第八話『犬飼雲雀の視点』
雲雀から見た猫宮紺と言う狐はとても神々しい神様であった。
貉と同じ様に生まれた時から面識があり、成人を迎えた現在でも世話になっている自覚がある。
小さいながらも眉目秀麗で凛とした雰囲気を纏い、寺生まれの雲雀でも思わず敬いたくなるほどの神格を持っていた。
鈴音の想いには負けるだろうが、それでも足を向けて眠れないと言えるほど頭が上がらない人物でもある。だが、時と場合によってはその限りでは無い。
「‥‥‥何故、我がこのような格好を?」
「‥‥‥可愛いからです」
「‥‥‥可愛いからです」
「何で一度顔を見合わせたの?」
「だって‥‥‥声が被ると想いを十全に伝えられないと思って‥‥‥言霊が‥‥‥」
「異口同音なれど、想いの重さと色は違いますから‥‥‥」
「今の遣り取りだけでそこまで考えるの?‥‥‥こわい」
可愛いと伝えるだけでも万感の思いを乗せてくる2人に対し、底知れぬ恐怖を覚える紺。鈴音を始め、雲雀すら平伏してしまいそうになる威厳は何処かに行ってしまったらしく、素の表情と口調で素直な気持ちを吐露してしまう。
「だって‥‥‥ねぇ‥‥‥はぁぁ‥‥‥」
「全くだ‥‥‥はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥」
「にじりよってくるな、馬鹿者ども」
「1回だけ、1回だけで良いから‥‥‥っ」
「やめろ、この格好では洒落にならん‥‥‥って、わぁ!?」
息を荒くしながら近づいてくる2人から後退る。
‥‥‥それがいけなかった。慣れない服装に身を包んでいたため裾を踏んでしまい、そのままぽてっと尻もちをついてしまう。
「‥‥‥いったぁい」
「今だっ!」
「お覚悟を‥‥‥」
シャッターを切る音が響く。被写体は白と黒の質素なメイド服に身を包んだ紺であった。頭の上には白のヘッドドレス、黒のロングワンピースに白のエプロン。和風美人な紺の身体にはクラシックなスタイルが良く似合っていた。
「‥‥‥まあ、減るものではないが‥‥‥だからといってそこまでするか?」
「それだけの価値があるんです」
「ずっとこの日を待っていたんですよ」
「はぁ‥‥‥前金代わりは貰ったしなあ‥‥‥それと終わったらもう1つ貰えるんだろうな?」
「ええ、当然です。紺様という素晴らしい芸術のを愛でるためにはそれなりの対価を支払いたいので」
「手に入れるのも苦労しました‥‥‥」
「‥‥‥この熱意を他の事に費やせば良いのに」
契約を交わした際に受け取ったものを見る。それは一見なんてことのないおはぎ。しかし味は普通では無い。それもその筈『おはぎいっぽん』というおはぎ専門店で予約販売をしているものであるからだ。店自体は老舗では無い。だが、そこの店主は今は亡き伝説のおはぎ職人の最後の弟子である。
“おはぎで生きていく”彼の言葉の通り、店で取り扱っている商品は一種類のおはぎのみ。潔いストロングスタイルだが、文句のある客は味で黙らせてきた珠玉の逸品。
そんなおはぎを鈴音が何ヶ月も待ってようやく手に入れた。だが鈴音ばかりに格好良いところは任せられないと支払いは雲雀が申し出た。全ては今日の撮影会の為に。
「だって‥‥‥こうでもしないと可愛い服なんて着てくれないじゃないですか」
「そうですよ。せっかく紺様は可愛らしいお姿なのに‥‥‥」
「神を着せ替え人形にしようと考えるのはお主らだけだと思う」
自分の服装を見ながらげんなりする。おはぎ2個に釣られて思わず承諾してしまった1時間前の自分が憎い。
文句が言いたくて仕方がないといった表情を浮かべている紺を見て、鈴音が痛恨の一撃を加える。
「普段は何もしていないのですからこのくらいはして下さい」
「し、しとるわっ‥‥‥えっと‥‥‥その‥‥‥掃除は‥‥‥」
「紺様がお掃除をしているところなんて見たことがありませんね。洗濯は言わずもがな、です。」
「だって‥‥‥疲れるし‥‥‥そもそも我、神ぞ?」
「同じ神様である貉様はお掃除しますよ」
「そ、それは‥‥‥」
言い訳を封殺されてしまい、しどろもどろになる。必死で弁解の言葉を考えようとするが思い浮かぶは自室でごろごろしている自分の姿。日がな一日、ネットサーフィンをするか一昔前の海外ドラマを見ているかそのどちらかが最近の日課であった。珍しい反応をしている紺に対し、雲雀が追撃を入れる。
「貉様はお料理をしてくれますよ?」
「紺様はお料理出来ませんからねえ」
「し、仕方がないだろう。昔から我と料理は何故か相性が悪くてな‥‥‥」
神となってから幾度となく料理の練習をしたが、結果はいつも暗黒物質が出来る。それどころかゆで卵すら作れない始末だ。なお、茹でると何故か爆発する。
一方、貉は料理が出来る。それもかなりの腕前。
基本的に面倒臭がりであるため雲雀が貉の手料理を所望しない限り、台所に立つことは無いが。
「い、芋なら焼けるし‥‥‥」
「あ、今度焼いてくださいよ。紺様の焼き芋食べたいです」
「俺の分もお願いします。紺様の焼き芋って訳分からないくらい美味しいですし」
「ふ‥‥‥ふふっ‥‥‥良いだろう。特別に今度焼いてやる」
「わーい」
「やったー」
唯一自信のある焼き芋を褒められると気分が良くなってしまう。子どもの頃は秋冬の落ち葉で焚き火をしながら2人に焼き芋を食べさせた事があった。美味しそうに焼き芋を頬張る2人の顔を見ているのはとても楽しい時間であった、と思い出に浸る。
「‥‥‥おっと、もうこんな時間か。お主らが奉納したおはぎを堪能することにする。邪魔はするなよ?」
「分かりました。でも、その服は脱がないで下さいね?紺様のお手が空いたら膝枕をしてもらいたいので」
「動きづらいんだがなあ‥‥‥はぁ‥‥‥」
写真撮影だけでは物足りなかったのか紺に膝枕を要求する鈴音。断ると食事のおかずが一品減る可能性があるので溜息をつきながらも素直に言うことを聞くことにした。
「俺もっ!‥‥‥‥‥‥いやっ、今回は鈴音に譲ろう‥‥‥また機会はあるさ」
「いや、多分無いぞ?」
紺の膝枕を要求する鈴音に便乗しようとするがそこはなんとか踏みとどまる。非常に魅力的ではあるが、今回の撮影会は鈴音がいなければ成立しなかった。その功績を讃え、身を引く事にした。そのかわり自宅に帰ったら撮影した写真を堪能する事に決めていた。
「鈴音、我は自室に戻る。後は任せた」
「はい、紺様。それと雲雀くんがお礼を言いたいそうです」
「手短にな」
「はい。紺様、本日はありがとうございました。今度は俺にも膝枕をお願いします!」
「‥‥‥はぁ、馬鹿かお主?今しがた無いと言っただろうが‥‥‥‥‥‥‥‥‥また、美味い菓子をもってこい。話はそれからだ」
「ありがとうございましたぁっ!」
雲雀のお礼と要求に対し、嫌そうな表情を浮かべつつも検討はすると言い残し自室へ戻る。
頭を下げたまま小さく微笑む。なんだかんだで優しい神様であることは雲雀も十分に理解していた。




