ウサギと熊とリンゴと巨像
「あれですね。リンゴの木」
「ああ。聞いた通りだとあれで間違いないよ」
「真っ赤なリンゴがぎょーさん実っとるわな」
俺、シアン、ソニアはガサッと茂みから顔を出して、リンゴの木を遠巻きに眺めながらコソコソ小声で話す。
「でもデッカイ熊さんおるなぁ」
「いるなぁ」
「ブラストベアですって。強そうですねぇ」
「強いだろうなぁ」
俺たちが茂みにコソコソ隠れている理由は、目当てのリンゴの木の前にブラストベアが待ち構えているからだ。
まあ実際は戦闘範囲に入らなきゃ見つかることはないから、その場のノリでもあるけど。
「でもアレを倒せってわけではないんだよな」
「リンゴ採るだけでいいですもんね」
「30って一本の木から取るには結構な数やけどな」
ブラストベアを見つけても、依然としてクエスト目標はリンゴとブドウの収集だ。
なら、無理に戦う必要はない。
さっさとリンゴだけ採ってしまえばいい。が、
「やっぱアクティブなんだろうなぁ」
「でしょうね。ずっとキョロキョロしてますし」
やはり戦闘は避けられないだろう。
ブラストベアは十中八九アクティブモンスター。コチラを見つけたら攻撃してくる可能性が高い。
けれど、ブラストベアを倒す必要はない。
となれば誰かが囮になってブラストベアを引き付けている間に、他がリンゴを採取する。というのがベストだろうか。
シアンもソニアも、この作戦に同調する。
「そうなると囮はやっぱ俺だよな。ここ暗いからアカネは……、ねぇ?」
「気配消してますからね」
「消してるっちゅうか消えてる?」
俺の後ろで、口から魂出してるんじゃね?ってほど白くなって固まってるアカネ。
なんというか、苦手もここまでくると不憫だな。
「アカネ。アカネ」
「……はっ!?」
「意識飛んでないか?大丈夫か?」
「大丈夫よ。ゲームの中で意識が飛ぶなんてありえないじゃない」
いや、飛んでたよな。明らかにボーッとしてたぞ。
それでも気丈に振る舞ってみせるのは、足手まといになりたくないという一心か。
俺はそんなアカネにリンゴ採取の作戦を説明する。
「熊はアキに任せていいってことね」
「ああ。任せろ」
「決まりやな」
「始めますか」
俺たちは誰にともなく頷きあって、そして熊、その先にあるリンゴの木を見据える。
「いくぞ」
俺の号令で一気に飛び出る。
ブラストベアは走り向かってくる俺たちを認め、駆け出してくる。
俺は腰に下げた2本の短剣を抜き、スキルを唱える。
「[狂人化]!!」
視界の端が真っ赤に染まり、体が少し軽くなったように感じる。
俺の役目はブラストベアを斬りつけて、タゲを取ってから回避に専念すること。
正面に据えたブラストベア目掛けて、アーツを吐き捨てる。
「[ツインアレイ]」
高速の4連撃はブラストベアの右肩に命中。ブラストベアは少し呻いてから俺に敵意を向ける。
「やっぱ熊こえぇ」
ブラストベアは立ち上がり、4つん這いでも大きいだろうと思っていたその体躯はさらに高くなる。
グルルと唸って、腕を振り下ろしてくるブラストベア。
その攻撃の一撃一撃を、横に後ろに跳んで躱す。
ブラストベアの体力ゲージを見るに、さっきのツインアレイで与えたダメージはほぼ無い。これを倒すとなれば骨の折れる話だ。
「アカネたちは……」
攻撃をかい潜りながら、リンゴの木の方を見る。
するとアカネの剣を踏み台に、木に登る3人が見えた。
グラフトさん。貴方の武器は役に立ってますよ。
ここにはいないグラフトさんが、自分の作った武器がこんな使い方されてると知ったらどう思うか。考えると微妙な気持ちになりそうなので深く考えないことにして、振るわれるブラストベアの腕を躱すことに意識を戻す。
そうこうして時間が過ぎ、3人が木から降りて安全な場所まで走っていったのを見た俺は、短剣を鞘にしまい、
「じゃあ、帰る!!」
体を180度後ろに回転してダッシュで逃げる。
もちろんブラストベアは自分からちょっかいかけて何事か。と、ドスドス俺の後ろを追ってくる。
そんな時、クランのトークチャンネルがかかってきた。ので走りながらトークに出る。
『アキ、逃げて。超逃げて』
「おいソニア。てめー、まさかそれ言うためだけにかけたわけじゃないだろうな」
『テヘっ』
「切るぞ」
『あ、あー。ちょお待ちや。ブラストベアを簡単に撒ける方法見つけたんや』
「マジ?」
『ウチらが逃げた方に崖があってな』
「落ちれば追ってこないってか」
『やーん。オチまで言わせて。崖だけに』
イライラする。女でも殴ってやろうか。けれど、今はブラストベアに集中せねばなるまい。
俺とブラストベアの距離は付かず離れず。一定の距離を保ったまま森を駆けている。
『アキくんアキくん』
「今度はシアンか」
『ドンマイ』
「せめて応援して!!それは終わってから言う慰めだよ」
『お悔やみを……』
「それは全部終わってから言うやつ!!」
『ガンバ♪』
「わーい頑張るぅ……、って言うかぁ!!」
