Closed world
「ヤバいヤバいヤバい」
照りつける日差し。渇いた赤い地面。
そんなフィールドを俺は必死こいて逃げ回っている。
なにから逃げ回っているかって?それは……、
「シューー……キチキチキチ」
巨大なサソリだ。
《ガルルピオン》という西エリアのボス。
赤黒い甲殻に強靭な鋏、太くしなやかな尻尾を持つ大サソリ。
ソイツが口をキチキチ鳴らしながら、勢いよく砂埃を巻きたてて俺を追いかけているのだ。
「やっぱ怖ぇ!!」
様子を窺おうと振り向いてみたら、鋏を振り上げて臨戦態勢のガルルピオンの真っ黒な目とバッチリ。
俺は虫が苦手なわけではないが、さすがにサソリとなると話も変わってくるし、それにここまで大きなヤツはもう好き嫌いの範疇を越えている。
「シアン、まだか!?」
「もうちょっとです」
「なるはや!!」
どうして俺がこんな必死こいて逃げ回っているのかというと、新しく罠スキルを取ったシアンがスキル試してみたいということで。
要は囮だ。
そんなわけで俺は、シアンが罠を仕掛ける間、ガルルピオンを引き付けて逃げ回っている。
なんで戦わないのかというのは、
『私、罠を使ってみたいので。アキくん、囮を頼めますか?』
『ああ、じゃあ蒼鉄と紅鉄を……』
バァン
『待って!?なんで撃った?』
『だって、承諾は得ましたし』
『だからって……、うわあああああ』
こんな事がついさっきあって、近接武器を装備する間もなく戦闘に突入したからだ。
それから、どうにかこうにかガルルピオンのヘイトを取ることはできたけど、未だに弓を使いこなせているわけではなく移動しながらの攻撃が不得手な俺は、こうやって逃げ惑うているわけだ。
「待って、せめて蒼鉄装備させて」
すがるような気持ちでガルルピオンにお願いをしてみるが、当然応えてくれるはずも許してくれるはずもなく。ガルルピオンはズドドドドと豪快な足音を立てながら俺を追いたて回す。
「ほらほら頑張って走らな、追いつかれるで」
シアンの近くで安全にこちらを眺めているソニアから、まるで心のない、というか煽って楽しんでるような応援が飛んでくる。
「見てないで助けて!!バフ、プリーズ」
「ごめんな。今ちょっと切らしてん」
「思いっきり嘘!!」
戦ってないからMP満タンのくせに。つうか魔法に切れるも何もないだろ。
この前のグラフトさんみたいに追いかけ回してやろうか。とも思うが、いかんせんソニアの近くに罠を準備中のシアンがいるのでそれも叶わない。
アイツ、それを分かってて言ってやがるな。
終わったらどうしてくれようか。
そんな考えもソコソコに、注意力が散漫になればガルルピオンの鋏に捕まってしまう。
今は走るしかないのだ。
「アキ。交代しようか?」
「アカネ……」
なんだろう、この胸に沸き上がる温かい感情は。
……そうか、これが思いやり。
やっぱりアカネは優しいなぁ。……でも、
「姐さん。それはアカン」
「なんで?」
「男のプライド傷つけたらアカン」
「……?どうしてよ?」
この場合のアカネの“どうして”は、何故ターゲットをスイッチすることがプライドを傷つけることになるのか、ということなのだろう。
それが分からないでいるアカネは、今すぐにでもガルルピオンの相手をできるようにと、こちらに向かおうとするが、
「とにかく、アカンもんはアカンのや」
それはソニアが許さない。
「俺も、大丈夫だから!!」
「ほれ」
そうだよなぁ。
流石にこれはソニアの言う通りだ。
こんなデカイ虫に追いかけ回される役割を(まあアカネの場合は正面切って戦えるだろうが)女の子に押し付けるなんて情けない。
例えゲームでも情けないったらありゃしない。
いくら辛くても。スゴくしんどくても、男には譲っちゃいけないものが確かにある。
「だってアキは男って感じ、あんまりしないじゃない」
「……そうなんやけどぉ。それとこれとは話が違うっちゅうかぁ」
あ、ヤバい。泣きそう。
ソニアはしどろもどろなりにフォローしてくれようしているが、それトドメだからな。
俺ガンバってるのに、何でこんな思いしなきゃならないんだろう……。
胸にぶっとい針がクリティカルヒットしたその時、
「出来ました!!」
シアンが罠の完成を報せる。
「こっちです」
シアンはガルルピオンを罠に嵌めるために、俺を誘導する。
「ラストスパートォ!!」
俺はその指示に従って、シアンの指定する位置へと駆けていく。
そういや、どんな罠だか聞いてなかったな。
「シアン、罠ってのは……」
聞こうとした矢先、足が宙をかく。そして少しの浮遊感。
「落とし穴です」
今知った。
穴に落ちる俺と、その後ろから巨体をなだれ込ませるガルルピオン。
「うわっ、ちょ……潰れる!!」
「「アキーー!!」」
流石にこんなことになるとは思ってなかっただろうアカネとソニアの心配してくれるような俺を呼ぶ声が、荒野の空に響いていった。
▽
「と、いうことが昨日あってさ……」
「お前も大変だな」
そんな苦労話を誰かに愚痴って消費したいと、俺はヒースパレードでグラフトさん昨日の話をした。
グラフトさんが同情の目で俺を見てくるが、そんなグラフトさんの目もなんだか疲れているように見える。
「グラフトさんもなんかあったの?」
