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僕の物語― それでも、前へ ―  作者: シロイルカ
第四幕 孤独な抗戦
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第一章 プロローグ

いよいよ来週に調停を控えたある日、

長男が通っていた小学校へ足を運んだ。


目的は、長男の置いてある荷物を引き取るためだった。


正直に言って、かなり辛かった。

校門をくぐり、体育館を目にした瞬間、数年前にここで行われた入学式の光景が蘇った。


本来なら――今年は次男が、この場所で入学式を迎えていたはずだった。


グラウンドも目に入る。


毎年、運動会を見に来ていた場所。

もうここに来ることはないのかもしれない――


そんな思いが、ぼんやりと胸を締めつけた。


「あるはずだった未来」を、どうしても考えずにはいられなかった。


職員室を訪れ、担任の先生に挨拶をした。


長男は支援級に通っていたため、先生には一年生の頃からずっとお世話になっている。


先生はすぐに荷物の場所まで案内してくれた。

荷物を受け取りながら、少しだけ言葉を交わした。


心配をかけたくなくて、妻の不倫や離婚の話はぼかした。


「精神的に不安定になり、突然子どもたちを連れて出て行ってしまった」

そう伝えた。


最初は、明るく振る舞えていたと思う。

泣くつもりもなかった。


――でも、無理だった。


先に泣き出したのは、先生の方だった。


今年卒業した六年生の中に、長男とよく遊んでくれていた子がいたらしい。


その子の話をしながら、先生は涙を流しながら、


「長男くんのことを、忘れないようにしたい。ずっと覚えていたい」


――そう、その子が泣きながら話していたことを教えてくれた。


その瞬間、もう限界だった。


堰を切ったように、涙が溢れた。


改めて思った。


僕は、長男からかけがえのない時間を奪ってしまったのではないか。


本来あるはずだった未来。


きっと、かけがえのないものだったはずだ。


僕にも、無二の親友がいる。

それは何にも代えがたい存在だ。


長男にも、同じように育まれていたはずの関係があった。


その芽を、摘んでしまったのではないか――


そう思うと、涙は止まらなかった。


先生には、もし妻や子どもたちと連絡が取れたら必ず知らせると伝え、学校を後にした。


帰り道でも涙は止まらず、

家に帰ってからも、しばらく泣き続けた。

急いで薬を飲み、気持ちを落ち着かせようとしたが、すぐには効かなかった。


しばらくして、ようやく落ち着いた頃――

ひとつの考えが浮かんだ。


妻の選択は、きっと「間違いではなかった」のだと思う。


そうせざるを得ないほど、追い詰められていたのだろう。


だが、「正解ではない」。

それだけは、はっきりしている。


何が正解だったのか――


その答えは、きっと誰にも分からない。

けれど、肯定することはできない。


これは、あくまで夫婦の問題だ。


子どもたちを巻き込むべきではなかった。

本来あったはずの未来。


可能性や選択肢、そのすべてが変わってしまった。


妻は、僕と向き合うべきだった。


辛くても、不倫のことも、不満も、すべて言葉にしてぶつけるべきだった。


それができなかった現実は――逃避だ。


もちろん、逃げることが必要な時もある。

戦略的な撤退は、時に大切だ。


だが、逃げ続けるのは違う。


守るべきものがある時。

大切にしたいものがある時。


その時こそ、人は立ち向かわなければならない。

それは、家庭でも同じだ。


家庭を優先するために職場で上司や同僚に頭を下げること。

疲れて帰っても、笑顔で家事や育児に向き合うこと。

相手が笑って過ごせるように努力すること。

日常という戦場で戦う覚悟。


そして、守りたいという想い。


そう考えたとき、

怒りでも、憤りでも、悲しみでも、後悔でもない感情が生まれた。


――子どもたちを守りたい。


それは、使命感に近いものだった。


こんなにも無責任に周囲を巻き込み、

自分の過ちにも向き合わない人間に、

本当に家族を背負えるのか。


そう、疑問に思った。

そして同時に、問い続けている。


――子どもたちの幸せを、本当に考えているのか。


僕が育てた方が、子どもたちを幸せにできるのではないか。


未来や選択肢を、もっと広げてあげられるのではないか。


そう思わずにはいられなかった。


僕には、育てられる環境がある。

住む家があり、仕事もある。

ひとり親で子どもを育てている人は、僕の業種にはたくさんいる。

それを支える制度も、確かに存在している。

――やれるはずだ。


そう思った。

僕は弁護士に相談した。


返ってきた答えは、現実的なものだった。

重視されるのは、あくまで


「今の子どもたちの生活環境」と

「子ども自身の意思」。


現在の環境で安定し、幸せに過ごしていると判断されれば、

無理に環境を変えない方向に配慮される傾向があるという。

あとは、明らかな虐待やネグレクトがあるかどうか。

もちろん、それだけではない。

さまざまな要因が絡み合う。


だが結局のところ――


最初の調停でぶつかってみなければ、分からないらしい。

いわば、小手調べだ。


それでも――


僕は、主張してもいいのではないかと思った。


親権を。


そのためには、次の調停に向けて備えなければならない。


これは、まだプロローグだ。

物語は、まだ始まっていない。

これから始まる。


長期戦になるのか。

それとも、短期決戦で終わるのか。

それは分からない。


ただ一つ、分かっていることがある。

これは――抗戦だ。


抗う戦い。


形勢は、おそらく不利だろう。

それでもいい。

やれるだけのことは、やる。


こういう戦いは、これまでもあった。

ただ、今回は規模が違う。

だからこそ――


自分の最善を、尽くす。

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