ギョギョギョッ
「っ速ぇなオイ!!」
盾を構えるグラフトさんが、フィッシュマン・モンクの突進に感嘆の声を上げる。確かにこのモンク、前に森で釣り上げたヤツよりずっと速い。
「俺がモンク、アカネはメイジ、グラフトさんはタフで引き受ける」
「了解!!」
「オイ!!俺は下手なんだぞ」
「ガンバレ盾持ち」
俺はモンクの進路に立ちふさがって、それぞれの受け持ちを割り振る。
名前から考えて、モンクは近接特化型でゼロ距離の拳技をしかけてくるだろう。それだとアカネの両手剣は相性が悪いし、グラフトさんでは捌ききれるか分からない。だから俺がモンクを引き受ける。
タフは体力が多いとかだろうから一番攻撃力が低そうだし、それならグラフトさんでも一応なんとかなるかもしれない。
メイジは魔法を使うのだろう。飛び道具は厄介だが、アカネの立ち回りなら接近することは難しくないだろうし、近づければ魔法使いはその優位性を失う。
即座に思いつく限りではこれがベストだ、まだ、相手の行動パターンを把握したわけではないので完璧とは言えないが。
「さあ来い、緑魚!!」
ここまで来たら、もう納得するしないの問題ではない。自分を鼓舞するように声を張り上げ、蒼鉄と紅鉄をぎゅっと握りしめる。
「ソニア!バフお願い」
「あいよ姐さん」
アカネはメイジの水魔法をひらりひらりと躱しながら、着実に距離を詰めていく。ソニアはそれを支援魔法でカバーしている。
「しゃあねぇか……」
「援護はしますよ」
「私も回復くらいなら」
諦めるようにタフに立ち向かうグラフトさん。その後ろではシアンが長銃を構え、オリヒメはロッドを抱えている。
他は問題なさそうだ。なら、俺は目の前に集中するのみ。
「ギョォオ」
「シャベッタァァアア!?」
モンクが唸る剛腕を振り抜きながら、声を上げる。
フィッシュマンって喋るんだ。びっくり。
思わぬ出来事に気をとられるが、それでもなんとか魚パンチを躱す。
すると今度は足が飛んできた。
「っ!?あぶねぇ~」
ちょっと無理な体勢を動かして、なんとか蹴りも避ける。
それにしてもこのモンク、一撃一撃が素早い。そのうえ、攻撃を引く早さも相当なモノで隙が少なく、反撃が難しい。
しかし、難しいだけであって出来ないわけじゃない。
飛んでくる拳を後ろに跳ねて避ける。すると、モンクはストロークを活かした助走付きにパンチを俺に向かって打ってくる。
「っとお」
俺はその拳を左に体を動かして躱し、すれ違いざまに蒼鉄でモンクの胴を斬りつける。
通った。そう思った瞬間、モンクの尾びれが眼前に迫る。
「おわぁ!?」
寸でのところで。
まさにその言葉通りのタイミングで尾びれを躱す。
すると、さらにモンクの右足が飛んでくる。どうやら左足を軸に、パンチを振り抜く勢い利用して回し蹴りをしかけてきたようだ。
「よっと……」
後ろに跳ねて蹴りを避ける。
結構ギリギリだった。
避けれたことに、ほうっと息を吐く。
これまでの攻撃に大分振り回された。が、これでモンクの大体の攻撃パターンは分かった。素早いパンチとキックの組み合わせ。予想通りの格闘タイプ。
1対1の接近戦。これなら、正直なところ負ける気がしない。昔と今までの積み重ねが、俺に自信をくれる。
「今度はこっちから……!!」
モンクがこちらに詰め寄るよりも早く、地面を蹴ってモンクに接近する。
両の手に握る蒼鉄と紅鉄を振りかぶり、そしてモンクの体に見舞う。
モンクの体力ゲージが少し削れて直後、モンクも反撃を仕掛けてくる。素早いパンチとキック。
