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犬飼さん家のたぬきと猫宮さん家のきつね   作者: 岩波備前


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第二十六話『猫宮紺のお仕事』


「‥‥‥不味いな」


猫宮紺は困っていた。

大抵の事なら自己解決出来る程度の力を持つ存在であるが、それでも出来ないことはある。


例えば死んだものを生き返らせる事。

肉体が無事であり、なおかつ死んでから間もない場合は蘇生出来るが、この世との縁が完全に切れたものは紺の力を持ってしても難しい。

他には不老不死の力を与えること。これもほぼ不可能に近い。多少なりとも健康状態を保持したり延命などは出来るが、人間の枠組みを越えない程度に限る。それも元々健康な場合のみ有効である。ただ、この点については意識せずとも周りに影響を与えているものでもある。その証拠に神社やお寺をはじめ、紺と貉の見守る町では健康寿命が長い。ご利益といってしまえばそれで終わりだが、大体が100くらいまで生きるのはどうかと思う。

他にも幾つか不可能なことや困難な事はあるが、今の紺にとって大きな障害となっていることはたったひとつ。


「‥‥‥残り20円」


「‥‥‥‥‥‥何故、我はお小遣い制なのかっ‥‥‥!!」


お金が無い。

それに尽きる。




◆  ◆  ◆




「駄目ですよ、紺様。今週のお小遣いはお渡ししたじゃないですか」


「くっ‥‥‥」


紺は財布の紐を握る鈴音にお金の無心ぶしんをするが、はっきりと断られる。思わず涙目になってしまう紺。


紺のお小遣いは1週間につき1000円。大体1ヶ月4、5000円計算である。

生活費や生活必需品に掛かるお金は含まない。また、鈴音とお出かけをする際には要相談であるが追加で貰える場合もある。


ちなみに今週分は確かに受けとっていたが、そのうちの980円は既に甘味と引き換えになっている。甘味は紺が美味しく頂いた。


付け加えるのであれば、今週に入ってからまだ2日目である。全ては『問答無用』の限定いちご大福と『言語道断』の限定焦がし醤油団子が悪いのだ。


「そんな可愛いお顔をしても少ししかお渡しできませんよ」


「えぇ‥‥‥?」


淡々とした様子で100円玉を握らせてくる鈴音。可愛い反応に対する正統な対価であった。

意外なところでお金を貰えたという嬉しさや悲しみ、戸惑いが紺の思考をかき乱す。

手持ち120円。


「水か珈琲コーヒーしか買えない‥‥‥」


がま口財布に入っている3枚の小銭を見つめながらぼそっと呟く。欲しいものは形ある甘味。決して液体などでは無い。

歯噛みする紺に少しだけ興奮しつつ、彼女の為に最善の手段を提案する。


「駄菓子も買えますよ?商店街にありますし」


「••••••子どもに混じって駄菓子を買えと?」


「お似合いかと」


「馬鹿にしているのか?」


「甘い珈琲じゃないと飲めないくせに‥‥‥」


「酒は良いが珈琲と野菜の苦味は嫌いなんじゃ!」


猫宮神社の氏神様はお酒は大好きだが、砂糖・ミルク抜きの珈琲や苦味とえぐ味の強いお野菜はお気に召さないのである。


「‥‥‥‥‥‥子ども舌」


「鈴音なんてもう知らんっ‥‥‥!」


鈴音に意地悪をされてしまい、心がぽっきり折れてしまった紺。髪と尻尾を振り乱しながら戦略的撤退を敢行する。腕で隠した目元からはきらりと光るものが見えていた。


「ふふっ‥‥‥紺様可愛い」


全身を駆け巡る嗜虐心しぎゃくしんとともに“ちょっといじめすぎたかも”と少しだけ反省する鈴音。


「お腹が減ったら帰ってくるかもだけど‥‥‥‥‥‥うん、今のは私が悪い」


