第四章 循環流
待合室では、弁護士と先ほどの調停について話していた。
今回の婚姻費用については、これでまとまれば悪くない結果だと言う。
そして先ほど弁護士が僕に送っていた視線も、やはり「そこが落としどころだ」という意味だったらしい。
僕も何となくそんな気がしていたと伝えると、お互い笑顔がこぼれた。
どうやら気のせいではなかったようだ。
その後、話題は調査官の話になった。
弁護士によると、今回の調査はかなり慎重に行われているらしい。
普通はここまで調査しないことも多いとのことだった。
だが、その理由は何となく分かる気がした。
客観的に見ても、今回の離婚調停は歪だ。
精神疾患を抱えた妻。
不倫が発覚した後に主張されたDV。
行政の支援を受けながら始まった別居生活。
その渦中にいる子どもたち。
そして何もかも失い、取り残された僕。
最初の頃は、調査官も調停官も双方の主張を公平に判断するため、どちらにも肩入れせず調停を進めていたように思う。
だが、もう数か月が経っている。
双方の話を聞き、資料を見て、調査を重ねていけば、少なくともそれぞれの主張の整合性や矛盾点は見えてくるはずだ。
そうなれば、僕の境遇に少なからず同情的になることもあるだろう。
少なくとも僕は、毎回調停に足を運び、自分の考えを話し、一貫した主張を続けてきた。
自分なりに誠心誠意対応してきたつもりだ。
そして、もう一つ気になることがあった。
調査官も恐らく頭を悩ませているであろう問題だ。
このまま子どもたちを妻と一緒にしていて本当に大丈夫なのだろうか。
養育は続けられるのだろうか。
今はいいかもしれない。
だが、今の状態が普通ではない、あくまでその場しのぎだ。
果たして、この先も大丈夫なのだろうか。
もし僕が調査官の立場なら、答えは否だ。
子どもたちの幸福と現実性を考えれば、僕が育てた方が安定する。
そう考えるだろう。
だが、調査官は調査官だ。
僕ではない。
だからこそ簡単に結論を出さず、慎重に調査を重ねているのだろう。
その結果次第で、面会交流をどの段階まで認めるのか。
親権をどう考えるのか。
そういったことが決まっていくのだと思う。
そこまで考えて、僕は一旦思考を止めた。
結局のところ、答えが出るのはもう少し先の話だ。
今ここで考えても仕方がない。
僕は頭を切り替え、弁護士との雑談に戻った。




