第一章 デジャブ
二度目の調停の日がやって来た。
開始は午後一時。
僕は朝八時頃に起き、身支度を整えた。
一回目の時と同じように、清潔感のある服装を心がける。 髭を剃り、歯を磨き、必要な書類を確認する。
気が付けば、午前十時にはすべての準備が終わっていた。
家を出るのは十一時。
まだ少し早かったが、落ち着いて向かいたかった。
車を走らせることしばらく。
途中にあった某丼チェーン店へ立ち寄り、昼食をとることにした。
注文したのは、もちろんカツ丼。
深い意味はない。
ただ、縁起を担ぎたかっただけだ。
勝負事の前に「勝つ」を食べる。
ベタではあるが、こういう時くらいは験を担いでもいいだろう。
食事を終えた僕は、裁判所へ向かった。
不思議なほど心は落ち着いていた。
不安もない。 希望もない。
ただ、虚無だけがあった。
きっと今日も何も進まない。
そんな予感がしていた。
期待することにも疲れていたのかもしれない。
諦念――。
今の気持ちを表すなら、その言葉が一番しっくりきた。
裁判所には開始時刻の三十分ほど前に到着した。
トイレを済ませ、弁護士に到着したことを連絡する。
そしてロビーの椅子に腰掛け、静かに待った。
弁護士が来るまでの間、特に何をするでもなく、ぼんやりと周囲を眺める。
その時、ふと目の前のモニターが目に入った。
流れていたのは、夫婦の不和が子どもに与える影響についての啓発映像だった。
内容は単純だった。
「夫婦の不和を子どもの前で感じさせないようにしましょう」
そんな趣旨の映像だった。
言いたいことは分かる。
きっと正しいことなのだろう。
だが、僕にはどこか滑稽に思えた。
そんなことを実践できる夫婦なら、そもそもここまで関係が悪化していないのではないか。
少なくとも、裁判所で調停をするような状況にはなっていない気がした。
理想としては正しい。
けれど、その理想を守れなかった人たちが集まる場所で流される映像としては、どこか現実離れしているようにも感じた。
まるで溺れている人間に向かって、「泳げばいい」と言っているようなものだ。
そんなことを考えていると、ほどなくして弁護士が姿を見せた。
相変わらず凛としていて、隙のない佇まいだった。
軽く挨拶を交わし、二人で受付へ向かう。
手続きを済ませると、いつもの待合室へ案内された。
開始までまだ少し時間があったので、弁護士と他愛もない世間話をしながら呼ばれるのを待った。
二度目の調停。
景色も流れも前回とほとんど変わらない。
まるで同じ一日を、もう一度なぞっているようだった。
しばらくして、僕たちは呼ばれた。
部屋に入る。
顔ぶれも、空気も、前回とほとんど変わらない。
まるでデジャブだった。
まず始まったのは、相手側の主張だった。
内容を端的に言えば、金の話だった。
僕は、相手には働く余地があると考え、婚姻費用を月七万円支払っていた。
だが相手側は、自分は働けない状況なのだから、本来の算定額を満額支払ってほしいと主張した。
そして、その事情を理解してほしいと言う。
正直、僕にはよく分からなかった。
働くことはできない。
けれど、ジムには通える。
不倫をする時間や気力はある。
それなのに、働くことだけはできない。
その理屈を、僕はどうしても理解できなかった。
もちろん、相手にも相手なりの事情はあるのだろう。
だが、「理解してほしい」と言われても、そこにはどうしても拭えない矛盾を感じた。
そして、もう一つの論点。
前回、僕が求めた面会交流についてだった。
回答は予想通りだった。
子どもたちが怖がっているから会わせられない。
要するに、それだけだった。
その言葉を聞いた時、不思議と驚きはなかった。
むしろ、やっぱりそうかと思った。
ここへ来る途中から、なんとなくそんな気がしていたのだ。
結局のところ、
子どもには会わせない。
だが、金は払ってほしい。
それが相手側の主張なのだろう。
そんなふうに聞こえた。
僕は今回は、特に口を開くことはなかった。
話すのは弁護士の役目だったし、僕はただ黙って聞いていた。
もう、僕自身が語るべきことはほとんど残っていなかった。
僕の希望は伝えた。
向こうの要望も聞いた。
その上で、なお互いの主張は交わらない。
最早、平行線だった。
同じ日本語を話しているはずなのに、伝わらない。
相手の言っていることは聞こえている。
言葉の意味も理解できる。
けれど、その考え方だけは理解できない。
きっと向こうも同じなのだろう。
僕の言葉を聞いても、理解できないと思っているはずだ。
だから話し合いは進まない。
どちらかが嘘をついているとか、聞いていないとか、そういう話ではない。
ただ、お互いが見ている景色があまりにも違いすぎた。
その場にいながら、まるで別の言語で会話しているような感覚だった。
二度目の調停は、そんな空気のまま進んでいった。
そんな平行線の話し合いが続いた末に、ひとつの提案がなされた。
調停官による調査だった。
親権や子どもの福祉に関わる問題について、調停官が直接調査を行う制度があるらしい。
そこでは離婚の原因や有責配偶者が誰かといった話は脇に置かれる。
不倫をしたかどうかも関係ない。
夫婦間の争いから離れ、純粋に子どもたちの状況や気持ちを確認するための調査だという。
僕はその提案を承諾した。
その調査は、子どもたちへの聞き取りだけで終わるものではないらしい。
小学校や幼稚園にも調査が行われるという。
そして、僕自身も調査の対象だった。
これまで子どもたちとどのように生活してきたのか。
どのように関わり、どのように育ててきたのか。
そういったことを、面談形式で詳しく聞かれるらしかった。
親権や子どもの福祉を判断するための調査なのだから、当然と言えば当然なのだろう。
だが、自分自身が評価される立場になると思うと、少し不思議な気分だった。
調停が終わったあと、関係各所へ連絡を入れる。
小学校の先生。
幼稚園の先生。
これまで僕は、子どもたちの状況を少しでも把握するため、できる限り連携を取ってきた。
それが今回の調査でどう評価されるのかは分からない。
有利に働くのか。
それとも何も関係ないのか。
正直なところ、結果はまったく読めなかった。
ただ一つだけ言えることがある。
僕なりに、できることはやってきた。
その事実だけは変わらなかった。
僕は調停官との面談の日程を調整した。
決まったのはそれだけだった。
二度目の調停は、そうして幕を閉じた。
弁護士に挨拶を済ませ、裁判所を後にする。
来た時と同じように駐車場へ向かい、車に乗り込んだ。
エンジンをかける。
だが、すぐには発進しなかった。
ぼんやりとフロントガラスの向こうを見つめながら考える。
この世の中は狂っている。
真面目に生きてきたつもりだった。
働いて、家庭を守って、子どもたちを育ててきた。
少なくとも、自分なりに誠実に生きてきたつもりだった。
それなのに、今いる場所はここだ。
子どもたちとは会えない。
調停は平行線。
救いがあるわけでもない。
努力が報われるわけでもない。
こんなのはおかしい。
そう思わずにはいられなかった。
だが、周りを見れば誰もそんな顔はしていない。
世の中は今日も当たり前のように回っている。
まるで何事もなかったかのように。
だから、ふと分からなくなる。
狂っているのは世の中なのか。
それとも――僕なのか。
その答えは、最後まで分からなかった。