「‥‥‥おびにお菓子でも作ろうかしら‥‥‥それと後で雲雀君に連絡を‥‥‥」


貉から教えて貰ったお菓子のレシピが書いてあるファイルを手元に寄せる。

材料と相談しながら、お詫びのお菓子について考えを巡らせ始めていた。




◆  ◆  ◆




「それで家に来たという訳ですか」


「まあ‥‥‥そういうことだ。我をもてなせ」


「突然情けない顔をして部屋に飛び込んできたかと思ったらこれか‥‥‥相変わらずふてぶてしい奴じゃのぉ」


紺は神社を飛び出した後、犬飼寺を訪れていた。一緒に遊んでいた雲雀と貉は半泣きの状態で駆け込んできた紺を受け入れていた。たまに同じような事があるので今更驚く事でも無い。


「良いですよ。丁度お茶()けもありますし」


「ふっ‥‥‥最初からここに来るべきであったな‥‥‥」


「雲雀も紺には甘いのぉ‥‥‥その分儂にも甘くしてくれると良いんじゃが‥‥‥」


「貉様は甘やかすとすぐ太りますし‥‥‥」


酷くない?と泣きそうな顔で見つめて来る貉を尻目に、ポケットの中で振るえているものに手を伸ばす。鈴音からの新着メッセージを開き、内容を検めた上で紺へと向き直る。


「あ、やっぱり駄目です。諦めて下さい」


「なにぃ!?‥‥‥っ‥‥‥ごほっ、んん‥‥‥」


甘味にありつけると高をくくっていた紺は、雲雀の急すぎる掌返しに驚き、飲んでいたお茶でむせ込んでしまった。


「鈴音から止められました。おやつの摂取量とともに無駄遣いも増えているからと」


「くそぉ‥‥‥現代文明風情が‥‥‥我を阻むかっ‥‥‥!」


「大きなものと闘っていらっしゃるのですね‥‥‥」


現代文明(スマートフォン)を相手取っている紺様可愛いと思いつつ、目頭めがしらを抑える雲雀。溢れ出る思いに涙が止まらない。

一方貉の方は、有頂天になっていた紺の落ち込む姿を見ることが出来てちょっとだけ嬉しい。溜飲りゅういんが下がったついでにからかってみる。


「‥‥‥やーい、素寒貧すかんぴん狐」


「表に出ろぉっ7kg(キロ)増えたデブ狸ぃ!」


「ぐはっ‥‥‥くっ、望むところじゃあ!」


涙目で怒りをぶつける紺と禁句じじつで心が傷ついた貉が互いに腰を上げる。にらみ合う両者がとうとう拳を交えるか、といった直前で雲雀が解決策を提示する。


「‥‥‥甘味が食べたいようでしたら、鈴音に甘えてみるとかどうでしょうか?」


「‥‥‥それは諸刃もろはの剣だ‥‥‥際限なく要求が増える恐怖を知っているか?」


「あ、既に事後でしたか‥‥‥」


じとっとした目で雲雀を見つめながらぼそっと呟く紺。哀愁あいしゅう漂う彼女の背中を見て、その言葉の真意を直ぐに悟る。


「まあ、その気持ちは分かる‥‥‥何を要求されるか分からんからのぉ‥‥‥」


「貉様はいつでも良いですよ‥‥‥色々と準備をしておりますので」


「‥‥‥ほらな?」


「何処も同じか‥‥‥」


同調してくれた貉が今まさに深淵しんえんへと引き込まれようとしている姿を見て、少しだけ同情する。決して他人事では無いのだ。

僅かに弛緩しかんした雰囲気を感じ取り、そのまま次の策を提示する。


「直ぐにお金が手に入る方法と言えば、お賽銭さいせんとかはどうでしょうか。紺様は神社の氏神ですし」


「我に向けられたものとは言え、賽銭は全て猫宮神社の維持費に回る。そこから我の生活費も出されているのでな‥‥‥簡単には手出し出来んのだ‥‥‥」


「氏神様なのに世知辛い‥‥‥ぅぅ‥‥‥」


お賽銭は元々神への感謝やお供えの意味を持つもの。猫宮神社の氏神である紺には受け取る資格は当然あるのだが、実際は思い通りには出来ないのである。紺のお家でもある神社の維持費や紺の生活費などがお賽銭でまかなわれている。猫宮の人間に世話を焼かれている以上、文句は言えない。

