第六話『猫宮紺の受難』
猫宮神社は由緒正しい神社である。名前に『猫』と付くが祀っている神様は『狐』だ。
猫宮神社が建立されたのはおおよそ700年も昔のことらしい。残念ながら神社に残されていた記録では500年程しか遡ることができないが、空白の200年を知る人物?がいた。
「この神社は鎌倉幕府とやらが幅を利かせていた頃には建っていたぞ」
「鎌倉‥‥‥確かに、それなら建立700年と謳っても過言ではありませんね。それにしても、紺様ってそんな昔から神様をされていたのですか?」
「ああ、お主には言っていなかったな。我は1000年ほど前に獣としての生を終えてから数百年の間は魂魄のみの存在であった。今の存在へと昇華されたのは700年程前だったか‥‥‥」
「あ、もしかして貉様と同じ‥‥‥」
「ぬ?何だ、既に聞いていたんじゃないか。詳しいことは奴に聞け」
「それでも紺様の由来は聞いたことが無かったので‥‥‥非常に興味深い話でした」
「まあ、隠しだてすることでも無いが‥‥‥だが」
「なんでしょうか?」
「何故、我はお主の膝の上に乗せられているのだ?」
頑張って意識しないようにしていたがそれも限界であった。神社の離れにある紺の部屋。その縁側に座る雲雀の膝の上に乗っていた。
いや、正確に言えば乗せられた。鈴音に。両腋を持たれて“びろーん”と。”お前ら50年来の熟年夫婦か?“と言いたくなるくらい鮮やかな連携。鈴音が捕獲し、雲雀が縁側で受け取る。抵抗する間もないどころか、抗議の声をあげることすら出来なかった。
止めは横からそっと差し出された和菓子。神としてこの土地を見守り続けてきた紺も数える程しかお目にかかった事のない逸品。菓子処『問答無用』で限定販売される『天上栗一粒、今生一座大納言』というどら焼きだ。これを奉納した下々の民には慈悲を与えてやらんこともない、と紺は堂々とした態度で示していた。
つまるところ、雲雀の好きなようにさせていた。
だが、そんな甘露も姿を消して久しい。ならばいつまでも慈悲を与える義理は無い。
そんな思いを込めて雲雀へ問いただすが、当の本人はきょとんとした表情を浮かべながらさも当たり前のように返答する。
「約束したじゃないですか」
「知らんし、しとらん」
「鈴音が」
「‥‥‥」
どんな理不尽でも納得せざるを得ない魔法の言葉。何度も何度も煮え湯を飲まされた。だが、決して嫌いになることは無い。
例え手酷い裏切りを受けたとしても。後悔は微塵も無いと言い切ることが出来る程度には。
「抱っこでも膝枕でも‥‥‥お持ち帰りしても良いって」
「それは言ってない」
「あ、そっか。居たのか」
「当たり前でしょ?紺様を誘拐されたら困るもの」
「なんなのお主ら。こわい」
部屋の隅から音も無く現れる鈴音。ずっと傍にいたと話すが、少なくとも紺には感知出来ていなかった。その事実に心の底から慄いてしまう。
「雲雀君が紺様を無断でお持ち帰りするようなら、私だって貉様を寝取るわ」
「やめろのうがはかいされる」
「されとるぞ、今まさに」
苦渋の決断を下した雲雀が紺を自分の隣へとそっと置く。紺は”なんでぬいぐるみを扱うみたいにそんな事が出来るの?“と言いたくなったが、大人なのでぐっと堪えることにした。
何でもかんでも聞けば良いということでは無いのだ。




