第五章 ホームワークが終わらない 後編
次に書いたのは、子どもたちの性格や興味のあることについてだった。
この項目は不思議と書きやすかった。
子どもたちのことなら、いくらでも書ける気がした。
長男は剣や銃といった格好いい武器が好きだった。
電車や新幹線などの乗り物にも興味があり、歴史や武将についても驚くほど詳しかった。
性格は責任感と正義感が強く、困っている人を放っておけない。
とても思いやりのある子だった。
次男は、おそらく一番僕に似ている。
陽気でお調子者。
いつも周囲を笑わせるムードメーカーだった。
パトカーや救急車、消防車などの働く車が大好きで、誕生日やクリスマスには決まって車のおもちゃを欲しがっていた。
見ているだけで自然と笑顔になるような子だった。
そして一番下の長女。
甘えるのが上手で、兄たちに負けないくらい活発な女の子だった。
幼稚園ではしっかり者で、自然と友達の中心にいるタイプだった。
周囲を引っ張り、時にはまとめ役になることも多かった。
将来もきっと、多くの人に囲まれながら歩いていくのだろうと思う。
三人とも性格はまるで違う。
好きなものも、得意なことも違う。
だが、一つだけ共通していることがあった。
みんな優しい子だった。
それだけは、胸を張って言える。
そんな子どもたちのことも、僕は一つひとつ思い出しながら書いた。
次は、今後の方針について記入する項目だった。
内容は大きく四つ。
僕と子どもたちが同居する場合の養育方針と、その場合妻と子どもたちの交流について。
妻が子どもたちと同居する場合、僕と子どもたちの関係や交流について。
妻との今後の関わり方について。
そして親権に関する意向。
どれも簡単に答えられるものではなかった。
僕は一つひとつ、自分の考えを書いていった。
まず、もし子どもたちと僕が同居することになったなら。
僕は、子どもたちを元の生活へ戻してあげたいと思った。
友達にきちんと別れも告げられず。
慣れ親しんだ学校や幼稚園を離れ。
知らない土地へ行き。
知らない人たちの中で生活する。
大人ですら辛いことだ。
子どもたちが平気なはずがない。
きっと口に出さないだけで、たくさんの不安や寂しさを抱えていると思う。
だから、できる限り以前の生活を取り戻してあげたい。
そう書いた。
そして、もう一つ。
習い事も再開させてあげたいと思った。
せっかくこれからという時だった。
本人たちが自分の意思で辞めると言ったのなら仕方がない。
だが、そうではなかった。
親の都合によって途切れてしまっただけだった。
だからこそ、もう一度挑戦する機会を作ってあげたいと思った。
次に、妻と子どもたちとの交流について。
僕は特に制限を設けるつもりはない。
子どもたちが会いたいと言うのであれば、送迎だってする。
連絡を取りたいのであれば、自由に取ってもらえばいい。
それは子どもたちの当然の権利だと思う。
親の都合によって、その権利が奪われるべきではない。
だから僕は、そのことも正直に書いた。
次に書いたのは、妻が子どもたちと同居する場合の、僕と子どもたちとの関係や交流についてだった。
僕の希望は、最初から変わっていない。
面会交流をすること。
そして、できるのであれば、子どもたちといつでも連絡を取れる環境を作ることだった。
いわゆる自由交流だ。
子どもたちが会いたい時に会える。
話したい時に話せる。
そんな関係を維持したいと思った。
もちろん、僕自身が子どもたちに会いたいという気持ちもある。
だが、それだけではない。
いつでも連絡が取れる環境を望む理由は、もう一つあった。
妻はどちらかと言えば弱い人間だと思う。
力が弱いとか、意思が弱いとか、そういう話ではない。
人間の本質というべきか。
魂や覚悟の話だ。
妻はこれまで、困難に直面した時や壁にぶつかった時、その問題と向き合うよりも逃げる事を選んできたように僕には見えた。
親との関係から逃げ。
兄弟との関係から逃げ。
友人との関係から逃げ。
そして今は、僕との関係からも逃げようとしている。
僕は一番近くでそれを見てきた。
だからこそ思うことがある。
人は逃げ続けることはできない。
いつか必ず限界が来る。
もちろん、その限界が何なのかは人それぞれ違う。