寂しそうに呟く紺に対し、嗚咽おえつを抑えながら同情する雲雀であったが、見ていられなくなった貉が真実を語る。


「いや、こいつが金遣い荒いからだぞ?自業自得じゃ」


「‥‥‥‥‥‥紺様?」


「‥‥‥‥‥‥詳しくは聞くな。後生ごしょうだ‥‥‥」


「あ、はい」


貉と紺の反応を見て、直ぐに事情を察する雲雀。

神様にだって隠しておきたい事の1つや2つはあるのだ。

真実を知り、微妙な表情を浮かべる雲雀から目を逸し、思わず本音を吐露してしまう。


「はぁ‥‥‥あまいのたべたぁい‥‥‥」


「素に戻っておるぞ」


「それだけ限界なんだ‥‥‥察しろ」


「‥‥‥紺様に言うとは思いませんでしたが、働いて稼ぐというのはどうでしょうか?」


可愛い声をあげる紺に反応しつつも、次善じぜんの策を提示する。雲雀的にはこちらの策の方が実現性が高いためおすすめではあるが、二柱の神様は間髪かんはつを入れずに答えを返す。


「無理だな」


「無理じゃ」


「えぇ‥‥‥?」


自信満々に答える神様達に困惑してしまう。

雲雀が説得を試みるよりも早く、分かりきった事を確認するかのように質問をする。


「逆に聞くが、我が働いている姿を想像できるか?」


「‥‥‥出来ません」


「ふふん」


「威張るな阿呆狐」


見た目なだらかな胸を張りつつ、堂々と威張り散らす紺。呆れた様子でいさめに入る貉に対し、心外だと言わんばかりに言葉を返す。


「貴様も同じだろうに」


「まあの、ふっ‥‥‥」


「張り合わないでくださいよ‥‥‥」


ニヒルな笑みを浮かべつつ自信しかないといった様子で答える。あまりにも格好良い姿で情けないことをのたまう貉に対し、雲雀は珍しく脱力しながら抗議の声をあげていた。


「労働は最初から眼中に無いわ‥‥‥それ以外で稼ぎとなると‥‥‥‥‥‥あ、そういえば我にはあれがあったな」


ぽん、と手を叩きながら独り言を呟く。頭の上にぴこんと光るものが浮かんだ気さえするほどの光明こうみょうを得ていた。


「あれ?‥‥‥もしかして手芸ですか?」


「うむ。手芸は我の得意分野。適当なものを作り、それを販売する‥‥‥それなら金も稼ぐことが出来るし、立派な労働とも言える‥‥‥鈴音も文句は無いはずだ」


「それは確かに‥‥‥ハンドメイドとしてネットでも販売出来ますね‥‥‥」


「そうだろう、そうだろう。では早速神社に戻って‥‥‥」


紺の持つ特技は数える程度しか無いが、その中でも雲雀が知っているほどのものがある。それが手芸。直接見たことは無いが、鈴音が紺から手解きを受けた事があると話していた。

教えられる程度の腕前なら小遣い稼ぎには丁度良いかもしれないと考えていた雲雀を尻目に、紺は纏まった金が手に入ると意気揚々(いきようよう)と神社に戻ろうとする。

そこで冷静な意見を述べたのものがいた。当然、貉である。


「待て、紺よ‥‥‥お前、何を作る気だ?」


「適当に着物でもこしらえれば良かろう。我の部屋に材料があるからな。目的とやる気があれば直ぐにでも‥‥‥」


「だから待て‥‥‥お前が作るんだよな?‥‥‥その着物を、手作りで」


「貉様?‥‥‥何か問題でも?」


“どうなるか分かっているのか”と繰り返し念を押す貉の言葉が気になり、思わず問題でもあるのかと尋ねてみる。良く分かっていない雲雀に対し、事の重大さを分かりやすく説明し始めた。


