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【応募版2】ダブルラヴァーズ  作者: 猫都299


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1/3

1 ♢私の中のあなた


♢♢♢ 私の中のあなた ♢♢♢



 己花おとかさんは、ある日突然……私の中に現れた。


『無様ですわね』


「誰っ?」


 驚いて振り返る。


 今は放課後で、私は教室前の廊下に立っている。散見する生徒らが、こちらへ目を向けてくるけど。誰も……何も言わずに、通り過ぎて行く。


 違う。彼らじゃない。もっと近くから聞こえた。

 でも。声の主らしき人物は、見当たらない。聞き間違い?


 再び体を元の方向へ戻す。目の前に立つ裏原さんが顔をしかめている。私と同じ紺色のセーラー服姿で、肩下まである黒髪は結ばずに垂らしている。彼女の右隣には肩上までの長さの髪型の子、左隣には長い髪をポニーテールにしている子がいる。三人ともクラスメイトだ。


 ――彼女たちは、いわゆる……いじめっ子というやつだった。


 季節は六月。中学三年の頃の話。


 廊下で数人の女子生徒から、すれ違いざまに悪口を言われた。彼女たちは振り返り、私を見てニヤニヤしている。



『侮辱されて、言い返す事もできないんですの?』


 また、声が聞こえた!


 だけど……。声が聞こえるだけで、私の近くには裏原さんたちしかいない。彼女たちの声とは違う……耳に心地いい響きで、どこかで聞いた事のあるような気配を感じる。


 お嬢様めいた口調には、呆れの混じった雰囲気がある。


『大体……あなた、視力がよろしくありませんのに。ちゃんと、眼鏡を掛けた方がよくてよ。相手の顔を、ご覧なさい』


 言われて、恐る恐る……裏原さんたちを見る。お世辞にもキレイとは言えない、悪の権化の如き表情をしている。


『醜悪な者に負けてはダメよ。……わたくしが代わりに、灸を据えてあげましょうか?』


『ほんとに?』


 言葉に出さず、思考してみる。私に語り掛けてくるこの子は……私の心が生み出した、私に都合のいい想像なのではないかと思い至ったからだ。中学校生活のストレスや寝不足もあって……私の精神、イカレた?


『ええ。あなたの中で、ずっと見ていたの。今まで助けてあげられなくて、ごめんなさい』


 心で紡いだ言葉は、彼女に届いた。返事をしてくれた。涙が流れ落ちてしまう。彼女は……知っているのだ。私の過去を。


『眼鏡を掛けた時は、わたくしが代わりを務めますわ。安心なさって』


 謎の女性の声と脳内会話をしている時分、私が涙を零し何も言わない状態だったので……裏原さんたちが、ニヤニヤを濃くしている。


「あらあ? 泣いてる! うちらにビビってんの? ウケるんですけど!」


 裏原さんが耳障りな、大きめの声で言い及ぶ。


 もういい加減、こちらも限界だった。精神に異常をきたす程に、うんざりしていたらしい。私の中にいる私じゃない人物が、彼女たちにどう対処するのか見当もつかなかったけど。不確かな妄想の世迷い言に、自分を委ねてしまえるくらいには……投げ遣りになっていた。


 ポケットに手を入れ、眼鏡を出す。


「え? うわっ! ダサッ! 見て、まりな。こいつ、眼鏡掛けてる!」


 裏原さんたちが、ギャーギャーと騒いでいたみたいだけど。声が遠くなったように感じる。



「眼鏡を……そして、わたくしの可愛い音芽おとめを侮辱するのは、おやめなさい」


「は? 何て言った? 『わたくし』? 『おやめなさい』? ちょっ! 聞いた? マジウケるー! ははは!」


「三年二組、裏原せりな。あなた……サッカー部の吉園君が好きなのでしょう?」


「……は?」


「残念でしたね。彼は一組に彼女がいますの」


「はっ? お前、嘘つくな! おととい確認したら、彼女はいないって言ってたんだけど?」


「昨日、両想いになってもらいましたわ」


「えっ?」


「わたくし……あなたが、ずっと目障りだったんですのよ? 毎回毎回、わたくしの音芽に嫌がらせをしてきて。ですから、あなたにもちょっとした不幸をお返ししたくて。キューピッド役をさせていただきましたの」


