イベント《夜のない街》
ランタンを買って翌日。俺たちは4人で樹海エリアに突入することになった。
樹海の中は相も変わらず草と木ばかり。ただ違うのは、
「ふっふっふ。明るくなればこっちのモノよ」
「元気ですね」
「ちょお眩し過ぎひん?」
「調子いいなぁ……」
グラフトさん手製のランタンはそれはもう明るくて明るくて。先日泣いていたのはどこへやら、樹海の中でもアカネが元気に剣を振り回す程だ。
因みにアカネが振り回している剣は前にグラフトさんから買っていた毒付与の直剣。それをアカネはブラストベアの胴に、叩き上げるように打ち込む。いつもの大剣でないのにブラストベアがちょっと浮いた様に見えたのは気のせいだと思いたい。
気のせいであれ。
そしてアカネの攻撃によって隙ができたブラストベアに俺が弓撃、シアンが銃撃を喰らわせ、そこから一拍置いてソニアがタクトを構える。
「ええと、“フラム”」
ソニアが唱えたのは炎系の初期魔法。火の玉がソニアの前に現れて、そしてブラストベアに向かって飛んでいく。が、ブラストベアはそれを何でもないように避ける。
撃つのが遅かったのだ。
「ええっ!?躱されてんけどぉ!」
「そりゃあんなエイムの甘い初期魔法、躱されたっておかしくないだろ」
「連携にも入れてませんしね」
「え、エイム?てかいつ連携なんて有ったん?」
言いながら俺とシアンはブラストベアと立ち合っているアカネの邪魔にならないように射撃。ソニアは俺たちが言ってることがイマイチ分かってない様子で、オロオロと困った顔をしている。
そんな難しいことを言ったつもりはないが。それでもソニアにとっては初耳な言葉なのだろう。後で説明してやるか。
そうこう考えているうちに、ブラストベアと肉薄しているアカネが勢いよく踏み込む。
「[レックスラシュ]!!」
ズバババと三連撃のアーツがブラストベアの頭にキマり、ヤツのHPバーは空になる。
「ふーっ。直剣も結構イケるわね」
「相手の攻撃を寄せ付けない動き、お見事でしたよ」
直剣をブンブン振り回しながらこちらに向かって歩いてくるアカネ。慣れたような動きで背中にかけた鞘に剣を納めると、直剣を使用した感想を述べる。
アカネ曰く、今までゲームでは両手剣しか使ったことがないらしい。が、そうとは思えない程に卓越した動きでのブラストベアとの立ち会いはシアンの言う通り“見事”だった。
「なんとなぁくだけど、アキの戦い方をマネしてみたのよね。ほら、攻撃を躱さないと死ぬみたいな」
「なるほど。お手本が近くにいたのですね」
「お手本にしちゃいけないやつだよ、あんなの」
確かに、普段なら剣で攻撃を受け止めるアカネが、今回は全ての攻撃を躱していた。が、俺としてはあんな戦い方は推奨したくないものだ。
独りよがりのスタンドプレー。言ってしまえば周りに誰がいようがいるまいが関係がない。
アレに慣れてしまうのは、俺も後悔しているのだから。
「でもやっぱり、両手剣の方がいいわね。振り回した感が違うわ。ああ、重いもの持ちたい」
肩を回しながら消化不良を訴えるアカネ。俺は、そんなアカネに対する「どんな願望だよ」という言葉を口には出さすに、喉元で飲み込んだ。
すると、いつの間にか隣にいたソニアに服を引っ張られる。
「なあ、アキよぉ。エイムってなんなん?」
「ん、ああ。狙いだよ。つまり照準」
「ほー、用語やな」
「いや、英語だよ」
何事かと思えば質問だった。
最近ソニアは支援魔法をいい具合に使いこなせるようになってきたので、攻撃魔法を覚えたらどうだと薦めたのだ。が、今まで支援魔法しか使っていなかったから勝手の違う攻撃魔法に悪戦苦闘しているといのが現状だ。
「一昔前のゲームみたいに数撃ちゃ当たるみたいなAIじゃないからな。的がデカけりゃ別だけど」
「ほな連携は?いつの間に始まっとったん?」
「アカネがブラストベアを斬り上げて動きが鈍った時だよ。ああやって前衛が敵の動きを引き付けたり、止めたりしてる間に後衛は外さないように攻撃するんだ。まあ大雑把な説明だけどそれが連携。兎にも角にも攻撃は当たらなきゃ意味ないからな」
「ほ~ん」
分かってくれたんだか、分かってないんだか。曖昧な返事をしてソニアは考えこむように腕を組む。
「こういうのは俺よりシアンに聞いた方が早いだろ。どうして俺に聞くんだ?」
シアンなら理路整然と解りやすく説明してくれるだろう。それこそ俺より上手く。
それはソニアだって分かっているだろうに、どうして俺に説明を求めたのか。ちょっと気になって聞いてみる。
すると間髪入れずに、
「だってシアン意地悪いやん」
と返ってきた。まあ気持ちは分かるが。でも、そういうことを言うと、
「ソニアさぁん。そういうこと戦術的なことは私がみっちり教えてあげますよぉ?」
「ひぃっ……」
ほらね。
やっぱり聞いていたシアンに首根っこ掴まれて怯えるソニア。そんな哀れなソニアに俺は合掌する。
「ちょお!見てないで助けてえな」
シアンが後ろで仄く笑うのに、ソニアは顔を青くして助けを求める。が、すまんな。油断していたお前が悪い。
