すなや」


 あ、ちょっとソニアのMP削れた。まあ、確かにちょっと……、エロい。あと、羽交い締めのせいで胸が強調されてるのもあって余計に……、目のやり場に困る。

 ソニアはそれを正面から間近で見ているわけで、


「このっ……、デカ乳!!」


 ソニアまで涙目になってしまった。なんか悲惨だな。


「いいから食えやぁ!!」

「っ!?」


 痺れを切らしたソニアが無理矢理シアンの口に野菜を突っむ。シアンがその野菜吐き出そうにもソニアがそうはさせまいと口を塞ぐ。そしてシアンは抵抗むなしく辛みの染みた野菜を咀嚼して、飲み込む。


「……!」


 するとシアンはプルプル震え出して、ポロポロ涙を溢す。

 シアンにも弱点ってあったんだなぁ。冷静で余裕たっぷり毅然(きぜん)と振る舞ういつもからは想像出来ない姿に、少しシアンの印象が変わる。




「はぁ……」


 麻痺なおしを飲んで涙を拭うシアン。まさか一口食べただけで泣き出すほど苦手とはな。で、泣き出すシアンにソニアはガンガン追い打ちをかけていったのだ。後半は腹いせというか八つ当たりみたいな感じだったけど。主に胸に対する。


「いやーすっとしたわぁ」

「こういう側もたまにはいいものね」


 アカネとソニアは何かの達成感を得たらしく、いい笑顔だ。正直言ってしまえば俺も今まで散々な仕打ちを受けてきたわけで。見ててスカッとする部分はあった。


「それじゃ、お昼ごはん再開ね」

「そやな」


 一騒動あったけど鍋はまだ残ってるし、シメだってまだだ。ワイワイと三人でまた鍋を囲もうとしたその時、背筋にピリピリと悪寒が走った。何故か、というのは言わずもがな。


「お、怒ってる、わね……?」


 アカネも気圧される程の気配を漂わせるシアン。その顔にはいつもの、いやいつも以上に妖しい笑みを浮かべている。笑っているはずなのにとてつもなく怖い。


「いいえ一切怒ってませんよ全然全くちっとも」

「怒ってるよね?いつもより早口だもん」

「怒ってなんていませんよ~。もとはと言えば私が原因のようなものですしね~」


 やだ、これ超怖い。

 シアンだって今回のことが自分の今までのイタズラのしっぺ返しだと分かっている。そして分かった上でキレているのだ。

 怖ェ、スゴく怖ェ。笑顔であるはずのその笑みが怖い。目なんて、ついさっきまでポロポロ涙溢して泣いていた目が今やもう刺すような冷たい圧を放っている。これはとても怒ってらっしゃるね。


「あらぁ。皆さんお食事続けないんですか?」

「食べますぅ……」


 なんで鬼に見られながら食事を続けなきゃいけないのかとか言いたいけど、そんなこと言ったら我が身がどうなることか。だから仕方なしに食べるのだが口の中は辛いわ、全身は凍てつくような気迫に震えるわで。もう味なんて分からなくなってしまっている。


「うふふふふ……」


 綺麗に笑う鬼が確かにそこにいた。





 ▽


「っていうのがあって、これがその超辛いソース」

「途中から全然違う話になったなの」

「シアンが泣いて起こってデカ乳やったっちゅう話やな」

「あらあら」


 俺はキッチンに置いている超辛いソースの誕生秘話をミオにしていた。なんでもミオは辛いものが好きなようで、その話の流れから超辛いソースのことを話していたんだが、確かにミオの言う通りオチは全く超辛いソース関係なくなってしまった。それでもミオは興味深そうに透明な液体が入った瓶を眺めている。


「これ味見していい?」

「やめといた方がいいぞ。なんてったって超辛いソースだからな。つうか辛いを通り越してる」

「むぅ……」


 経験者は語る。ミオはそれでもチャレンジしたそうな目で超辛いソースとにらめっこしている。それから、ややあってミオはテーブルに戻ってくる。ようやっと諦めてくれたみたいだ。

 そして戻ってきたミオは椅子に座りながらおもむろに疑問を投げ掛けてくる。


「あんさぁ、さっきから超辛いソース超辛いソースって言ってるけどぉ。あれ、名前ないん?」

「あー……」


 言われてから気づく。そういや名前考えてなかったなぁ。あの日は色々起こっちまって名前なんて考える余裕はなかったからなぁ。確かにずっと超辛いソースと呼び続けるのも面倒な気がするし。


「なんかあるか?」


 と、この超辛いソース(仮)の名前を募ってみる。


「デスソース……、はもうあるか」

「ドッキリタバスコ?……我ながらセンスないですね」

「むー……」


 早くも暗礁に乗り上げてしまった。辛いものの名前って思いの外難しいものだな。皆で頭をひねって考えていると、ソニアが投げやりな声で言い出す。


「もうあの日のこと総括して“鬼泣かし”でエエんとちゃう」


 鬼泣かし。まあ確かにアレは飲んだら鬼も泣き出しそうだし、表現としてはピッタリだ。いいかもしれない。


「その鬼とは誰のことですか?」

「ジブンかて分かってて聞いとるんちゃう?」

「あらあらまあまあ」


 ただ副産物としてシアンの冷たい圧も得てしまったわけだが。その様子を見てミオがボソッと「シアシア怖いね」と言ったのでやっぱり“鬼泣かし”はピッタリなんだなと思った。

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