第五章 一歩
弁護士と他愛のない雑談をしていると、再び名前を呼ばれた。
どうやら妻側との話が終わったらしい。
僕たちは席を立ち、調停室へ向かう。
さて、どうなったのだろうか。
もちろん気にはなる。
だが、不思議と以前のような緊張はなかった。
期待しすぎても肩透かしを食らう。
それはこの数か月で嫌というほど学んでいた。
だから僕は気負うことなく、いつものように部屋へ向かった。
ドアを開ける。
そして部屋に入った瞬間だった。
調査官のおじさんが、頭の上で大きな丸を作っていた。
まるで某日本酒メーカーのCMに出てきそうなポーズである。
あまりにも分かりやすい。
いや、分かりやすすぎる。
その瞬間、僕は状況を察した。
席に着くと、改めて婚姻費用について双方が合意したことを伝えられた。
提示された金額を再度確認し、双方合意という形で手続きを進めるらしい。
そのために今度は裁判官を呼んでくるとのことだった。
話はそれだけだった。
僕たちは再び待合室へ戻された。
恐らく三分も居なかったと思う。
まるで光の星の戦士である。
現れて、話をして、また去る。
実に手際が良い。
待合室へ戻ると、今度は次回と次々回の予定について話をした。
どうやらこれからは子どもたちに関する話が中心になるらしい。
ようやく、そこまで来たか。
そんな気持ちだった。
長かった。
本当に長かった。
だが、先を見ればまだ長い。
ここは終着点ではなく、ようやくスタートラインに立っただけなのだろう。
それでも、今までの調停と比べれば違った。
これまでは進んでいるのか、進んでいないのかさえよく分からないことが多かった。
同じ場所をぐるぐる回っているような感覚すらあった。
だが今回は違う。
確かに前へ進んだ。
一歩だけ。
ほんの一歩だけだ。
その時、昔聞いた宇宙飛行士の言葉が頭に浮かんだ。
「人間にとっては小さな一歩だが人類にとっては偉大な一歩だ――」
そんな感じの言葉だったと思う。
いや、逆だったかもしれない。
正確には覚えていない。
まぁ、どっちでもいい。
その言葉を借りるなら――
人間にとっては小さな一歩だが、僕にとっては偉大な一歩だった。
月面着陸と比べれば、随分とスケールの小さな話ではある。
それでも僕にとっては、
ようやく、ここまで来た。
そんな気持ちだった。




