第二話『猫宮紺と猫宮鈴音』
―――猫宮家の朝も早い
起床後、手早く身支度を整えてから神様へのお供えと外の清掃を行う。その後、参拝者への対応や祭祀を取り仕切り、夕方になったら一日は終わり。
ここまでの流れで猫宮家が『神社』であることは分かるだろう。大雑把ではあるが至って普通の神社と変わりは無いように思える。しかし猫宮家は他の神社とは違う部分がある。
それは‥‥‥
「腹が減ったぞ、鈴音」
「そうですか」
「朝食は‥‥‥?」
「私は食べましたよ」
「‥‥‥我のは?」
「台所にあったみたいですが‥‥‥」
「‥‥‥お供え」
「何もしていないのですから、ご自分でどうぞ」
「‥‥‥‥‥‥」
世知辛い‥‥‥と呟きながら、とぼとぼと台所の方へ向かう女性―――猫宮紺は猫宮神社の氏神であった。
普段はぴんと立っている黒い狐耳はへにょっとしており、優雅に垂れている筈の黒い尻尾はしょんぼりしている。背中まで届く艷やかな黒髪は纏められた房ごとぷらぷら。
見る人の殆どが目を奪われてしまう程の美貌を持っていたが、どことなく残念な雰囲気が彼女の美貌を上回っていた。
巫女服とは違う神主が着るような表着に袴姿。成人女性の平均よりもかなり低い身長になだらかな体躯。子どものように見えるが実年齢は3桁を優に超える。子ども体型と侮るなかれ。実は結構なものを持っていることを、この場に同席していたもう1人の女性は知っていた。
自身の家の氏神を見送っていた女性―――猫宮鈴音は神社の1人娘である。
大学生になったばかりの彼女は休みの間はこうして紺の面倒を見ている。些か雑な対応ではあるが、それは鈴音が生まれた時から付き合いのある彼女だからこそだ。お互いに信頼し合っている証拠にほかならない‥‥‥まさに親愛。その言葉が2人の間にはふさわしいだろう。
「あの‥‥‥ごはん、無いんだが」
「戸棚に入っていませんか?お湯入れる奴です」
「‥‥‥朝から食うものでは無い」
「そうですね」
「‥‥‥怒るところか?」
「そんな事をされたら口も聞きませんし、泣きますよ?」
「‥‥‥‥‥‥お湯、沸かしてくる」
「冗談ですよ、紺様。少しお待ち下さい」
悲しそうな表情を浮かべながら台所に向かおうとしていた紺を引き止める。鈴音は境内の隅に隠していた保冷バッグを手に取り、紺の前に恭しく差し出す。
「‥‥‥神をからかうものでは無いな」
「ごめんなさい‥‥‥紺様が困っているところを見たくて、つい‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥はぁ」
「‥‥‥怒りました?」
「小娘が‥‥‥こんな程度で怒るほど狭量ではないわ‥‥‥ほれ、鈴音も来い。どうせお主も食っておらんのだろう?」
”仕方のない奴め“と気にした様子も無く、一緒に朝食を食べようと提案する紺に対し、感極まるといった様子で本音を漏らす。
「‥‥‥紺様素敵」
「‥‥‥普段からこのくらい素直でいると良いんだがな」
溜息をつきながら本音を漏らす紺の目の前では保冷バッグを漁る鈴音の姿があった。中から目的のものを取り出し、残りを改めて差し出していた。
「中にはサンドイッチが入っていますが、たまごとツナマヨは私が食べます。油揚げと梅干しは紺様に奉納致しますので」
「‥‥‥‥‥‥」
”なんでこんな事するのかなあ“と表情だけで訴える紺を尻目に、氏神の部屋へと遠慮なく入る鈴音。
朝から晩まで似たような遣り取りが続くのであった。




