釣果
「涼しいな」
ブラッシュクエストのドタバタから1日明けた次の日。クエストは一休みしようというアカネの発案により、俺たちはパーティを組んだ形は保ったまま、自由行動している。
アカネたちは女子3人は街へ買い物に行き、俺は街で買ったリールもないシンプルな釣竿を携えて、暗い森の川で釣りをしている。
さらさらと流れる水の音と、たまに吹く風がなんとも涼しく心地良い。
「暗くて怖いかと思ったけど、そんなことなかったなぁ」
この森を探索した結果、植物系や虫系は見つかったが、ゴースト系のモンスターは見つからなかった。景色こそ不気味だが、蓋を開けてしまえば普通の森である。
それでもアカネは怖がって近づこうとしないが。
「にしても、釣れないなぁ」
川沿いに胡座をかいて、釣糸をたらして30分は過ぎただろうか。安いエサを使っているのがいけないのか、釣りスキルが低いのがダメなのか、どちらにしても、まだアタリがこない。
釣りはアタリがくるまで暇だ。
プカプカと浮いているウキを眺めながら、ため息を1つこぼす。
「なんだかなぁ……」
もう切り上げてしまおうか、そう思った時、ぽちゃんとウキが沈む。
「キタッ!」
俺は急いで立ち上がり、しなる竿を引く。リールが無いから、ただ引き上げるだけだ。感触は軽く、ソイツはすぐに釣り上がった。
釣り上げた魚はアプラトルートという、500mlのペットボトル位の大きさの、鮎みたいな魚だ。説明では焼くと美味いらしい。
もう完全に鮎だな。しかし焼くと美味いのか、料理スキルも取ろうかな。
そう考えながら、再び釣糸をたらす。すると、すぐにアタリがきた。
「おおっ!?」
今度は竿が大きくしなる。ググッと、手に魚の感覚が伝わってきて、これがどれ程の大物なのかがよく分かる。
「スキルも道具も底辺なんだがなぁ……」
なんだって、こんなのがかかってしまうんだ。
俺はあくせく神経を集中させて魚と格闘する。糸が傷んで切れないように、強い引きに振り回されながらもなんとか堪えて、隙を窺う。
ピンと張りつめた糸の先の大きな魚影が揺らめいてうねる。
「くっ……」
ホント、デカイ魚がかかったもんだ。
昨日の狼狩りで上がったステータスをもってしても、この魚は重い。
それでも、なんとか水面まで引き上げる。左右に暴れる魚影がばしゃばしゃと、水しぶきを上げる。
「ぷわっ!?」
水が顔にかかった。その一瞬、強い力で竿が引っ張られて体勢が崩れる。
「こっのぉ……!!」
こうなりゃ力ずくだ。
足に力を入れて、腕を思いっきり引く。もうテクニックとか駆け引きとか知るか。
「おっ……らぁああ!!」
水しぶきを立てて浮かび上がったその姿は、ずんぐりむっくりとした魚……、
「違う、これモンスターだ!!」
釣り上げたソイツにはHPバーがあり、モンスターであることを証明している。しかもこの魚、足まで生えていて、見事に着地までしやがったのだ。
〔フィッシュマン〕。丸いドングリのような魚の体に、イヤにがっしりとした腕と足が生えている、なんとも謎なモンスターだ。魚部分は赤色で、顔は魚。背は俺より少し低いぐらい。そして無表情。
正直言って、
「気持ち悪い……」
なんだろう、この絶妙に愛せない感じのデザインは。
フィッシュマンは釣り上げた俺を襲うことはせず、その場でボディビルダーがするようなポーズをキメている。
俺は釣竿をしまって、屑鉄と弓、矢筒を装備し、ササッと弓に矢つがえる。フィッシュマンはポーズに夢中で隙だらけ。先手必勝だ。
放った矢は、フィッシュマンの魚部分に刺さる。すると、フィッシュマンは俺を敵と認識して、腕を振り、2本の足で地を踏みしめ、俺めがけて走ってくる。全力疾走だ。
「気持ち悪い!!」
俺は右手で屑鉄を抜き、向かってくるフィッシュマンを斬ろうと構える。それと同時にフィッシュマンは腕を右手を振り上げる。
どう考えてもパンチの構えだ。
昨日は狼がパンチ、今日は魚がパンチ。なんとファンタジー溢れるゲームなんだ、FoX。ちょっとトラウマになりそうだ。
「ほっ」
俺は、フィッシュマンのパンチを跳んで躱し、フィッシュマンの脳天から背ビレまでを屑鉄で切りつける。着地してフィッシュマンに向きなおると、フィッシュマンはまた俺めがけて走ってくる。
「[フォワードピアス]」
向かってくるフィッシュマンに、俺も突進して屑鉄を突き刺す。そして、フィッシュマンのHPを削りきり、フィッシュマンは光の塊になって消える。
「ほんっと気持ち悪かった……」
フィッシュマンのドロップアイテムはフィッシュマンの切り身とフィッシュマンの鱗、それにフィッシュマンの背ビレ。
しかし切り身とは……。食うのか、アレを。
フィッシュマンの切り身は赤身で、説明によると煮て良し焼いて良し、揚げても生でも美味いと書いてある。まさに万能な魚だ。
……食うのか。
どうにも納得のいかない感情を抱いたまま、切り身と鱗をインベントリにしまう。
そして釣りを再開しようと思ったが、フィッシュマンとの攻防のせいで糸の耐久値がもうギリギリだった。これでは次に魚がかかっても、すぐに糸が切れてしまう。
