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【応募版2】ダブルラヴァーズ  作者: 猫都299


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2 ♢トラブルと出会い


♢♢♢ トラブルと出会い ♢♢♢



 音芽とも近い年頃に思える男の子で、明るい髪色が綺麗だと思いました。金髪に近いかもしれません。フードの付いた水色の上着と、迷彩柄のダボッとしたズボン姿で……片耳に揺れるチェーンの飾りが付いたピアスが印象的です。


 その人は男の方を見てニコッと笑い、注意しています。


「おじさん、暴力はいけないよ」


「なっ? ボクは、まだ……大学生だ! おじさんじゃない!」


 騒ぎに気付いた様子の、近辺にいる大人も集まって来ます。店員さんも、様子を見に来てくださいました。


 状況が悪いと踏んだのか、男は掴んでいた音芽の手首を放しました。


「クソッ!」


 男は野次馬の大人たちを押しのけ、本屋の外へと逃げて行きました。


 店員のお姉さんが、仰ってくださいます。


「また、何かされそうになったら……遠慮なく言ってね」


 胸が温かくなります。


「はい。そうさせていただきます」


 ひととき騒がしかった店内に再び、静けさが戻ります。

 音芽の平和は、ここに居合わせた親切な方々のおかげで守られましたわ。


 しかしあの男……。今後、どこかで会ったりしませんわよね?


 音芽が、もし出くわしてしまったら……。

 一抹の不安が過ります。


 でも。一先ずは危機を脱したと、安堵していました。


 最初に声を掛けてくれた男の子にも、感謝の気持ちを伝えます。


「強いんだね、おねーさん」


 そんな事を言われました。不思議に思いつつ、返事をします。


「あら。わたくし、か弱い乙女ですのよ」


 先程の男と違い、この方からは嫌な気配を感じませんでした。ですから、普通に微笑んでいたのですけれど……。


「もしよかったら。これから、カラオケに行かない?」


 尋ねられて考えます。いくら、音芽が可愛いと言っても。モテ過ぎではありませんこと?


「残念ですわ。これから用事がありますの。また次回……どこかで、お会いした際には。ぜひ、ご一緒させてください」


「ちぇー」


 彼は残念がるような言い草をしていましたが、顔は笑っていました。



 その後、わたくしは店の外へ出ました。歩きながら、思い返しています。今しがた出会った、金髪の男の子の笑顔を。


 あの笑顔……どこか、底が知れないと感じました。それに、わたくし……彼に、見覚えがあるような。





 意識が現実に戻る。周囲を確認する。交差点で信号待ちをしていた。信号が青になり、歩き出す。


 己花さんが眼鏡を外したのね。早速……彼女から話し掛けてくる声が、心の内に聞こえる。


『音芽。さっきの男は、逃げて行きましたわ。先程のお店に居合わせた方々に、助けていただきました。逃げた男に逆恨みされている可能性もありますから……バッタリ、出くわさないようにしてくださいまし』


『ありがとう、己花さん。分かった。気を付けるね』


 詳細を聞きながら、大通りの歩道を進む。




 今日はバイトの日だった。落ち着いた雰囲気の喫茶店で働いている。道路に面した窓が大きくて……外の並木の歩道を眺めながら、お茶を楽しめる造りになっている。


 あと一時間くらいで上がれる。また本屋さんに寄って帰ろうと思っていた。



「あっ、あの人だ」


 気付いて、小さく呟く。


 今日は、お客さんが少ないから忙しくない。窓際のテーブル席で物静かに本を読む人物を、カウンターの側から盗み見る。同年代か、やや年上かもしれない。紺色の半袖シャツ、整ったサラサラの黒髪。本に集中している真剣な表情からも、真面目そうな印象を受ける。


 彼が本を読む姿に思い出す。以前、来店してくれた時も。同じテーブル席で、本を読んでいた。何の本なのか、結構……気になっていたのだった。


 今日は、この間とは違う本を読んでいるみたい。前回は文庫本ぽかったけど、今回のは厚いハードカバーの単行本だ!


