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第四章 トライアングラー 後編

その説明の後で弁護士から、

「高裁に行ってもいいかもしれませんね」

そう言われた。


最初は何のことか分からなかった。


その言葉を頭の中で反芻する。


――高裁。


僕は素直に聞き返した。


「家庭裁判所も上告ってあるんですか?」


弁護士は丁寧に説明してくれた。


家庭裁判所も三審制をとっており、二審は高等裁判所、三審は最高裁判所になるらしい。


そして、高裁の方が家庭裁判所よりも丁寧に見てくれることもあるという。


その言葉を聞いて、

もう行くところまで行ってみようか――

そんな気持ちが湧いた。


そして、その気持ちを弁護士に伝えた。


なんとなくだが、道筋は出来たような気がした。


高裁まで行って、それで駄目なら仕方ない。


そこまでやって駄目なら、自分も納得できる気がした。


そして、これまでの自分の物語を振り返った時、ふと思ったことがある。


――試されている。


僕は今、試されている。


一体、司法は僕にどんな判断を下すのだろうか。


これまでの僕の物語を、どう評価するのだろうか。


そう考えた。


いや、違う。


逆かもしれない。


僕が試されているんじゃない。


僕が試しているんだ。


そう思った瞬間、ハッとした。


立法も、行政も、司法も。


全部僕の敵だった。

立法が妻を守る法律を作り、

行政がその法律を執行し、

司法が僕を追い詰める。


いくら僕が反論しても、


三権分立が一丸となって立ち塞がる。


そして僕は、そのトライアングルの真ん中にいる。


立法。


行政。


司法。


その三つの頂点に囲まれながら。


――まさに、トライアングラーだ。


その話を弁護士にしてみたところ、思いのほか笑ってもらえた。


どうやら「トライアングラー」という発想は悪くなかったらしい。


そして話は思わぬ方向へ進んだ。


弁護士は、


「この調停や離婚が全部終わったら、再婚を考えてもいいかもしれませんね」


と言った。


僕は少し驚いた。


まさか調停の最中に再婚を勧められるとは思っていなかったからだ。


理由を聞くと、再婚して子どもができた場合、養育費や婚姻費用について減額を求められる可能性があるらしい。


そのため、


「次は減額を狙っていくのも一つの手かもしれません」


と教えてくれた。


なかなか現実的な話である。


もっとも、弁護士は続けてこうも言った。


「ただ、再婚相手はじっくり選んだ方がいいですよ」


どうやら離婚した人は、次も似たようなタイプを選びやすい傾向があるらしい。


そして同じような問題を抱え、また離婚する。


そういうケースも少なくないのだという。


実際、弁護士が担当している案件の中には、これから二度目の離婚を迎える人もいるらしかった。


しかも、その相手は再再々婚だという。


再再々婚。


その言葉を聞いた瞬間、僕はあるアニメの主題歌を思い出した。


夢の中で主人公とヒロインの体が入れ替わり、少しずつ絆を深めていく、あの有名な作品だ。


――再再々婚。


実に語呂がいい。


響きだけなら、どこか格好良くすら聞こえる。


意味は最悪だが。



そんな話をしていると、再び呼ばれた。


どうやら裁判官に確認していた内容がまとまったらしい。


僕たちはもう一度部屋へ戻った。


そこで行われたのは、ほとんど事務的な話だった。


弁護士と調停委員が今後の流れや金額について話し合い、細かな確認を進めていく。


正直なところ、僕は半分ほどしか理解できていなかった。


しばらく話が続いた後、ようやく結論が伝えられた。


どうやら婚姻費用については、正式な金額が決まるまでの間、「仮払い」という形を取るらしい。


そして来月からは、現在の七万円ではなく、月十二万円を支払うことになった。


もっとも、それで確定という訳ではない。


最終的な金額については、今後の話し合いの中で決めることになる。


もし合意できなければ、審判で判断されるらしい。


とりあえず、今回決まったのはそこまでだった。


こうして三回目の調停は、今度こそ本当に終わった。


仮払いの金額が引き上げられたことにも、一応理由はあった。


妻側の話によれば、現在お金に困っているらしい。


子どもの病院代などもかかり、正式な婚姻費用が決まる前に、仮払いの額を増やしてほしいということだった。


子どものためと言われれば、僕としても無下にはできない。


だが正直なところ、どうしても引っ掛かる部分はあった。


お金がない。


だから働く。


僕にとっては、ごく当たり前の思考だった。


むしろ、それ以外の選択肢を思いつかない。


だが、妻にとってはそうではないのかもしれない。


パンがなければケーキを食べればいいじゃないか。


昔の王妃が本当にそんなことを言ったかどうかは知らない。


しかし、妻には僕がそう言ってるように聞こえるのかもしれない。


とはいえ、今回の調停が進展したのかと言われると、正直よく分からない。


進んだような気もするし、何も進んでいないような気もする。


そんな何とも言えない終わり方だった。


僕たちは部屋を後にし、玄関ホールへ向かった。


道すがら弁護士と雑談をし、最後に感謝を伝えて別れた。


そして僕は、一人で帰路につく。


車を運転しながら、今日一日を振り返った。


不思議なことに、今回の調停は今までよりも気持ちが楽だった。


慣れたのだろうか。


それとも諦めなのだろうか。


自分でもよく分からない。


ただひとつ言えるのは、以前のような強い緊張や恐怖はもうなかった。


そんなことを考えながら、僕は家へ向かって車を走らせた。

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