第一話『犬飼貉と犬飼雲雀』
―――犬飼家の朝は早い
起床後、手早く身支度を整えたらご本尊へ挨拶に向かう。境内の清掃や食事の用意なども重要なお勤めである。その後は寺務やご近所さんとの交流を行い、夕方の挨拶で締めくくる。
ここまでの流れで犬飼家が『お寺』であることは分かるだろう。だが、それにしても些かお勤めの内容がふわついている。
それもその筈、犬飼家は他のお寺と違う部分があるためだ。それは‥‥‥
「雲雀や、飯はまだかの?」
「貉さま、昨日食べたでしょ?」
「‥‥‥待っておるのは朝餉なんじゃが」
「昨日食べたでしょ?」
「今日も食わせてくれないかの!?」
犬飼家の1人息子―――犬飼雲雀の言葉に対し、年代物のちゃぶ台をばんばん叩きながら抗議の声をあげている女性―――犬飼貉。
茶色みを帯びた黒髪は肩まで届いており、抗議をするたびにぱさぱさと靡いていた。良く見ると顔付きは非常に整っているが小物っぽい雰囲気が彼女の良さを台無しにしている。
顔よりも身体つきの方が見る人への満足度が高いようだ。身長は一般女性よりも少しだけ高いくらいであり、胸も尻も太腿も非常に厚みがある。その割には腰が細いという贅沢さ。紺色の地味な作務衣に身を包んでいるが、その下のさらしが割と見えていた。
自身の身体がとても魅力的なものであることを知っている貉は雲雀の視線を奪うかのように胸を張りながら言い放つ。
「ほれ、雲雀の大好きな乳じゃ!食事の間、眺めていても良いから朝餉を持ってきておくれよぉ‥‥‥」
「見ろと言われて見る乳に価値などありません‥‥‥まあ?‥‥‥価値が無くとも見ますし‥‥‥言われなくても見ますが」
「遠慮というものが無いのぉ‥‥‥いや、それ以前にお主は寺の息子!煩悩まみれで良いのか!?」
「氏神様である貉様が誘ったくせに‥‥‥」
「いかがわしい言い方をするなよぉ‥‥‥」
お腹減ったよぉ‥‥‥とちゃぶ台に突っ伏す貉。一通り楽しんだ雲雀はそのまま台所に向かい、準備していた朝食を運んでくる。差し出された朝食を見て目を輝かせるが、すぐに恨めしそうな目で雲雀を見つめる。
「ふぅ‥‥‥朝のお勤め終わり」
「神を苛めるとは‥‥‥禄な死に方せんぞ‥‥‥」
「その前に餓死でもしますか?」
「ごめんなさい、食べますから、下げないでぇ‥‥‥」
朝はこのような遣り取りをしながらお勤めを終える。ちなみに夕方も大体同じ遣り取りだ。酷い扱いのように見えるが、お互いに仲が良い証拠とも言える。信仰心が薄れている現代において、神と人が近い事は非常に珍しく貴重なものであった。
「夕食は貉様が作って下さいよ?」
「神様なんだけど、儂?」
今日も犬飼家は平和です。
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