 ……ん? あのカバーの色、見覚えがあるような……あっ!


 目を剥いて、凝視してしまう。


 あれは、私の大好きな本! 凄く面白いけど、あまり世間に知られていない……知る人ぞ知る、宝物のような尊い一冊っ! まさか…………読んでいる人に、巡り会うなんて!


 興奮で、顔が熱くなっている。頬を押さえる。


 感想を聞いてみたいな。ぜひ、内容のアレコレを語り合いたい! でも。いきなり声を掛けたら、変な人だと思われるよね? ……あっ、彼のテーブルのお冷や、少なくなってる!


 お冷やを注ぎ足しに行こうと、氷水の入ったピッチャーを持って席の側へ寄る。


「失礼しま……わゃっ?」


「あっ」


 件のお客さんが、前触れなく席を立つ。避けきれず、ぶつかってしまい……ピッチャーをテーブルに落とす。


「もっ、申し訳ございません!」


 大慌てでピッチャーを起こす。カウンターの内側からダスターを数枚、取って来て……零れた水を拭う。


「本が……っ」


 こんな、ダスターなんかで拭いていい本ではないと……分かっているけど。今は、こうするしかない。せめてと思って、一番キレイなダスターを使う。


 何やってるんだろう、私。浮かれていたのがいけなかった。もっと注意深く気を付けていれば、ぶつからずに済んだのかもしれない。目に涙が滲んでしまう。


「折角の小石川先生の本が……。本当に、申し訳ございません」


 もう一度、謝る。私だったら、絶対に許せない。永遠に……恨み続けてもいい案件だ。


 表紙に掛かっていた水を拭き終える。カバーの表面が水を弾く素材だったので染み込まず、被害が少なくて済んだ。少しだけホッとする。


「知ってるの、この本……」


 ポツリと問われて、顔を上げる。驚いている目付きで見てくる。答える。


「あ、はい。知ってるも何も。私にとっては、宝物の本です」


 自分でも、あっヤバい……と感じたけど。口が止まってくれなかった。


「この本を初めて読んだ日はもう……涙で枕を濡らしながら眠りにつきました。こんなに素晴らしい物語を世に生み出してくださった小石川先生は、人類の宝ですね。私は主人公の性格が、特にいいと思うんです。何故かと言うと……」


「ンッウン」


 大きめの咳払いが聞こえて、我に返る。振り返ってカウンターの方に目を向ける。店長に睨まれた。


 店長は三十代で、少し無精ひげが生えている。いつもは気さくで優しいけど。仕事が絡むと、とっても厳しい時がある。


 私が喋り過ぎだったので、注意してくれたのだろう。すみません。


「ふっ」


 お客さんに笑われた。


 彼は……ここに滞在している多くの時間を、読書に使っていた。本に集中している表情くらいしか知らなかった。笑っているところなんて、見た事がなかった。だから少し……堅物めいた性格なんだろうなと、勝手なイメージを抱いていた。


 でも、違うみたいだ。


 私が本に水を零しても怒らず、愉快そうに笑っている姿を目にして考える。


 あれ。何だろう、この気持ち。胸が、ほんわか温かくなるような。何だか少し、嬉しいような……。



『――ね』


 己花さんの呟きが、耳を掠める。



 バイトが終わってから、何の話だったのか尋ねてみたけど。『何でもありませんわ』と、教えてもらえなかった。





 ……やってしまった。


「お、覚えてなさいよっ!」


 捨て台詞を残して。派手めな外見の女子が数人、廊下を走り去って行く。眼鏡が外された時には、既に……そんな光景だった。


 私の後ろに立つクラスメイトの少女を見やる。彼女は涙目で震えている。


「大丈夫?」


 声を掛けると、大きな瞳を向けてくる。


 さっき逃げて行った女子生徒たちに目の敵にされているらしく、何度か嫌がらせをされている場面を見掛けた。今日は、もう我慢できなくて。己花さんに、いじめっ子たちを懲らしめてもらった。


