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犬飼さん家のたぬきと猫宮さん家のきつね   作者: 岩波備前


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第十二話『犬飼雲雀の一日』

犬飼雲雀は少し離れた場所にある大学に通っている。犬飼寺のあと取りとして一応は通っていた方が良いという家族の意向で進学していた。寺の子どもとして生まれた人の中には家を継ぎたくないという人もいると聞く。しかし雲雀は子どもの頃から寺を継ぐことを決めていた。何故なら貉のそばから離れたくは無いからだ。

単純明快だがこれ以上に強い理由も無い。そうでなくとも寺も町も好きなので、いずれにしても継ぐ気はあったのだが。

しかしただ座しているだけで寺の跡取りとなれる訳では無い。大学に通い、一般的な知識と資格を手に入れる事も大切ではあるが、それ以上に僧侶そうりょとしての心構えや作法さほうを学び続けなくてはいけないのだ。寧ろ、そちらの方が重要。なにしろ寺は檀家との繋がりで成り立っているものである。普段から寺の人間として清く正しい生活を送ることが何よりも必要なことであった。寺の人間としての振る舞いを学び続けること‥‥‥つまり修行である。大学の長期休みの間、こうして実家で修行を行うのであった。


「貉様、起きて下さい。朝ですよ」


「ふがっ‥‥‥」


雲雀の朝は早い。日が昇る前に布団から出て、身支度を整える。そしてそれが終わったら貉の部屋に向かい貉を起こす。そうしないと昼過ぎまで寝る。そんな彼女を起こすには躊躇ちゅうちょなく布団をぎ取ることが一番。今日も今日とて、貉の一日は布団を剥ぎ取られることから始まるのだ。


「ねむいよぉ‥‥‥さむいよぉ‥‥‥あったかふとんかえしてぇ‥‥‥」


「駄目ですよ貉様。朝ですから起きて下さい。そもそも何で神様が寝るんですか?必要ないでしょうに」


「かみさまだってねむいんだもん‥‥‥こんのやつだっておなじこというよぉ‥‥‥」


「よそはよそ。うちはうちです」


「そんなぁ‥‥‥」


布団の上でぐずる貉に正論をぶつけながら覚醒を促す。この時、乱れた寝間着ねまきから見える貉の肌を堪能することも雲雀にとっては重要だ。特に寝起きは色々と緩いため見どころは多い。


「‥‥‥ふむ」


「みているのはわかっておるぞー‥‥‥」


「嫌なら早く起きて支度をして下さい」


「はーい‥‥‥」


胸元や裾を隠しもせず雲雀の好きなようにさせる貉。いつもの遣り取りなのでお互いに慣れている。貉も渋々身体を起こし、朝の支度を始める。

その姿を認めた雲雀は部屋を後にし、外の掃除に向かう。掃除が終われば朝食の支度したくを行い、貉に朝食を運ぶ。それが朝のお勤めである。本堂では寺の住職じゅうしょくである雲雀の父、正嗣まさつぐがご本尊へ読経どきょう仏飯ぶっぱんなどをお供えする。それが終われば雲雀の掃除に合流。その後の檀家回りは彼の仕事であった。


「貉様、朝のえ‥‥‥朝食で御座います」


「今、えさと言いかけたな?」


「いえ、決してそんな事は‥‥‥」


「そうかなぁ‥‥‥?」


疑惑の判定に首をかしげながら朝食に手を付ける。ご飯に根菜と油揚げの味噌汁。しゅんの山菜を使った煮物にごま豆腐や葉物の和え物が並ぶ。全て雲雀の手作りだ。


「いつも美味しい料理を作ってくれるのは有り難いが、たまには肉とか魚とかが食べたいなあ‥‥‥」


「寺の人間がそのようなものを口にしてはいけないと思います」


「いや、お主ら普通に食っとるだろ?」


「俺たちは未熟な人間なので」


「儂、元は獣ぞ?」


雲雀と貉は食事について意見を交わすが、実際には普通に肉や魚も食卓に並ぶ。朝は菜食中心なだけである。生きる事には犠牲ぎせいがつきものなのだ。糧となってくれたものに感謝を忘れなければ良い。


「食事が終わったら部屋の掃除をお願いします。ほこりっぽいですよ」


「はーい‥‥‥」


「それと昼は貉様が食事を作って下さい。パスタが良いです」


「寺なのにパスタか‥‥‥まあ、美味いもんな‥‥‥」


”今日は掃除と昼食の用意をせねばならんか“とぼんやりと考えつつ、残りの食事を美味しく頂くのであった。




◆  ◆  ◆




「‥‥‥」


「‥‥‥」


本堂の隅で座禅ざぜんを組む雲雀。それを寝っ転がりながら眺める貉。雲雀はともかく貉は不敬ふけいにも程があるが、彼女も神様なので許容範囲内ギリセーフ。犬飼寺のご本尊も苦笑いである。