俺はそれを躱して斬りつけ、躱しては斬りつけた。
「ギョォオオ」
「らぁああ!!」
モンクの拳は空をきり、その剛腕に紅鉄が沈みこませる。
1撃も攻撃を喰らうことを許されない状態の中で、俺の集中が張りつめていく。
段々モンクの動きをハッキリと捉えられるようになる。
「ハァッ!!」
振り抜かれる腕、薙ぎ払われる脚を躱しながら、緑色の体にスルスルと2本の剣で傷をつけていく。それに比例して、徐々にではあるが、モンクの体力ゲージも減っていく。
躱す、斬る。躱す、避ける、斬る。躱す、斬る。
単調な繰り返しではなく、常に動きを変えながら、寄せては返す波の様に。引き際を見誤ることは、即ちゲームオーバーを意味する。
『エスパーみたいだな』
昔、エリカに言われた言葉を、ふと思い出した。
デュエルをやったとき、あまりにも攻撃が当たらないと、言われた言葉だ。
けど、俺は先読みなんて出来ないし、エリカの様に勘が鋭いわけでもない。
強いて言うなら、
「本能だなぁ」
その呟きを、モンクの腕が掻き消して、その通り道に蒼と紅の残像がスッと通り抜けていく。
そんなことを繰り返して、モンクの体力がレッドゾーンになった時だった。
「ギョォオオオオ」
「!?」
途端に、モンクが後ろに跳んで距離を取る。
これまで攻め手攻め手だったモンスターが、急に違う行動にでるということは“特殊行動”のサインだ。
特殊行動をとる。そこまでは分かっていても、ソレが攻撃なのか強化なのか分からない内は、俺の場合行動を妨害しようとするのは得策ではない。
もしかしたら1撃でやられてしまうかもしれない。そういう攻撃だって持っている可能性は十分にある。
さて、どう来る。
ニヤリと笑いながら蒼鉄と紅鉄を構える俺に対し、モンクは無表情のまま両腕を腰(?)に構える。すると、モンクの周りに緑色のオーラがゆらめく。
「強化か!!」
そう判断した瞬間に、俺とモンクは同時に駆け出した。
距離を詰めてから、モンクは殴打と蹴撃の連続攻撃を仕掛けてくる。
さっきより、明らかに速い。
強化によってスピード、そして恐らく攻撃力も上がっているだろう1撃1撃は、とても鋭く、すぐ側を掠めていく。
元々少ない隙をさらに突かせなくするスピードアップと、単純な威力増加のパワーアップは、このモンクにはとても強力な強化効果だろう。
「けど、俺の勝ちだ」
大きく薙ぎ払われた脚をバックステップで躱し、今度は俺が距離を取る。
モンクは再び、ストロークを活かしたパンチを構えこちらに向かってくる。けれども、それはまた虚しく空を撫でるだけだった。
「[ツインアレイ]!!」
アーツを唱え、蒼鉄と紅鉄が鈍く光る。そして、高速の4連撃をモンクの胴に叩き込む。
「止めだっ」
そして、蒼鉄と紅鉄を逆手に持ち直し、振り上げて、モンクの脳天に突き刺す。
これで、モンクの体力ゲージは尽きた。
「ギョオ……」
尽きたはずなのに、モンクは何故か消えない。普通モンスターは体力ゲージが無くなると光になって消えるはず。それはボスも例外では無い。
だというのにモンクは両膝を着いて、腕をだらりとぶら下げその場から動かないだけだ。
俺はそれに、嫌な予感を感じた。
「デルスギルスのパターンかよ……」
昔に、とある厄介な一対のボスがいた。
それはデルスとギルス。2体で襲ってくるボスモンスターだった。
複数で戦うボスというのは、特別珍しいわけではない。なんなら取り巻きを大勢引き連れるタイプのモンスターもいて、デルスとギルスは集団戦闘という点ではまだ優しい方だった。
