第四章 トライアングラー 前編
三回目の調停の朝。
いつものように起き、いつものように身支度を整え、いつものように少し早めに家を出る。
そして、いつものようにカツ丼を頬張り、いつものように少し早めに到着する。
自動ドアをくぐり、警備員に挨拶をする。 用を足し、ロビーの椅子に腰掛ける。
もう、ここまで来ると何の感情もなかった。
緊張も、不安も、期待もない。
きっと今日も平行線のまま終わる。
そんなことを考えながら、僕は弁護士を待った。
弁護士は約束の時間の五分前にやって来た。
お互いすっかり慣れたもので、挨拶もそこそこに受付へ向かう。
受付を済ませ、待合室で開始を待つ。
その間、弁護士から今日のおおよその流れについて説明を受けた。
どうやら今日は婚姻費用の話が中心になるらしい。
面会交流については、まだ調査中とのことで、今回は扱わないという。
僕はどこか他人事のように、その話を聞いていた。
今日も進展はなさそうだ。
そんな予感を抱かせるような始まりだった。
それからすぐだった。
ドアがノックされ、僕たちは呼ばれた。
通される部屋は毎回違う。だが、そこにいる顔ぶれはいつも同じだった。
三回目ともなると、もうすっかり顔見知りである。
僕の正面には、いつもの年配の男性調停委員が座っていた。
席に着くなり、その人は僕の着ていたTシャツを見て言った。
「かっこいいTシャツですね」
その日、僕が着ていたのは、とある怪獣映画に登場する、恐竜のような姿をした怪獣のTシャツだった。
「この怪獣、好きなんですか?」
そう尋ねると、調停委員は嬉しそうに頷いた。
どうやら本当に好きらしい。
この怪獣を好きな人に悪い人はいない。
もちろん何の根拠もない持論だが、その一分ほどの雑談で、僕は少しだけ親近感を覚えていた。
だが、和やかな空気は長くは続かなかった。
本題を切り出したのは、男性調停委員の隣に座っていた女性調停委員だった。
話題は婚姻費用について。
相手側からの要望は単純明快だった。
現在支払っている月七万円を、月十六万円に増額してほしいというのである。
正直、なかなかクレイジーな数字だと思った。
だが、僕の年収を基準に算定表へ当てはめると、それくらいの金額になるらしい。
もっとも、その金額には子どもたちの生活費だけでなく、妻の生活を扶養するための費用も含まれているという説明だった。
僕としては納得できなかった。
子どもたちのための費用であれば支払う意思はある。
しかし、妻の生活費まで負担するつもりはなかった。
そのため、
「妻の扶養分を差し引いた金額であれば検討します」
と回答した。
話はそこで一旦区切られた。
僕たちは退席し、次は妻側のターンとなった。