じたばた暴れるソニアを意にも介さず、シアンはふふふと笑って戦術的(?)な話の説明を始めた。
「姐さん、助けて!」
「南ー無ー」
「姐さん!?」
アカネも手を合わせて合掌。手を上げてはないがお手上げだ。俺たちにはどうしようもない。
ニコニコと楽しそうに戦術的(?)な話をするシアン。ソニアの「もうイヤやー」という叫びは虚しく響くのみだった。
それから15分程みっちり戦術的(?)な話を聞かされたソニアは、やっと解放されてふらふらとしている。
「……間違いない、あの女ドSや。ウチにはとてもあんな恐ろしいこと出来へん」
「なんの話してたんだよ……」
話すことすら恐ろしいと口をつぐむソニア。一方それとは対照的に、いつも通りニッコリ笑うシアン。
「聞きたいですか?」
「……いや、遠慮しときます」
シアンのふふふと頬に手を当てて妖しく笑うその仕草に、色んな意味でドキッとする。
笑顔が怖い美人ってのはこういう人のことを言うんだろうな。
シアンの性格と恐ろしさを再認識したところで、ピロンと新着メッセージを報せる音が鳴った。それはみんなにも聞こえたようで、揃って一斉にウィンドウを開く。
「なになに……、イベント《夜のない街》?」
メッセージを開けるとイベントページが表示され、その内容が提示される。
「あ~っとぉ、“西の太陽神によって奪われた夜を取り戻せ”やって」
そして、それはここ最近の日照りに関連のあるものだった。
「でも西エリアといえばモンスターが強化されているエリアですよね?その太陽神に挑む前に返り討ちにあうのでは?」
「そんなんウチが知るかいな」
「それもそうですね」
「……ヤな言い方やな」
確かに刺さる言い方だが、シアンの言うことも尤もだ。
現状、モンスターが異様なまでに強化されているあの砂漠地帯を攻略出来るプレイヤーは少ない。最悪0かもしれない。
おまけに日照ダメージまであるのだ。こんなのハッキリ言ってめんどくさい、というかムリだ。
となると考えられることは、
「イベントボスに挑む為の“何か”がある」
ということ。
その“何か”がどういうものなのかは全く分からないし、今をもってノーヒント。しかし、プレイヤーは俺たちだけではないのだから、“何か”、というかフラグが何なのかが判明するのもそう遠くないだろう。
だがそれよりも何よりも俺が気になるのは、このイベントの内容そのもので。
「なんか、皮肉みたいだ」
「どういうこと?」
俺の言葉にアカネがよく分からないといった風に首を傾げる。
自分の中でもハッキリと分かる言葉になっているわけじゃない。けど、時間の感覚というか、当たり前の1日というか、そういうものを奪われた感覚は、
「夜が無い、ずっと昼間で朝も無い。それがずっと夢の中にいるみたいな感じで、なんかゲームに閉じ込められたのとそっくりな気がして、……なんかイヤだなって」
上手く言えてるかは分からない。けれど、どうにも腑に落ちないこの気持ちは、憤りを感じるこの気持ちは。
このイベントとログアウト出来ない今の俺たち。どうにも重なって見えてしまうのだ。
何だか、とっても皮肉に思えてしまう。
「……分かる気がするわ」
「え?今ので分かったん?」
「皮肉というか嫌味ですね」
「もしかして分かってないのウチだけ?」
「そのうち分かりますよ」
アカネとシアンは理解してくれて、そして表情を曇らせる。
「確かにイヤな話ね」
「意図したものなのかは分かりませんが、もしそうなのだとしたら底意地の悪さすら感じますね」
俺は2人の言葉に頷いてから、ふと自分が無意識に右の拳を強く握っていたことに気づく。
これは怒りか。はたまた憎しみというヤツなのか。
いずれにせよ、このイベントは絶対にクリアする。クリアしてやる。
「アキ、笑ってるわよ」
「え?」
アカネに言われてから気づく。今度は笑っていたみたいだ。
そうだった。この感情は憤りから来る怒りでも、ゲームに閉じ込められたことから来る憎しみでもない。
単純にこのイベントが楽しみなんだ。イヤとか憤りとかとは別に。
それに気づいてから、またニヤリと笑う。
「まぁた変な病気かいな?」
「ゲーマーなだけだ」
「あたっ」
小馬鹿にしたような目で笑ってくるソニアに、ぽすっとチョップ。痛くないように叩いた、つーかゲームだから痛みは後を引かないのに、ソニアはわざとらしく叩かれた所を両手で押さえて「女の子には優しくしいや」とか言ってる。
白々しい。
「まあ初イベントですし、楽しみなことは否定出来ませんね」
ソニアをクスクス笑ってから、シアンもこのイベントへの期待を口にする。
「揃いも揃ってゲーマーっていうかゲームバカっていうか。まあ、アタシもなんだけどね」
そう言ってイタズラっぽく笑ったアカネは、おもむろに右手人差し指を天に向け、そして活力のある声で、
「じゃあ当面の目標は“夜を取り戻せっ!!”これでキマりね!」
と、高らかに言い切った。
その言葉に俺は、俺たちは力強く頷く。
この日俺たちは明るい森の中で、このイベントのクリアを誓ったのだった。
《イベント:夜のない街、開始》
魔法の呪文を考えるのってちょっとハズイ




