第72話:到着、呪いの首吊り人形、ここは『未来』を生きる地に変わったわ
「全員整列! 姐さんをお出迎えしろ!」
その怒号は、荒涼とした空気の澱むガーディス自治区の静寂を、鋭利な刃物のように切り裂いた。
乾ききった大地に、規則正しく重厚な足音が響き渡る。
『メリーちゃん』の意匠を胸に抱く、鉄の規律をその身に刻んだ私兵たちが、一糸乱れぬ動きで馬車の出口に整列した。
彼らの瞳に宿るのは、単なる忠誠を超えた、狂気すら孕んだ純粋な信仰の炎である。
作業の手を止めた彼らの視線は、一点――緩やかに速度を落とし、重厚な威容を湛えて停止した漆黒の馬車へと注がれていた。
周囲を取り囲む王国軍の将兵たちもまた、その異様な熱気に呑まれたかのように動きを止める。
王国を支える武人たちの間を、得体の知れない期待と緊張が、目に見える奔流となって駆け抜けていった。
馬車の扉が静かに開かれる。
最初にその地を踏んだのは、音もなく影の中から染み出したかのような、漆黒の外套を纏った男、ジャックであった。
彼は周囲の殺気や好奇を柳に風と受け流し、至極当然の所作として、馬車の中へと静かに右手を差し伸べる。
その手に重ねられたのは、抜けるように白い、繊細な、しかし揺るぎない意志を感じさせる淑女の手であった。
「姐さんに礼!」
「ッス! 姐さん! お疲れ様です!」
「お疲れ様でッス!」
腹の底から絞り出されたような叫びが、何重にも重なり合って大気を震わせる。
馬車から降り立ったのは、十八歳の春を迎え、息を呑むほどの気高き美貌を完成させたメリーであった。
かつての幼さは影を潜め、漆黒のドレスに身を包んだその姿は、荒れ果てた自治区の風景の中で、そこだけが別世界から切り取られたかのような峻烈な輝きを放っている。
彼女は整列した私兵たちの前で足を止め、一人一人の顔を射抜くような眼差しで見据えた。
背後では、国王の威厳すら喰わんばかりの光景を、王国兵たちが言葉を失って見守っている。
メリーは、自らに向けられる狂信的な敬愛を当然の義務として受け止めつつ、静かに唇を開いた。
「ごくろうさま。何か不足している物はない?」
その声は鈴の音のように清らかでありながら、聴く者の魂を震わせるような威厳に満ちていた。
問いかけを受けた私兵は、心酔しきった面持ちで天を仰ぐようにして答える。
「姐さんの到着に、我ら一同心の底から満たされております!」
「……そ、そう?」
あまりに直截的な信仰の告白に、メリーの眉がわずかに揺れた。
だが、私兵たちの熱狂が止まることはない。
「姐さんはこちらへ。ベルンの旦那がお待ちしております」
「馬車はオレが移動しておく。赤毛の姉ちゃんは姐さんにつけ!」
「あざッス! お願いするッス!」
御者席から軽やかな身のこなしで飛び降りたのは、燃えるような赤毛を揺らす『海鳥』の娘であった。
彼女はメリーの傍らに寄り添い、周囲を威圧するような鋭い視線を巡らせる。
「メリーちゃん、ジャック、赤毛の娘、よく来た」
出迎えたのは、現国王ヴォルガンであった。
彼は兵卒に混じり、自ら汚れ仕事に従事していたその手を拭いながら、不敵な笑みを浮かべて歩み寄る。
「メリー、疲れてないか? デムハイトからここまで、相当な長旅だっただろう」
傍らには、静謐な覇気を纏った王兄アルベルトが立っていた。
彼は妻を労わるような、あるいは娘の世話をするような優しさをその声音に滲ませる。
「大丈夫よ。ちょっと腰と背中が張るくらい」
メリーは二人の王に対し、臆することなく両腕を広げて背筋を伸ばした。
その一挙手一投足が、周囲で見守る王国兵たちの視線を釘付けにする。
「陛下と王兄殿下に出迎えられているぞ。何者なんだ、あの少女は?」
「馬っ鹿! 知らないのか? あれが『メリーちゃん』だ。とはいえ、オレも実物を見るのは初めてだがな」