 少女も眼鏡を掛けている。黒縁の、大きめな形のもの。眼鏡で分かりにくいけど、かなりの美少女だ。両サイドで三つ編みにした黒髪は癖毛なのか、全体的に波打っている。図書室で借りたと思われる単行本を、大事そうに胸の前で持つ姿に好感を抱く。


「あっ、ありがとうございましたっ! 私なんかの為に……」


 俯く彼女の言動に、違和感を覚える。弱気な姿が、自分にも重なる気がして苦笑する。


 中学生の頃の自分を救ってくれたのは、己花さんだった。私の憧れの人。小説の中に生きている……強く賢く、自分を信じる事に迷いのない登場人物のように。現実を生きている私より、ずっと。生き生きしている感じがして、眩しかった。


 己花さんなら言いそうだなと少し笑った後、精一杯に口真似する。


「よおく考えれば……現状を変える策は、結構あったりしますわよ?」


 私の口調が、おかしいのは分かっている。三つ編みの女子生徒も、きょとんとした表情になっている。ちょっと恥ずかしく思いながら「んんっ」と咳払いする。中学が同じだった子には十分知られているし、もう今更だ。


「知る事、考えて行動する事を放棄していたら……この世界、渡り歩けませんわよ?」


 これは前、己花さんに言われた台詞。言われた時は、よく分かってなかったけど。後で考えてみると「そうだな」って、自分の思考と重なるものを見付けた。己花さんからの激励だと感じている。


「って、私も前……家族から言われてね。えっと……」


 口真似をやめて、しどろもどろに説明する。三つ編みの子の表情が、ゆっくりと明るいものに変わっていく。頬にも、血色が戻っている。


「はい。精進致します……! ヤバい。ギャップ萌える」


 持っている本で口元を隠した、恥ずかしがっているような仕草で見つめられる。最後に何か、違和感のある呟きが聞こえた気がする。聞き間違いだろうと、深く考えなかった。


 かくして、高校で初めての友達を得た。もしかしたら、私が勝手に思っているだけかもしれないけど。いじめられている境遇が、過去の自分と重なって。放っておけなかった。実際に助けてくれたのは、己花さんなんだけどね……。




 次の日曜日に、その子と遊ぶ約束をした。バイトは夕方からなので、午前中から。


 当日、待ち合わせ場所のショッピングモール前にいる彼女を発見する。


「あややーん!」


 明るく呼んで、手を振る。小学生の頃に文葉あやはちゃんという名前にちなんで「あややん」という、あだ名で呼ばれていたらしく。気に入っていたので、そう呼んでほしいと頼まれた経緯がある。そして、私の方は……。


「音ちゃん!」


 あややんが、可愛い声で呼んでくれる。彼女が提案してくれた呼び方で、とても気に入っている。


 時計のモニュメント近くに立つ、あややんを眺める。


 濃い緑のチェック柄で、裾の長いシャツワンピースを着ている。私服も可愛いなぁ。私の方は、白地に青い小花模様のシャツと黒いズボン。


 今日は、この近くにあるカラオケ店へ行く予定なのだ。

 彼女の側へ行こうと、数段ある階段を上る。


 その時、気付いてしまう。


 横にあるショッピングモールから出て来る通行人が、知っている人だと。

 正確には私じゃなくて、己花さんの知り合い。己花さんが『あっ』と言ったので、ピンときた。


 この人が、例の……。


 相手も気付いた様子で。私と目が合うと、ニヤッと笑い掛けてくる。


「あれ? あれあれ?」


 わざとらしい口調で、表情も随分と楽しそう。こっちに来る。

 私の前で立ち止まった彼の……少し長めの金髪が、風に揺れる。


「おねーさん、また会ったね。そう言えば、次に会った時は。カラオケに付き合ってくれるって、約束だったよね」


 ニコニコと言及される。


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