「当たり前じゃ。紺は小遣いが無いからといって儂らの所までたかりに来る奴だが‥‥‥一応は神じゃ。それに、こいつの手芸の腕は知っておるか?」


「鈴音からは凄く上手だと‥‥‥」


「あー‥‥‥鈴音は見慣れておるからのぉ‥‥‥分かりやすいところだと‥‥‥紺の今着ている装束か‥‥‥あれ、奴の手作りだぞ?」


「‥‥‥おぉ‥‥‥猫宮家に伝わる品かと思っていました」


普段は見慣れているためそこまで気にすることも無いが、初めて見た時は装束の美しさは勿論、その清らかさと神性には驚かされた。今なお意識して見ると、その作りは古来から伝わる職人技であり、国が重要なものとして指定した美術品と言われても遜色そんしょく無い程のものである。


「後、猫宮神社の祭事に使う衣装も紺の手作りだ。ああ、鈴音がたまに着る着物もそうだったか‥‥‥紺の腕にまでなるとな、完成物が神器じんぎとして使用出来る程の完成度を誇ってしまうのじゃ‥‥‥」


「まあ、あのくらいならドラマの鑑賞かんしょうがてら片手間で出来るぞ?」


「‥‥‥‥‥‥うわぁ」


記憶の中の装束を思い出す。特別な祭事のみに着用するものであるが、それらを着た猫宮の人間は神に仕えるものに相応しく神秘的な姿を見せる。その衣装を氏神が手ずから作りだしたものと聞いてしまっては納得せざるを得ない。

一方であれだけ人の心を動かすものを、ドラマ鑑賞の片手間に作り上げる紺には何も言えなくなってしまった。


「それにさっきも言ったであろう?儂らが作るものには自然と力が込められるものじゃ‥‥‥特に紺の場合は儂よりも強いものでな、神通力とでも言えば分かるかの?」


「つまり‥‥‥兵器みたいなものを、意識せずお手軽に作ってしまうと?」


「そうじゃ」


「ああ、駄目ですね。鈴音に怒られますよ」


「なにぃ!?」


雲雀から却下されてしまった紺は、自身が持ちうる最上の手段をふいにされた衝撃を受け止められず、そのままゆっくりと膝から崩れ落ちてしまった。


「くぅぅっ‥‥‥我には手作りすら許されんのかぁっ‥‥‥!」


「身の程をわきまえんか‥‥‥神じゃろ、お前?」


「神でも甘味は欲しい‥‥‥ぅぅ‥‥‥」


妙な言葉の使い方ではあるが言いたことは分かる。紺は神としての在り方や威厳を重視するが、時々神という立場を忘れているかのような軽率な行動を取ろうとする時がある。要するにぽんこつのがあるのだ。


地面をぽすぽす叩きながら悔しがっている紺を見ている内に、なんだか可哀想な気持ちになっていた雲雀は、紺の長所を活かしつつ小遣い稼ぎに繋げる事が出来ないかと思案する。


「‥‥‥‥‥‥あ、ではこういうものはどうでしょうか?」


「ん?何か案でもあるのかの?」


「何でも良い‥‥‥教えてくれ‥‥‥」


「これは鈴音にも協力してもらう必要がありますが‥‥‥‥‥‥あ、これです。人形(ドール)専用の衣装や小道具を作って販売するのはどうでしょうか?小さいものであれば紺様の力もあまり影響しないのではと思いまして」


雲雀が差し出したスマートフォンの画面には可愛らしい衣装や鞄が並んで表示されていた。一見本物かと見間違うほどではあるが、商品名の横にはしっかりと『人形用:衣装・小物』などの文面が付記ふきされている。紺と貉は表示されている画像からおおよその大きさや作りを見定める。