「ああ、エリカに東ボス連れてかれてな……」
グラフトさんが遠い目をして言う。それだけで、相当に壮絶だったのだろうということが伝わってくる。
お互い大変だなぁ。
「すいませーん」
そんな苦労話をしていたら、ヒースパレードの扉が開いて1人の女性がやってくる。
「エリカさんってここにいませんか?」
「いない」
「そうですか。失礼しましたー」
女性はそれだけ聞くと、さっさと出ていってしまった。
それにグラフトさんが深くため息を吐く。
「あれで今日3人目だ。どいつもこいつも、どうして俺にエリカのことを聞くんだか……」
「そりゃ、グラフトさんが一番エリカと仲がいいからじゃない?」
「どうしてそうなるんだ?」
グラフトさんがまた、ため息を1つ吐く。
どうして自分がエリカと仲良く見られるのかが、本気でわからないのだろう。
俺から見ても2人は親友だと思うが。
それを伝えると、
「……腐れ縁なんだよ」
と、そう投げやりに返してくるだけだった。
すると、またヒースパレードの扉が開く。
「すいませーん。エリカさんは……」
「知らん!!」
▽
「で、この前の話だがな。腕のいい職人連中と話ついたから、3日もかからないで用意できると思うぞ」
「そんなに早いんだ」
あれから軽く情報交換をしたり、素材をグラフトさんに引き取ってもらったりした後に、俺が前に依頼していたことの話に入る。
この話のために俺はヒースパレードに来たのだ。
「なんでも狂い兎の名前で皆やる気出してな。「有名人じゃん」ってな具合で」
「身バレすげぇ」
頼んだことがコトだけに、自分のことが知られるのはあまりよろしくないのだが。
「安心しろ。信用出来る奴らに頼んだ。言いふらしたりはしねぇよ」
「それならいいけどさ……」
「……多分な」
「うわぁ不安」
職人たちの口が軽くないことを祈ろう。
「グラフトー、いるーー?」
祈っていたらヒースパレードの扉が、今度はバンッと勢いよく開いた。
エリカご本人の登場だ。
「おや、アキじゃないか。なにさ男2人で怪しい相談かい?」
「なんでそう上機嫌なんだ……」
「そりゃオメー、今しがたボス狩ってきたからに決まってんだろ」
「……知るかよ」
ボスを狩ってきたらしいエリカは、それはもうノリノリで俺とグラフトさんに絡んでくる。鬱陶しい感じで。
「だからグラフト、槍作って」
「またか。昨日の分まだ出来てねぇのに」
「いくらあっても困らないんだよー、ワタシは」
「はぁ……。素材あんだろ、受けてやる」
「よろしくねー」
そうやって2人はウィンドウを出してやり取りを始める。その2人の姿はどことなく楽しそうに見える。純粋にゲームを楽しんでいる時間というか、この2人は2人でいるといつもそんな感じだ。
なんだかんだで、2人はやっぱり仲がいいんだなぁ。と、改めて思った。
「んで、アキはなんで1人なの?3人は?フラれた?」
「ノリがオッサンみたいだな……」
エリカは毎回合う度こんな風だ。うざ絡みしてくる親戚のおじさんみたいな。
「別行動だよ。四六時中一緒なわけないだろ。それに3人とはクラン組んだから離れても問題ない」
「へー。じゃあ女の子囲まれてるのは変わりないんだ」
「……イヤな言い方だな。ゲーム仲間だよ」
本当に、下世話というかなんというか。
親戚のおじさんじゃなくて、井戸端会議のおばちゃんか。なんであれ噂が大好きみたいな。
「んじゃぁ、なんで別行動なの?」
「依頼だよ。つってもグラフトさんにじゃなくて仲介してもらう形だけど」
「へー。何頼んだの?」
「なんだ、グイグイ来るな」
相当機嫌いいのだろうエリカは絶えることなくせっついてくる。
まあ、特段隠しだてすることではない。ここは素直に教えておこう。
「それは……」
▽
「水車やー」
「想像より立派だな」
モノブラムの中でも見晴らしのいい、長閑な農地エリアの程近く。
そこには一軒の真新しい水車小屋が建っていた。
「ツリーハウス!ツリーハウスあんで」
「サービスだとよ」
俺が頼んだのは家の建設だ。
いつまでも女の子と同じ部屋で生活するわけにはいかないと、ある程度まとまったお金を確保して、土地を買った段階でグラフトさんに相談をしていたのだ。
まさかここまで立派なものになるとは思わなかったが。
「見た目水車小屋なのに内装は凝ってんなー」
水車小屋に入ると、室内はとても水車小屋とは思えない造りで、家具も洒落てて、なんというか男の1人暮らしには勿体ないほどだ。
「ここに1人で住むとか、広くて寂しくなりそうですね」
「ヤなこと言うなー」
クスクスとシアンが笑う。
「でも、ええなぁ。ウチも頼んでみよっかなー」
「スキルレベル上がるから職人は喜んで引き受けてくれるぞ」
家具を興味深そうに見ながらソニアが言う。
「有言実行ね」
「だな」
あの日、この場所でアカネと話したことを、俺は達成した。このゲームから出られなくなったあの日に。
俺は家を買った。居を構えた。
これは俺の中で、いつ抜け出せるか分からないこの世界で生きていく為の誓いだ。
「うっはベッドふかふか」
「オイコラ。俺より先に寝るんじゃねぇ!!」
多分、誓いだ。
次に短めのエピローグ上げて1章は終わり。2章はちょっと間を置いてから上げます。




