第一章 四度目
四度目の調停の朝。
僕はいつものように目を覚まし、いつものように身支度を整え、予定より一時間ほど早く家を出た。
最近では、この調停というものが少しずつ日常に溶け込み始めている。
調停をしては次の調停に備える。
その繰り返しだ。
最初の頃のように眠れなくなることもなくなったし、家を出る前に胃が痛くなることもなくなった。
精神的な負担が消えたわけではないが、少なくとも以前ほど心を削られることはなくなった。
だが、それでも毎回のように大きな進展がないことは、じわじわと心に堪える。
今日こそは何か前に進めばいい。
そんなことを考えながら、僕は調停に臨んだ。
約束の時間より十分ほど早く到着し、受付の前にトイレも済ませておく。
もはや完全にルーティンだった。
しばらくすると、約束の時間ぴったりに弁護士がやって来た。
相変わらず凛々しい女性だ。
隙のない立ち居振る舞いに、仕事のできるキャリアウーマンという言葉がよく似合う。
軽く挨拶を交わし、僕たちは受付へ向かった。
移動しながら、今日の争点について確認する。
どうやら今回は婚姻費用の話に一区切りつけたいらしい。
もっとも、弁護士は「納得できない内容なら無理に決める必要はありません」とも言っていた。
焦って結論を出すよりも、納得できる形を探す方が大事だということだろう。
受付を済ませた後は、いつもの待合室へ向かう。
そこで弁護士と世間話をしながら呼ばれるのを待つ。
ここまで来ると、もう戦友と言ってもいいのかもしれない。
……いや、そう思っているのは僕だけかもしれないが。
それでも、この数か月で僕の考え方や譲れない部分、価値観のようなものは十分理解してくれていると思う。
少なくとも、初めて会った頃のような距離感はもうない。
四度目の調停が、静かに始まろうとしていた。
戦いの前というのは、いつもこんなものなのかもしれない。
史実に名を残す大戦でも、日常の中の小さな勝負事でも、始まる直前は不思議なほど静かだ。
「嵐の前の静けさ」や「決戦の火蓋が切られる」などという言葉があるが、きっと昔の人も同じような感覚を抱いていたのだろう。
これから何かが起こる。
結果によっては人生が変わるかもしれない。
そんな場面を前にしているはずなのに、目の前にはただ静かな時間だけが流れている。
誰かが慌てる訳でもなく、怒号が飛び交う訳でもない。
待合室には穏やかな空気が漂い、聞こえてくるのは人の話し声や時計の針が進む音くらいだ。
だが、その静けさの向こう側では、確かに何かが動いている。
そして、その静寂はいつも突然終わる。
名前を呼ばれた瞬間に。