「‥‥‥まあ、これくらいなら大丈夫かのぉ」


「はぁ?‥‥‥こんなもの、売れるのか」


「売れると思いますよ‥‥‥えっと‥‥‥例えばこのようなものが‥‥‥」


訝しがる紺に対して売却済みの衣装や小物の画面を見せる。


「どれ‥‥‥三千‥‥‥五千円?‥‥‥は?」


「おぉ‥‥‥凄いのぉ‥‥‥確かにどの分野でもこだわる人間はいるからのぉ」


予想以上の売れ行きと値段の高さに驚く神様達。

貉は“いつの世も蒐集家しゅうしゅうか好事家こうずかはおるからのぉ”と感心していたが、紺の方は驚いた表情のまま固まってしまう。


「‥‥‥八千‥‥‥い、いちまんえん?‥‥‥」


「買う方も質にこだわりますからね。しっかりと作っている事が前提条件ですが、紺様なら余裕でしょうし‥‥‥鈴音も手伝ってくれたら鬼に金棒ですよ‥‥‥って、あれ?‥‥‥紺様?」


高額で売れる理由の裏には、購入者の琴線きんせんに触れる程の魅力や作りの良さが大前提として存在している。また継続して売り続けるには購入者の感性に合うものを調べる必要も出てくる。この部分は紺には少し苦手な分野だが、幸いにも鈴音という心強い味方が存在するため大きな問題にはならないだろうというのが雲雀の考えである。


そこまで説明したところで紺の様子がおかしい事に気が付く。固まったまま動かないと思っていたが、耳を近づけて聞いてみると小さな声で何かを呟いていることが分かる。


「‥‥‥こんな‥‥‥こんなもので、我の一ヶ月分の‥‥‥はゎゎゎゎゎ‥‥‥」


「紺、どうした?‥‥‥あ、これ暫く駄目なやつじゃ。あまりの額に頭がついてこられていないようじゃのぉ」


「えぇ‥‥‥?」


その場にいた貉が状況を察する。目の前で手を振っても気が付かず、指で耳をぴこぴこしても反応が薄い。心なしか目がぐるぐるしている気もする―――これらが指し示すものの答えは。


「長いお小遣い生活の弊害じゃ‥‥‥」


「神様もお小遣い制は辛いんですね‥‥‥」


長年に渡るお小遣い制により、5000円以上のお金に対して免疫が無くなっていたのであった。




◆  ◆  ◆




「‥‥‥はっ!?」


「お、戻ってきたの」


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ‥‥‥我にかかれば精神統一など容易たやすいことよ‥‥‥それよりも雲雀。さっきの画像のものはどのように作ればいいんだ?質とか種類とか‥‥‥好事家に受けが良さそうな傾向を教えろ」


固まった姿勢のまま5分が経過した所で紺の意識が正常に戻る。心配する雲雀に対し、眉間みけんを押さえながら小遣い稼ぎの案について詳しく話を聞き始める。


「そうですね‥‥‥生地の質が良いこともそうですが、本物と同じようにしっかりした革を使ったり、レースや刺繍ししゅうなどの洋風の柄があったり‥‥‥ああ、織物おりものとかの生地も良いと思います」


「なるほど‥‥‥革は購入せねばならぬが、織物はいくらでもある‥‥‥レース地や刺繍も我が作れば良いな‥‥‥」


「あまり手を掛けないでくださいね‥‥‥」


「手を掛ける気は無いんだが••••••難儀な事だな‥‥‥雲雀、茶を持ってこい。ここで暫く作戦会議を行う」


「はい、少々お待ち下さい」


雲雀の助言を受けた紺は畳の上に座り込み、自身のスマートフォンで人形用の衣装や小物について調べ始める。当然のようにお茶を要求する紺に対し、当たり前のようにお茶を準備し始める雲雀。