『言ってるじゃないですか』
何だよ。このパーティには素直に応援してくれるヤツはいないのか。
俺今熊に追われてるんだぞ。
チラッと振り返ると、ブラストベアのギラギラした目と目が合った。
やっぱ怖えー。
『あー、アキ?』
「アカネか。アカネなのか?」
そうだよ。まだこのパーティには最後の良心アカネいるじゃないか。
アカネはこういう状況を茶化したりするような性格じゃないから、きっと有難い励ましのお言葉をくれるに違いない。
『えーっとぉ……、熊に死んだフリが本当に効くか試してみてくれない?』
まさかの実験台になって発言。
あのね、死んだフリはゲームの熊には効かないんだよ。つうか現実の熊にも効きません。
「シアンか?ソニアか?どっちがアカネに余計なこと吹き込んだ?」
『うっわ。もうバレた』
『秒で分かるとは。流石アキくん』
「今度こそ切るぞ」
ゲームだから全速力で走りながら会話をしても肉体的疲労は無いが、こんな会話してたら精神的にまいってしまう。
回線を切ってしまおうとしたその時、周りの空間に違和感を感じた。
急に開けた場所に出たのだ。
「あれ?」
振り返ってみるとブラストベアの姿は無く、陽を遮る木々も無く。広場となっているこの場所には、陽光に照らされる巨大な岩が真ん中に聳えるだけだった。
『アキ、どうかした?』
「いやー。すげぇ嫌な予感」
こういう空間を、俺はつい最近経験した。
そのイメージがフラッシュバックして、ふと短剣に手が伸びていることに気づく。
「たぶんボス部屋に入っちゃった」
『……は?』
言うが早いか動くが早いか。俺が喋るのと同じタイミングで、巨岩が地面を揺らし動きだす。
そして、それは歪に人を模した形となっていく。
「早めに来てくれ」
『え?ああ、分かったわ。すぐ行く』
何が起こっているのか。アカネは一拍あってから飲み込んだようで、了承の返事をくれる。
『アキくん、ドンマイ』
『ま、ガンバりやー』
「ほんっとなぁ……」
この2人も相変わらず。いや、これは2人なりの励ましなのかもしれない。
……やる気なしだが。
何はともあれ、今はなんとかこの状況、凌ぎきらなければならない。
「さてね……。随分な寄り道になるけど……」
狂人化はまだかかっている。
俺はのっそりと動く岩を見据えて、短剣を鞘から引き抜く。
「いっちょやりますか」
こんな風になし崩し的にボス戦に挑むのは、あの時以来だ。
あの時も1人だったな。
でも、あの時と今の“1人”は違う。今は助けに来てくれる仲間がいる。
「ゴォォオオオオ!!」
雄叫びを上げるボス〔ジャイアントロック〕は、複数の岩で出来た巨体を動かし、腕を振るう。
「でけぇなぁ」
体が大きいとなれば1撃の攻撃範囲も当然大きくなる。
つまり避けるのが大変になるわけだ。
しかもこのジャイアントロック。図体のデカイ敵にありがちな“パワー重視で動きが遅い”なんてこともなく。
その岩パンチはスゴい迫力で俺を目掛けてやってくる。
「とうっ」
かと言って、じゃあジャイアントロックの動きが速いのかと言われるとそれはNOだ。別に避けられない速さで攻撃が来るわけではない。
迫ってくる腕を跳ねて躱し、そのままジャイアントロックの腕に着地する。
もちろんジャイアントロックも、自分の腕に敵が乗ったままというのを許すハズもなく。暴れて俺を振り下ろしにかかる。
放り投げられて落下ダメージ、なんて冗談じゃない。
ここは大人しく降りて距離を取ることにする。
「厄介だな……」
これが正直な話。
第一に攻撃範囲がデカイから、こちらも避けるのに大きく動かなければならない。
次にジャイアントロックの上は結構危ない。足場でこぼこでグラグラなんて危険のカタマりみたいなものだ。
次に俺は短剣だとゼロ距離まで詰めなければ攻撃が出来ないが、ジャイアントロックの懐に飛び込むとこうが避けづらくなる。もしかしたら動いただけでも巻き込まれてダメージ、なんてこともあり得るかもしれない。
次に、これはいつもの事だが。1撃ももらうことは許されない。なんというか、自分で自分の首を絞めている感が否めない。
最後に、頼れる仲間は今いない。
まったくもって厄介なことだ。
俺は短剣をしまって、ウィンドウを弄り弓と矢束を装備する。
「ゴォォオオオオ!!」
叫びと共に、距離を詰めてきたジャイアントロックがまた腕を振るう。
俺は矢を一本、手に取って弓につがえ、ジャイアントロックの腕を跳躍スキルを使ったジャンプで飛び越える。
空中で姿勢をどうにか安定させて、右手で強く弦を引く。
狙いは正面。胴体。
これだけデカイ相手だ。外す方が難しい。
「ふっ」
放った矢はジャイアントロックの胴に刺さった。ように見えたが、入りが浅かったのかすぐにポロっと落ちてしまった。
そして俺も落ちる。
「やっぱ厄介だなぁ」
相性とか条件とか色々。
俺はため息と共にそう呟いて、迫りくる岩をまた跳んで躱した。
女の子に囲まれててもあんま羨ましくない主人公を目指して




