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僕の物語― それでも、前へ ―  作者: シロイルカ
第四幕 孤独な抗戦
30/31

第二章 ハンバーガーヒル 前編

いよいよ、調停の日が来た。

その日は朝6時に起き、前日から用意していた服に着替えた。

事前に服装について確認すると、スーツである必要はなく、清潔感があればいいとのことだった。

だから、なるべく華美ではない色合いのシャツにジーパンという、ありふれた格好を選んだ。

調停は10時から。

弁護士とは9時45分に待ち合わせだ。

裁判所までは片道40分ほど。

だが、混雑すれば1時間はかかる。

余裕を持って、8時には家を出た。

途中のコンビニで朝食を買い、移動しながら口にする。

「腹が減っては戦はできぬ」――そんな言葉を思い出し、いつもより多めに食べることを意識した。

現地に着き、弁護士と合流する。

彼女はいつも通り、隙のないスーツに身を包み、いかにも仕事ができる女性という雰囲気をまとっていた。

例えるなら、女性初の総理大臣のような、強さと品格を感じさせる装いだった。

軽く挨拶を交わし、そのまま弁護士の後に続いて裁判所へ入る。

彼女の足取りに迷いはない。

尋ねると、「よく来てますから」と笑いながら答えた。

多い時は一日に二回来ることもあるらしい。

受付を済ませ、待合室へ案内される。

雑談をしながら、5分ほどが過ぎただろうか。

ドアがノックされ、職員に名前を呼ばれた。

――ここまで、半年待った。

ようやく、ここまで来た。

長かった。

これから始まる。

すべては、ここからだ。

どうなるかは、まだ分からない。

まるで、一歩踏み出せば後戻りできない“丘”に、足をかけたような感覚だった。


職員に案内され、部屋に入る。

中には三人――調査官が二人、そして調停官が一人、すでに席についていた。

弁護士は調査官と顔見知りらしく、軽く言葉を交わしながら挨拶をする。

そのやり取りの落ち着いた空気が、かえってこれから始まる場の重さを際立たせていた。

全員が席に着く。

――始まった。

調停が。

最初は、こちらの言い分からだった。

まず、面会交流を求めた。

子どもたちが元気に過ごしているのか、それをこの目で確かめたい。

そして、離婚理由の明確化。

相手は、離婚の原因を僕のDVだと主張している。

だが――不貞行為があったことも、きちんと認めてほしかった。

話の主導は弁護士に任せた。

僕は、確認を求められたときだけ口を開く。

余計なことは言わない。

言葉を選び、呼吸を整えながら、二人で一つの流れを作っていく。

ひと通りの主張を終えると、いったん席を立つよう促された。

どうやら、ここで交代らしい。

次は――相手側の番だ。



再び待合室に戻り、しばらく待った。

その間、弁護士と他愛のない雑談を交わしていた。

僕のようなケースは珍しいのか、

離婚が多い職業は何か、

調停を終えた人間は、たいてい相手を嫌いになるらしい――

そんな話だった。

その中で、ひとつ疑問が浮かぶ。

果たして僕は、妻のことを嫌いになれるのだろうか。

……たぶん、答えはノーだ。

嫌いにはならない。

かといって、好きでもない。

しいて言うなら――無関心。

それが、いちばん近い感覚だった。

そしてもう一つ、頭に浮かぶ言葉がある。

可哀想な人だ、という感情。

彼女は、すべてを遠ざける。

自分の殻に閉じこもり、守ろうとする。

今回は、その対象が僕だった。

――おそらく、次は子どもたちだろう。

漠然と、そう思った。

依存するのに、傷つけて遠ざける。

困難に直面すれば、逃げる。

きっと彼女は、この先もそうやって生きていくのだろう。

では――

人生の最後を迎えるとき。

彼女のそばに、誰かいるのだろうか。

その最期を、看取る人は。

そこまで考えて、ふと我に返る。

……やっぱり僕は、甘い人間だ。

その甘さが、憎くなることもある。

苦しくなることもある。

いっそ、捨ててしまいたいと思ったこともある。

それでも。

人の本質は、簡単には変えられない。

僕は、僕のままで生きていく。

甘くない自分。

優しくない自分。

そんなものは、きっと僕じゃない。

だから――これでいい。

自分が納得できる自分で、生きていく。

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