「あれが……。何というか、雰囲気あるな」
「本物の生メリーちゃんをこの目で拝めるなんて。ここでの苦労が報われる思いだ……」
(本物の生メリーちゃん……)
背後から漏れ聞こえてくる囁きは、もはや感嘆を通り越し、人智を超えた存在への畏怖に近い。
メリーは意識してそれらを黙殺しようとしたが、続く言葉にその足が止まった。
「この場に似つかわしくない漆黒のドレスも素敵だな」
(似つかわしくない……)
「ああ、メリーちゃんは作業に従事しないんだろう。ただそこにいてくれるだけで士気が上がる」
「商売繁盛、家内息災、魔除けだったよな。ありがたい……」
その言葉が、メリーの忍耐の限界を容易く踏み越えた。
彼女は鋭く踵を返し、その言葉を発した王国兵たちを真正面から指差した。
「誰が魔除けよ! 私も作業するわよ! ちゃんと作業用の服も持ってきてるわ!」
凜とした一喝が、自治区の重苦しい空気を一瞬で霧散させる。
「うおおおおお! メリーちゃんに怒られたぞ!」
「怒った顔も声も素敵だ!」
「メリーちゃんの生着替え会場はここか?」
(生着替え……)
称賛という名の、理解しがたい熱狂が爆発的に広がる。
メリーはその理不尽な反応に顔を歪めつつ、ヴォルガンとアルベルトに促されるようにして、巨大な倉庫の中へと足を踏み入れた。
先頭を赤毛の娘が進み、メリーが続き、その背後をジャックが影のように守護する。
「総員! 作業を再開しろ!」
「ッス!」
背後で私兵たちの力強い咆哮が響き、停滞していた時間が再び激しく動き出す。
薄暗い倉庫内には、救済を待つ人々の喘ぎと、それを繋ぎ止めようとする者たちの執念が充満していた。
「ベルン」
「メリーさん!」
ガメルと机を挟んで物資のリストを広げていたベルンが、弾かれたように顔を上げた。
彼の顔には、幾晩も不眠不休で指揮を執り続けてきた蓄積された疲労の色が濃い。
メリーは足早に駆け寄り、周囲の視線も構わずにその身を彼に預けた。
「ベルン!」
「ちょ! ちょっと! ドレスが汚れます。僕、臭いですし」
慌てて身を引こうとするベルンを、メリーは逃がさぬよう強く抱きしめる。
「そんなの関係ないわ。大変だったでしょう。疲れてない? 怪我とかしてない?」
その問いかけには、偽りのない慈愛と、協力者を超えた同胞として尽力し続ける男への深い信頼が宿っていた。
「大変でしたけど、みんなが助けてくれました。そして今メリーさんが来てくれた。もう大丈夫です」
ベルンは優しくメリーを引き剥がすと、その瞳に静かな安堵を浮かべた。
「ごめんなさい、ベルン。もっとたくさんの人員をあなたにつけてあげればよかった。物資も最初から持たせておけばよかった。……ごめんなさい」
「いいんです。物資はこちらのマルコさんが緊急で届けてくれました。王国軍もすぐに駆け付けてくれました。本当に大丈夫です」
メリーの視線が、ベルンの示した先――ガメルの横で泰然と座る男へと向かう。
そこには、八百屋の親父としての擬態を脱ぎ捨て、一国の王族としての苛烈な覇気を剥き出しにしたマルコがいた。
「お前が『メリーちゃん』か。なるほど、西の反逆者集団の指導者というのも頷ける。覚悟が決まったいい顔面をしていやがる」
(ガンメン……)
その無骨な言葉に、メリーはわずかに首を傾げた。
その彼女の視界の端で何かが揺れた。
ゆら……、ゆら……、と。
不気味なリズムを刻みながら、それは高い梁から吊り下げられていた。
エメラルドグリーンの瞳が、暗がりの中でぼんやりと輝いている。
それは、メリーを模して造られたはずの『お出かけメリーちゃん人形』であった。
だが、その姿はあまりにも凄惨であった。
梁にから垂れ下がった紐が人形の首に括りつけられ、宙吊りになっているのである。