その光景を見ていた貉は呆れた様子で紺へと語りかける。


「勝手に上がり込んで来たくせに、図々しい奴だのぉ‥‥‥儂はともかく、鈴音や雲雀には礼をするんじゃぞ?普段から何かと世話をさせておるのだからな」


「ふん‥‥‥これが上手くいったら考えてやらんこともない‥‥‥」


「‥‥‥素直じゃないのぉ」


「うるさい」


普段から尊大な態度を崩さない紺であるが、鈴音や雲雀から何かと世話を受けている自覚はきちんと持っている。彼等を見守る側とはいえ、機会があれば礼くらいはしてやろうと考えているのであった。




◆  ◆  ◆




「‥‥‥と、言うわけだ。鈴音も我に手を貸すが良い‥‥‥‥‥‥あ、このシフォンケーキ美味しい‥‥‥」


方向性が固まった後、紺は猫宮神社へと戻っていた。少しだけ気まずさを感じながら帰宅した紺を待っていたものは香ばしい生地の香りであった。

目を輝かせながらも何も言えないでいる紺に対し、何も言わずとも美味しいシフォンケーキを差し出す鈴音の真意をしっかりと理解していた。

美味しいシフォンケーキに舌鼓を打ちながら、犬飼寺で話し合った案について鈴音に説明するとともに協力を仰いでいた。


「私でお役に立てるようでしたら、喜んでお手伝いさせて頂きます‥‥‥‥‥‥それと、先程は大変申し訳ありませんでした。紺様が可愛くって、つい‥‥‥」


「ふん‥‥‥分かれば良い‥‥‥それと、我は済んだことを気にしたりはしない。もうこの話は終わりだ」


「ありがとうございます‥‥‥」


鈴音は紺が怒っていない事に内心で安堵しながら彼女の提案に二つ返事で了承する。

可愛らしい反応を見たいがゆえにいじめることの多い鈴音であったが、そのせいで嫌われてしまうことは絶対に避けたかった。そのため意地悪をした後は必ず謝罪とお詫びの品を差し出していた。

紺の方もその事は誰よりも理解しているため、意地悪をされる事については彼女を本気で怒った事は無い。


「‥‥‥もう我をいじめるでないぞ?」


「それは出来ません」


「えぇ‥‥‥そんなぁ‥‥‥」


いつもの遣り取りながら、まったくもって止める気の無い鈴音に驚きを隠せない。今回の件について謝罪とお詫びの品を受け取ってしまった以上、強く出ることも出来ない紺に先んじて話を進める。


「ところで紺様は何をお作りになるのかは決めていらっしゃるのですか?」


「まあ、いくつか候補はあるが‥‥‥鈴音の意見も聞こうと思ってな。我らの中でも一番適正が高いだろうという雲雀と貉の意見だ」


「まあ‥‥‥そうでしょうね。一応、現役の女子大学生ですし」


“私で役に立てるのかな”と少しだけ疑問に思いながらも、頼られている事実がとても嬉しい鈴音。

お手伝いを受けた以上は、紺が満足する結果を出せるように頑張りたいと考えていた。


「何でも良いぞ‥‥‥ただ、少しでも高く売れるものが良い‥‥‥」


「それでは‥‥‥こういったものはどうでしょうか。人形用の着物です。通常のものと同じ工程で作られているそうですが、どうでしょうか?」


「ふむ‥‥‥こんなもので良いのか?」


「ええ、とりあえず今から作ってみませんか」


「わかった。では生地を‥‥‥」


紺の要望に沿ってめぼしいものを提示する。

鈴音が参考として見せた画像は人形用の着物。ハレの日に着るようなきらびやかなものであり、装飾はそれなりに多い。しかし紺にとっては手慰てなぐさみにもならないものである。画像を見ただけで大体の材料や工程を判断し、直ぐに試作品を作ることを決めていた。


