第三話『犬飼雲雀の日常』
「こんにちはー」
「なんだ、犬飼のところの小僧か。何か用か?」
雲雀は猫宮神社を訪れていた。犬飼寺と猫宮神社は歩いて来られる距離にある。寺の息子が神社を訪れるというのも不思議な話ではあるが、物心付いた頃から当たり前のように続けていることなので特に疑問に思うことは無かった。
しかし雲雀の目の前にいる女性はそうは思っていないように見える。
「いえ、特に用事はありません。ただ、紺様のお顔が見たかっただけです」
「はっ‥‥‥何を言い出すかと思えば。貴様の家と我が猫宮家は犬猿の‥‥‥いや、猿は好みでは無いな、可愛くない‥‥‥‥‥‥うん、いわば不倶戴天の敵といっても過言では‥‥‥」
威厳のある不敵な笑みを浮かべながら何かを語ろうとしていた紺を遮り、背中に担いでいたリュックから上品な紙箱を取り出す。
その中身を反射的に感じ取った紺は思わず耳をぴくりと動かしてしまう。同時に尻尾もゆらゆらと落ち着き無く揺れ動く。
「あ、お土産の最中です。檀家さんから頂いたものですが、非常に美味しいものでしたのでお裾分けをと‥‥‥」
「‥‥‥まあ、貴様程度の小童なぞ眼中には無いがな‥‥‥‥‥‥早くそれを寄越せ。鈴音に見つかったら‥‥‥」
あくまでも威厳を保ち続けるが、耳と尻尾は感情を隠しきれていない。周囲を警戒しながら耳打ちをする紺の後ろから聞き覚えのある声が響く。
「雲雀君、こんにちは‥‥‥どうかしたの?」
「鈴音か‥‥‥お邪魔してます。これ、お裾分け」
「あら、ありがとう。せっかくだから一緒に食べましょうか。雲雀君、時間は大丈夫?良ければお茶を淹れてくるけど」
「ありがとう。お言葉に甘える事にしようかな。その間、紺様を眺めていても良いかい?」
「良いけど、私の分も取っておいてね」
「勿論」
「じゃあ、紺様のお部屋で待っていてもらえるかしら?すぐに準備するから」
「分かったよ‥‥‥よいしょ、っと」
お裾分けを持ってきてくれた幼馴染を快く受け入れる鈴音。雲雀の方も勝手知ったる他人の家のように紺の部屋へと上がりこむ。
そんな2人の様子を呆然としながら見つめ続ける紺。はっとした表情を浮かべたかと思いきや、鈴音に向けて小さな抗議の声をあげる。
「あの‥‥‥我の意見は?」
「今は必要ありませんね」
「‥‥‥‥‥‥」
ばっさりと袈裟掛けに切り捨てられてしまう。
あまりの衝撃で閉口してしまった紺の真横では、雲雀は感極まったかのように目尻に涙を溜めながら手を合わせて拝んでいた。
「紺様めっちゃ美人‥‥‥眼福、眼福‥‥‥」
「‥‥‥なんか拝んでくるんだが、こいつ」
毎度の事とはいえ、飽きずに全身を隈なく眺めてくる雲雀に引きつつ、鈴音に助けを求める紺であったが、助けを求めた先にも逃げ道は無かったようだ。鈴音も同じ様に目に涙を浮かべながら拝んでいる。
「ありがたやー‥‥‥」
「我、こんな神通力知らない。こわい」
思わず素に戻り、泣きそうな表情でぷるぷる震える紺。彼女が得体のしれない恐怖から開放されたのはそこから5分後の話であった。