「‥‥‥ふぅ」


「‥‥‥ぬ?終わったか?」


「はい、とりあえずは」


長い時間を座禅についやしていた雲雀は、一息付きながら姿勢を崩す。

ここからの時間は他の寺務や貉と遊ぶ時間に当てる予定だ。


「座禅なんて組む必要もあるまいに‥‥‥寺の宗派しゅうは的には重要視していないだろ?」


「そうなんですが。身が引き締まるといいますか」


「まあ、修行の一環としては悪くは無いか‥‥‥儂も昔はようやったものじゃ」


寝っ転がっていた貉は身体を起こし、座禅の姿勢を作る。その姿は普段とは違い、非の打ちどころの無い自然で美しい所作しょさであった。


「今度久しぶりに昔話でもしてくださいよ。貉様のお話って勉強になりますし、なにより面白いし」


「気が向いたらの。ネタは沢山あるしな」


「それならどこぞの侍達と一騎打ちした話をお願いします。あれ面白くて」


「良いぞ。鹿島かしまの十番勝負じゃな。覚えておこうかの」


お互いに本堂を後にし、部屋へと戻る。貉はごろごろ、雲雀は寺務に精を出す予定だ。


「あれ?鈴音と紺様?おはようございます」


「おう、小僧」


「おはようございます。雲雀君、貉様」


「ああ、朝からご苦労じゃの」


本堂から戻る途中、境内からこちらに向かって歩いてくる鈴音と紺に気が付いた。1人で尋ねてくることはしょっちゅうあるが、2人同時は少し珍しい。どうしたのだろうかと思っていた雲雀に対し、鈴音が答えを口にする。


「お付き合いのあるお家から苺を頂いたのだけれど、一緒に食べないかなと思ってね」


「食べるっ!」


「あ、ありがとう。頂こうかな」


「我も味見をしたが、中々に美味であった」


ふんすと胸を張り、味の感想を述べる紺。所々で自覚の無い愛らしさを見せつけてくるので、油断をしていると胸を締め付けられる気持ちで一杯になる。


「‥‥‥‥‥‥先に貉様のお部屋でお待ち下さい。あまり綺麗なところではありませんが、どうかご容赦ようしゃを」


「失礼じゃぞ‥‥‥それに掃除したもん‥‥‥」


雲雀の容赦のない言葉に小さな声で反論する貉。掘っ立て小屋気味な自室の自覚はある。しかし、そんなものでも気に入っているので建て直しはしたくはないのだが。


「そうよ雲雀くん。貉様の事を貶しちゃ駄目よ。うちの紺様なんて掃除すらしないんだから」


「‥‥‥我、遠回しに馬鹿にされてる?」


「いえ、割と直接的にかと」


「小僧も鈴音側の人間であったな‥‥‥ちょっとだけ泣きそう‥‥‥」


飛び火のような暴言に思わず泣きそうになる紺。泣いたら泣いたで2人からなぐさめられつつ愛でられてしまうので必死で我慢する他無い。


”お前も、大変じゃな“


”今日は気が合うな“


ニ柱の神様は視線だけでお互いの事情を察する。世知辛い境遇を共有することで傷の舐め合いをするしか無かった。




◆  ◆  ◆




「紺様も凄いお話をお持ちでしたね。百鬼夜行ひゃっきやこうを相手に大立ち回りをするなんて」


「儂もその時の事は覚えておるがの。だがまあ、奴1人で十分じゃったから儂は高みの見物をしとったがの」


「貉様は1対1の殴り合いは得意なんですけどね」


「馬鹿を申せ。儂だってその気になれば奴と同じような事ぐらい出来るわ。ただ、奴の方がそういった事がちぃっとばかし得意なんじゃよ。それに腕っぷしなら儂のほうが圧倒的に上じゃ」


夜。夕方のお勤めを終え、貉の部屋でまったりとしていた雲雀と貉は、午前中に寺を訪れた紺の話について花を咲かせていた。紺も貉も永く存在しているため切った張ったの逸話いつわには事欠かない。

久しぶりに紺の神様らしい姿を垣間見れた気がすると雲雀は思っていた。


「普段からもう少し威厳のある所を見せてくれると良いんですけどね」


「いや、奴はそうしているつもりだとは思うが‥‥‥」


「そうですか?お菓子を奉納すると膝に乗ってくれるのであんまり威厳を感じないんですよね。それに鈴音からおやつ抜きにされた時なんて、俺が目の前で食べようとすると凄く可愛い反応もしてくれますし」


「あんまりいじめてやるなよ。ああ見えて奴は結構気にするからのぉ」


「虐めていませんよ。愛情表現です。それに対価としてきちんとお菓子は奉納しますから」


”歪んどるのぉ“と呟きながら紺を憐れに思う。

その時の様子がありありと浮かんでしまうので、なおの事始末が悪い。


「まあ、お主らがきちんと儂らをうやまってくれていることは知っとるから怒りはしないがの」


結局はそこに尽きる。舐めて掛かる態度を許している根幹こんかんは雲雀たちの純粋な信仰心にほかならない。基本的には素直で良い子達なのだ。


「ええ、常に貉様の事を想っておりますよ」


「もう少し儂への感情を軽くしてくれると良いんじゃが‥‥‥」


「無理ですね」


「そっかぁ‥‥‥」


断固として拒否されてしまったためそれ以上は何も言えなくなってしまった。その後、眠る前の挨拶を交わして床につく。


これが、犬飼雲雀の一日であった。



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