しかし、それが何故厄介と呼ばれたのか。
その由縁は完全な“初見殺し”にあった。
デルスとギルスは片方を倒しただけでは消滅しなかった。デルスとギルスは両方が倒された瞬間、2体は素早く起き上がり最後に大技を仕掛けて散っていく。
しかも、その最後の行動中は無敵のスーパーアーマー状態。止める術は何もなく、完全な初見殺しと呼ばれていた。
そのパターンを、今しがた倒したモンクが見せてきた。
「……これは厄介だぞ」
ちなみに、デルスギルスの命技(そう呼ばれていた)はジャイアントスイングからのギルス投擲。ジャイアントスイングは竜巻が起こる程で、その竜巻に引き寄せ効果があったことは多くのプレイヤーに初見殺しと呼ばれる由縁であった。
さらにその後投げられるギルスは、異様な速度で一番遠くにいるプレイヤーを狙う。これは多くの支援職のトラウマになった。
そんな攻撃を、フィッシュマンたちが隠し持っているとしたら。
これは早急に皆に伝えなければ。そう思った矢先のこと。
「トドメぇええ!!」
アカネの剣がメイジを仕留めた。
「やべえ!!」
あまり悠長にしていられない。俺はタフを狙って銃を構えるシアンに声をかける。
「シアン!!コイツらデルスギルスだ。全滅したら何かあるぞ!!」
俺の言葉に、シアンはハンドサインで了解してくれる。
「オイ!!それじゃ俺爆心地じゃねぇか」
タフの攻撃を盾で受けながら、悲痛そうにグラフトさんが声を上げる。
ちなみに、ソニアはデルスギルスが何かをアカネから説明してもらっている。
「グラフトさん」
「あ?」
「ドンマイ」
「チキショー」
それでもグラフトさんはその場に踏みとどまってタフのパンチを受け続ける。
アカネの説明でデルスギルスを理解したらしいソニアが、グラフトさんに声をかける。
「兄貴!!」
「ああ?」
「1人で死んでや」
「巻き込んでやる」
そしてグラフトさんはソニアいる方へと、全速力で走り出した。
「ギャー、来んなや」
「ハッハッハ。兄妹死なば諸共だろ」
「ちょお、マジで来んな!!」
わー、俺が楽しみにしてたボス戦からどんどんかけ離れていく。
今目の前でソニアをグラフトさんが追いかけて、そのグラフトさんをタフが追いかけてその場をぐるぐるするという滑稽な画が繰り広げられている。
「もういいですかね?」
「いいんじゃない」
「いいだろ」
目の前のドタドタを十分に楽しんだので、シアンが走るタフに銃を撃つ。ソレが命中してタフのターゲットがシアンに移り、タフがこちらに向かって走り出してくる。
が、タフがシアンの元にたどり着く前に、俺とアカネでタフを斬りつけ、ターゲットを奪う。
そうして俺たちはシアンたちと距離を取りつつ、タフの体力を削っていき、タフの体力はレッドゾーンに突入した。
「アカネ、もう離れていいぞ」
「アタシだけ逃げるみたいでイヤなんだけど」
「俺の方が早く動けるんだから適任だろ?それでもイヤなら一緒に死ぬか?」
「任せたわよ」
わあドライ。
アカネもタフから離れて、タフの近くには俺だけになった。そして削り続けたタフの体力も残り僅か。
「もう腹は括ってる」
蒼鉄と紅鉄でタフを差し、体力ゲージをゼロにする。
「ギョオオオオオオ!!」
するとタフが天に向かって吠え、ソレを合図に今までぐったりしていたメイジとモンクがタフの傍らにやってくる。
「ギョッ!!」
「ギョギョッ!!」
「ギョギョギョッ!!」
そして三匹が鳴き声を上げてポーズを決めた時、フィッシュマンたちの後ろで3色の煙が爆発した。