だが、妻を知っているからこそ、僕は不安になる。
次に離れていく相手は、子どもたちではないか、と。
もちろん今すぐではない。
数年は平穏に過ごすのかもしれない。
だが、子どもたちは成長する。
反抗期も来るだろう。
恋人ができることもあるだろう。
友達と遊ぶようになり、帰りが遅くなる日もあるだろう。
そして、いつか結婚し、自分の人生を歩み始める。
人と人との関係は、不変のように見えて決してそうではない。
立場や状況が変われば、その関係もまた変化していく。
妻の手を離れた子どもたちが、自分の意思で行動するようになった時。
妻の思うようにいかなくなった時。
反発した時。
その時、妻はどうするのだろうか。
僕には想像出来ない
十年前に今の状況を想像することなどできなかったように、未来のことは誰にも分からない。
だからこそ僕は備えたい。
もし子どもたちが困った時。
苦しい時。
誰にも言えない悩みを抱えた時。
そんな時に帰ってこられる場所でありたい。
逃げ込める場所でありたい。
そして、どんな時でも味方でいられる存在でありたい。
僕が望んでいるのは、それだけだった。
子どもたちにとっての最後の砦。
そんな父親でありたいと思った。
次に書いたのは、妻との今後の関わり方についてだった。
だが、この項目を前にした時、僕の手は止まった。
何も思い浮かばなかった訳ではない。
むしろ、その逆だった。
言いたいことも、思うことも、たくさんあった。
だが、それを書いたところで意味があるのだろうか。
そんな気持ちがあった。
僕が何を思い、何を願ったとしても。
妻がそれに耳を傾けることは、もうないような気がしていた。
だから正直なところ、この項目には何を書けばいいのか分からなかった。
しばらく考えた末に、僕はごく当たり前のことを書いた。
子どもたちの将来について話し合える関係でありたい。
進学や教育方針については、お互いに相談しながら決めていきたい。
親として必要なことは協力していきたい。
そんな内容だった。
きっと、誰が読んでも違和感のない答えだと思う。
だが書きながら、僕はどこか冷めた気持ちでいた。
書いたところで、おそらく無駄だろう。
そう思っていたからだ。
それでも空欄のまま提出する訳にはいかない。
だから僕は、その項目を静かに埋めた。
そして最後の項目にたどり着いた。
親権に関する意向だった。
最初は、親権を主張するつもりはなかった。
だが、これまでのことを振り返るうちに、考えが変わった。
果たして妻は、子ども三人を健康に養育していくことができるのだろうか。
幸福にすることができるのだろうか。
僕には疑問だった。
だから僕は正直に書いた。
もし僕が育てた方が子どもたちを幸福にできると判断した場合は、親権を主張する、と。
それが簡単なことではないのも分かっていた。
今の司法では、親権は妻側に渡る可能性が高い。
それでも僕は主張する。
それが子どもたちのためになるのなら。
そう思った。
そして、その理由を一つひとつ書いていった。
僕には仕事がある。
安定した収入がある。
子育てのための休暇制度も整っている。
職場には、ひとり親として子どもを育てている人も大勢いる。
住む家もある。
これまでの育児で身につけてきた技術もある。
炊事、洗濯、掃除。
家事全般をこなすことができる。
築き上げてきた関係もある。
幼稚園や小学校の先生たちとの連携。
職場の人たちの理解と協力。
そして、問題が起きた時に、どうすれば解決できるのかという経験とノウハウもある。
総合的に考えて、僕には行政の支援に頼らずとも、独力で子どもたちを養育していく能力があると思った。
書きながら、ふと思った。
今までの出来事も。
今まで味わってきた苦労も。
その全てが、僕の力になっているのだと。
あの頃はただ苦しかった。
辛かった。
逃げ出したいと思ったこともあった。
だが、それらは何一つ無駄ではなかった。
全部、今の僕を作っている。
普通の父親には、おそらくできないこともあるだろう。
だが、僕にはできる。
これまで積み重ねてきたものがあるからだ。
僕は一文字、一文字。
まるで叫ぶように書いた。
これまでの自分を励ますように。
そして、これからの自分を鼓舞するように。