それから1時間後、検品まで済ませた紺が試作品を鈴音の前に差し出す。


「出来たぞ。一度見てくれ」


「ああ、やはり紺様のお作りになられるものは素晴らしいですね‥‥‥ただ、もう少し力を抑える事は出来ませんか?」


「力を抑えた上で適当に作ったものなんだが‥‥‥」


「紺様の適当と私達の適当は違うんです‥‥‥これだけで美術館に飾ることの出来るくらいの代物ですよ?」


試作品として差し出されたものは鈴音が参考として見せたものと非常に似ているものであった。

しかし作り込み全くの別物。手抜きをした上で参考としていたものを遥かに凌駕りょうがし、神聖な力を持った芸術品として生命が吹き込まれていたのである。


「うぅ‥‥‥どうしたら」


「では、最後の仕上げは私がいましょうか。それだけで格は落ちるでしょうし」


「‥‥‥複雑な気分だが‥‥‥頼む。九割九分きゅうわりきゅうぶは完成させておくから‥‥‥」


「私は気にしていませんよ?それ以上に紺様のお手伝いが出来ると思うと嬉しいくらいです」


紺が作るものの格を落とすために鈴音が手を加える。紺自身は全く気にしていないが、その事実が鈴音に負い目を感じさせるのではないかとほんの少しだけ気になってしまう。

だが鈴音の方も自身の腕が邪魔になることは当然だと理解している。寧ろそれを求められている事に喜びすら感じていた。


「‥‥‥こういう時は良い子なんだがなぁ‥‥‥」


純粋かつ健気に支えてくれる鈴音に対し、常々思っている事を口にする。根っこの方から善良であることは分かっているが“何故素直に接してくれないんだろうなあ、いやそうした上でいじめてくるんだよなあ”と1人で疑問を解決する所まで行き着く紺であった。




◆  ◆  ◆




数え切れないほどの試作品を経て、ようやく完成したものの一つをフリマサイトに出品した。

紺にとっては片手間の手抜き以下といった出来栄できばえであるが、鈴音からしてみれば、高評価のついている商品よりも数段完成度の高いものにしか思えなかった。

その商品を出品してから数分後、値切り交渉に入る事なく即決で購入された。


「あ、売れましたよ。良かったですね」


「これで四千円‥‥‥凄い世界だ‥‥‥」


僅か数分で約一ヶ月分のお小遣いを稼ぐことが出来てしまった紺。あまりの呆気あっけなさに喜びの感情よりも戸惑いの方が大きい。


「ただ、この位のクオリティにしないと駄目ですね‥‥‥お小遣い稼ぎには丁度良いですが」


「それでも我にとっては貴重な稼ぎだ‥‥‥で、この金はいつ振り込まれるんだ?明日か?」


出品物の程度を理解した鈴音とは違い、次の出品物を考えるよりも手に入るお金の方が気になる紺。彼女の頭の中では既に4000円を手にしており、その使い道も既に決まっているのである。

しかし現実はそこまで甘くはない。


「紺様の場合、銀行振り込みなので発送が終わってから数日はかかりますよ」


「すうじつ?‥‥‥‥‥‥明日じゃないの?」


「はい、当然こちらから発送しなければいけませんし、相手も受け取ってから初めて入金処理が行われますので‥‥‥早くとも4、5日は掛かるかと」


数日間は手元にお金が入らない。お金が必要になるのは明日から5日間。しかし財布には120円しか無い。次のお小遣い日まで乗り切ることは不可能だ。


ここまで考えた紺はひとつの決断を下す。


「‥‥‥‥‥‥鈴音、お小遣いの前借りを‥‥‥」


「駄目です」


「くぅっ‥‥‥!」


「あ、逃げちゃった‥‥‥ぐうかわ」


朝の再現のように涙ぐみながら部屋を飛び出してしまう紺。恐らく駄菓子屋さんにでも行くのであろう。紺はおとなとしての誇りを捨て、残金120円と引き換えに安い甘味を求めに行くのであった。


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