「ちょっと! 『呪いの人形』が『呪いの首吊り人形』になってるじゃない! これはいったい何の儀式よ?」
メリーの悲鳴に近い抗議が、倉庫の静寂を打ち破る。
「ごふっ!」
隣で見ていたヴォルガンが、堪えきれずに吹き出した。
「あ、ああ。すみません。地面に置いておくわけにもいかなくて……」
ベルンの困惑した言い訳が、奇妙な調和をもたらしていく。
その喧騒を、吊るされた『メリーちゃん人形』だけが、見開かれた大きな瞳で静かに、そして底知れぬ深淵を湛えて見つめ続けていた。
──────
薄暗い倉庫の深淵に、埃混じりの陽光が幾筋もの光の帯となって差し込んでいた。
その沈殿した空気の中を、音もなく黒い影が奔る。
ジャックは一切の無駄を削ぎ落とした所作で高い梁へと手を掛け、無慈悲に宙を泳いでいた『お出かけメリーちゃん人形』を救出した。
首を絞め上げていた呪わしい紐が解かれ、人形は倉庫の隅に設えられた木製の椅子へと安置される。
その大きなエメラルドグリーンの瞳は、暗がりの中でぼんやりとした光を宿し、目の前で繰り広げられる奇妙な静劇を凝視していた。
メリーは、椅子に深く腰を下ろしていたガメルを、抜き身の刃のような鋭い眼差しで射抜いた。
彼女の背後には、主を静かに見守るジャックと、不敵な笑みを湛えた赤毛の娘が控えている。
「ガメル! ここに来る途中、あんたの直轄領を見たわ。何もないただの荒野じゃない! どういうことよ!?」
凜とした糾弾の声が、静まり返った倉庫の壁に反響する。
糾弾を受けたガメルは、汚れの目立つ服に身を包み、疲労感をむき出しにした瞳でメリーを見た。
「……っ。私は名前だけの侯爵だ。あの地も名前だけの直轄領だ。先の大戦で焼け野原になったまま放置されている」
ガメルの絞り出すような声音には、隠しようのない自嘲の響きが混じっていた。
そもそも、宰相として国王の傍に侍り続けるガメルに領地の経営などできるわけがなかった。
「私が公爵になったら、あそこに住むのよ? あんな果てしない荒野で、天幕と焚き火だけで暮らせっていうの?」
メリーの眉間に険しい皺が寄る。
望まない公爵としての未来を突きつけられながら、領地は荒野で住む家もないという幾重もの罰ゲームに、彼女の心は激しく波打っていた。
「姐さん、焚き火の番はあたしに任せてくださいッス!」
緊張を切り裂くように、赤毛の娘が快活な声を上げた。
彼女は頼もしげに胸を叩き、メリーを勇気づけるように瞳を輝かせる。
「赤毛……。ありがとう。あなただけが頼りよ……」
メリーはわずかに肩の力を抜き、慈愛を求めて赤毛の娘を見つめた。
「狩猟? 狩猟は任せてください。野兎を捕まえます」
傍らに控えていた別の『海鳥』の娘が、感情を読み取らせない淡々とした口調で、しかし確かな自信を込めて進み出る。
「私はそんな不憫なメリー様を応援してます」
さらに別の『海鳥』が、いつものように控えめながらも揺るぎない献身を誓った。
「みんなありがとう……。私の味方はあなたたちだけよ。……というか、『海鳥』の班長が三人ともここに来ていて大丈夫なワケ?」
メリーはふと、自らを囲む戦力の異常な充実ぶりに疑問を抱いた。
西側の影を司る精鋭たちが、一つの場所に集結しているという事態。
それは、ここが単なる救済の地ではないことを示唆していた。
「メリー様、アルベルト様、ヴォルガン陛下の護衛に必要です。また、ベルン殿とアイゼンハイド侯爵も護衛対象に含まれております。『海鳥』は何人いても足りないくらいです」
ジャックが静かに解説を加える。
「そうなのね……」
(殲滅部隊『鶚』が必要なの? 何を殲滅するのかしら……)
メリーはジャックの話に納得したふりを見せつつも、心の奥底で拭いきれない違和感に首を傾げた。