「……引き上げるか」
釣り具も限界だし、なんか疲れたしで、俺はモノブラムに帰ることにした。
▽
「さぁて、何するかねぇ」
ポータルでモノブラムに戻りはしたが、何もすることがない。本当は釣りをして1日過ごすつもりだったから、正直暇だ。
「魚かぁ……」
インベントリには鮎とフィッシュマンの切り身。食材アイテムなので、何もせずともそのままでも食べることはできる。川魚を生で食べるなんてゲームの中くらいでしかやろうとは思わないだろう。が、アプラトルートは焼くと美味いと書いてあるのだ。折角だから美味いほうがいい。料理をしてみようじゃないか。
……あとフィッシュマンも。
「まずは道具だな」
スキルポイントを使って料理スキルを取得する。そして、俺は調理アイテムが売っている店を探すことにした。
▽
「包丁、まな板、鍋、塩胡椒、皿、あとさいばしに油と、こんくらいか」
NPCの露店で、とりあえず必要そうな物を買う。
「合計で830トルテです」
「あいよ」
お金を払ってインベントリに購入したアイテムが追加される。
キッチンは宿にあったし、あそこで作るかね。
そう思って歩きだすと、メールが1通届いた。俺は歩きながらウィンドウをいじり、メールを確認する。
「エリカからか」
内容はいつアカネを紹介してくれるのかとか、いついつならメンバーの都合がつくからこの日に集まろうとか、そんな感じだ。
「勝手だなぁ」
これはアカネたちにも確認を取らないと返しようのない話だが、まあ大丈夫だろうなと思う。
エリカはいつも相手の都合を聞かずに予定をたてるのだが、それで大抵上手く事が運んでしまうのだ。だからルーラーウィングではエリカが実質リーダーのような存在だった。
「そうか、グラフトさんやガンさんに会えるんだな」
昔の仲間に会えることに胸を踊らせながら、宿に帰った。
▽
宿の部屋に着いてもアカネたちはまだ帰っておらず、誰もいない。
なら、ちょうどいいか。
誰もいないのならキッチンを自由に使える。それに、俺は現実ではあまり料理をしたことがない。ここに3人がいたら、不慣れな料理に慌てふためく様をからかわれるだろう。
俺はさっそくまな板と包丁を取りだし、コンロに鍋を置く。
「さて、やるか」
まな板の上にアプラトルートを置いて腹に切り込みを入れ、腸を取り除き、そして全体に塩をふる。こいつは塩焼きにする。熱した鍋に油をひいて、アプラトルートをそのまま焼く。
終了。
腸を取り除くのに苦戦するかと思ったが、ゲームの親切設計かすんなりとできた。
「あとは焼き具合だな」
ジュウジュウとアプラトルートの皮が焼けていく様を見て、ふと思う。
「魚ってグリルで焼かなかったか?」
しかし、このキッチンには魚焼きグリルは付いていないのだから、これでいいのだろう。
覚束ないながらも、さいばしを使いアプラトルートをひっくり返す。少し焦げてしまったが、全然許容範囲だ。
もう片面にもちゃんと火を通して、皿に盛りつける。初めて作った焼き魚にしては上出来だ、見た目は。
「さて……」
次はフィッシュマンの切り身だ。これは既に切り身なので塩胡椒で味付けをし、焼くだけ。芸がないが焼くだけだ。フィッシュステーキとでも呼べばいいのだろうか。
切り身の底の色が変わったらひっくり返して、じっくり焼く。
「アレがこう……」
フィッシュマンと戦った時を思い出す。ずんぐりむっくりな体に、イヤにたくましい腕と足。走る時は腕をしっかり振って全力疾走。風を切るパンチ。
……考えるのはやめよう。
頃合いだろうと、フィッシュステーキを皿に移す。
「ただいまー」
そんなジャストタイミングに、3人が帰ってきた。
「いい匂いがしますね。料理ですか?」
「ほんまや。余ったらちょっとちょうだい」
シアンがすぐに焼き魚に気づいて、ソニアもすぐに興味を示す。
「あれ?釣りするんじゃなかったの?」
「釣った魚を焼いたんだ、けど……」
「歯切れ悪いわね」
フィッシュマンは“釣った”でいいんだろうか?湯気の立つフィッシュステーキを見ながら考える。
「まだ味見してないから、美味かったら分けるよ」
「やりぃ」
ソニアはノリがいいなぁ。
俺はまず、アプラトルートの塩焼きに箸をいれる。身は結構シッカリしていて固い。口にいれるとパッサパサであまり美味しくない。
「だめだ。パサパサ」
これはオススメできない。
次いで、俺はフィッシュステーキに手をつける。箸はスッと入るが、持ち上げるとシッカリしている。
「……」
またフィッシュマンを思い出した。しかし、ここまで来て食べないのも癪だ。
「いただきます!!」
フィッシュステーキを口に放りこむ、瞬間分かる、美味い。
赤身ともトロとも違う味。噛めばほぐれる、程よく柔らかい身。味付けは塩胡椒だけなのに、それだけとは思えない深み。
「釈然としない……」
なんだってアレがこんなに美味いんだ。
フィッシュステーキはアカネたちにも美味しいと好評だったが、どんな魚だったのかは内緒にしておくことにした。