「はっ! 意味分かんない! 吉園君は私のだしっ! 彼も私の事が好きだから、そんな……彼女とか嘘じゃん!」


「それは……ご自分で、お確かめになってはいかが?」


 わざと、ニッコリと。笑顔を向けて差し上げます。ゆったりとした足取りで廊下を横切り、隣の教室の引き戸を開けます。

 室内の出入り口の側に、黒の短髪で背の高い男子生徒が立っています。吉園君です。前もって、待機をお願いしていました。彼は引きつった表情で、裏原さんを見ています。


 裏原さんの顔が、強張っていく様が痛快です。


「吉園く……」


「裏原……お前、そんな風に考えてたの?」


 吉園君は、裏原さんが何か言い掛けている途中で話し始めました。


「怖っ! ただ、喋った事があるだけで……好意あるって決めつけんの?」


 彼のすぐ傍には、彼女さんの姿もありました。二人とも……裏原さんへ、どん引きしていらっしゃるご様子です。


「誤解も解けて、何よりですね」


 顔を真っ赤にしている裏原さんへ、うふふと笑ってあげます。何日も前から、準備してきた甲斐がありました。


「実は裏原さんの取り巻きの皆様にも、色々と準備をしていましたの」


「い……行こっ!」


 これから、更に面白くなりそうなところでしたのに。いじめっ子三人組は、廊下を走って逃げ去りました。幾分、スッキリした心持ちになれました。笑いが漏れてしまいます。


「今後、音芽に何かしたら……相応に報いを受けていただきますわ! オホホホホホ」



 ――そんな事があったらしい。件の場面で意識がなかった。まるで、記憶が抜け落ちているみたいに。「知らなかった」感覚に近いかもしれない。後から己花さんに、その時の詳細を教えてもらい分かった。


 そっか。何をしていたのか記憶にないって、たまに思う事があったけど。己花さんが、体を動かしていたのね。


 私の中にいたお嬢様っぽい言葉遣いの女の子……己花さん。


 今はもう、高校生になった私だけど。己花さんという存在が生まれた原因に、一つ……思い当たる事がある。


 中学の頃、ネット小説や本を読み漁っていた。眠る時間も削って読んでいた弊害かな?

 悪役令嬢的なキャラの思考が移ってしまった? 現実逃避したい時、無意識レベルでなり切ってる?





 日曜日、商店街にある本屋に立ち寄る。並ぶ本の表紙を眺め、うっとりする。正に天国。


 今日は学校が休みなので、私服で来た。黒のズボンと白の大きめな半袖Tシャツを着ている。髪は、いつものように後ろで一つに束ねている。鎖骨くらいまでの長さがある。今の季節は、特に……ジメジメしていて暑いので、結んでいる事が多い。


 本を試し読みする度に、ずり落ちるトートバッグの紐を肩に掛け直しつつ。表紙の綺麗な一冊に手を伸ばす。


 読書が好きだ。色々な物語の主人公になれる。特にファンタジーや冒険、恋愛の絡むものが好みだった。


 私も、いつか誰かと恋をするのかな? 今まで片想いめいたものはあったけど、物語で語られる恋とは違う気がしていた。もしかしたら、憧れを恋だと思っていたのかも。


 中学の三年間、暇があれば読書していた。とりわけ悪役令嬢的な、強気なヒロインに惹かれていた。


 その弊害かもしれない。私の心の中に、別の人格らしきものが顔を出した。強気なお嬢様風の。


 異変は日に日に大きく……存在を増していく。


 そして高校生になった私は今現在、当たり前のように……もう一つの人格と共存している。


 彼女の名前は「己花」さん。


 彼女のおかげで、中学時代は色々あった。卒業する頃には、同じ学年の子たちに「変な人」認定されていたり。何故か一部の人たちから、遠巻きに崇められたりしていた。けれど……特段、いじわるされる事もなく。割と平穏に過ごせた。


 高校生になり同じ中学だった子も少なかったので、これまでに絡んでくる人もいなかった。クラスメイトにも、中学での件は知られていない……と思う。


 眼鏡を掛けると人格がチェンジして、己花さんが「私」を主導する。


 家では、さっそく家族に気付かれたけど。学校では特にトラブルもなく、己花さんと入れ替わる機会もなかった。


 しかし。最近、更に視力が低下してきたようで……黒板の字が見えづらい。だからと言って、眼鏡を掛けたら己花さんに替わってしまうし。


 次の席替えで、前の方に移動できればいいな。



 それにしても。さっきから右横で立ち読みしている、お兄さんが近い。腕とか……くっつけてくるし。嫌だな。

 左に離れても、横向きに移動して近付いて来る。


「ねぇ君。さっきから、ずっとここにいるよね。高校生?」


 突然……その人が声を掛けてきて、びっくりする。視界に入った男性は、センター分けの前髪で……白いシャツ、薄ピンク色のズボンという外見だ。


「この漫画が好きなの?」


 たまたま目前に置かれている漫画について聞かれるけど、何と答えたらいいのか。あなたが近付いてくるのが嫌だから、逃げてたらこのコーナーまで来ていただけです……とも言いづらい。


「よかったら……一緒に、ご飯食べに行かない? この漫画について話そうよ」


「行きません」


 はっきりと断った。しかし……彼は、しつこかった。


「いいから。心配しなくても、ボクが奢るよ?」


 対処法を考えている間にも、事態は悪い方へ向かっていく。ニチャッとした笑みを見せられ、背筋がゾワッとする。


 う~~~。己花さん、お願いしますっ!


 眼鏡を掛けている最中、手首を掴まれてしまう。



「その手を放しなさい。けだものめが」


 静かだった店内に、わたくしの声が響きます。


「何だと? こっちが優しくしてやってんのに、調子に乗って……」


 男が怒った態度で、手に力を込めてきます。


「やはり。本性を見せましたわね? こちらも、遠慮せずに済みますわ」


 微笑みました。息を吸い込みます。

 

 周囲に、男の暴力を知らしめようとしていた時。わたくしの前に、何者かが立ちました。


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