復興の場に、過剰なまでの死の気配が混在している。
「わかった、わかった。セレスタイン公爵家の復興は王国が金を出そう。ここの復興の後になるが、それは我慢してくれ」
それまで黙って推移を見守っていた国王ヴォルガンが、低い、重厚な声を響かせた。
彼の瞳には、一国の王としての絶対的な意志と、未来を構築するための重い覚悟が宿っている。
「約束よ! 私を荒野に放り出すのはやめてちょうだい! 天幕に住んで木箱を机にして仕事をする公爵なんてゴメンよ!」
メリーはヴォルガンに詰め寄る。
その気迫に、周囲の王国兵たちは息を呑んだ。
「ああ、約束する。幸い、アルベルトに割り当てられた予算が残っている」
ヴォルガンは不敵な笑みを浮かべ、傍らに立つ兄へと視線を流す。
「おい!」
アルベルトの鋭い一喝が飛ぶ。
しかし、ヴォルガンはシレっと目を逸らし、何事もなかったかのように振る舞った。
二人の王の間に流れる、言葉を超えた確信に満ちた空気が、殺伐とした倉庫に不思議な熱をもたらす。
「嬢ちゃんの家の話は済んだか? 今はここの話をしよう」
その空気を切り裂き、マルコと呼ばれた男が重厚な一歩を踏み出した。
その全身からは、虐げられた地を背負う者特有の峻烈な覇気が立ち昇っていた。
「そういえば、あんたは誰?」
メリーは改めてその男を見据えた。
「ガーディスの第三王子、マルコスティーノだ。『鉄屑の誓い』のリーダーでもある」
その告白は、静謐な倉庫内に戦慄を走らせた。
かつての王族であり、地下組織の首魁。
「『鉄屑の誓い』、『呪いの人形』……。そう、あんたが八百屋の親父ね」
「そうだ」
マルコは隠すことなく肯定した。
その瞳には、荒波を越えてきた者だけが持つ、深く、揺るぎない沈黙が宿っている。
「ほら! やっぱり『黒』じゃない!」
メリーは隣に立つジャックを厳しく指差した。
これまでの疑惑が事実となった瞬間。
「ですが、彼は誰よりも早く救援物資を届けた善良な男です。『白』どころではない、英雄です」
ジャックは表情を崩さず、淡々と、しかし一点の曇りもない確信を以て異議を唱えた。
その言葉は、善悪という概念の先にある、生きるための真実を射抜いていた。
「そういう問題じゃないでしょう? 『鉄屑の誓い』はどうなったのよ!?」
メリーの正当な問いかけ。
それに対し、マルコは自嘲気味に肩を竦めた。
「オレがここにいる。奴らとは連絡が取れないし、取る気もない。組織はこのまま自然消滅するだろう」
「あんたはそれでいいの? その程度の気概で王国に反逆してたわけ?」
メリーの言葉は容赦なく、マルコの魂の奥底を暴こうとする。
「元々、『鉄屑の誓い』はガーディスの第二王子とその妻が作った地下組織だ。彼らが年齢を理由に引退し、オレに引き継いだのが五年前。オレは何もしてこなかったし、大した思い入れもない」
「そうなの?」
「当時、アルベルト・アステリアと『剣鬼』オルコット辺境伯が手を組んだという話が流れてきた。オレにできる事なんざぁ何もなかったさ。ヴォルガンとアルベルトが互いに潰し合うのを眺めていればいいと思っていた」
マルコの語る真実は、あまりにも空虚で、それゆえに悲痛な響きを湛えていた。
「ガーディスとセレスタインの因縁は?」
「オレは大戦後、さっさとガーディス自治区を出たからな。兄上やミディア姫の気持ちがわからんとは言わんが、そこまでの執念は持ち合わせていない」
「そうなのね」
メリーは、目の前の男の虚無を認め、わずかに視線を落とした。
「反逆者というのも、嬢ちゃんたち西の連中に比べれば、取るに足らない矮小なものだ。ベルンがそう教えてくれた。もう『鉄屑の誓い』に未練はない。王国への反逆もやめだ」
「西の連中に比べれば、って……。私たちの目の前に王国史上最悪の反逆者がいるのに?」
メリーの言葉に、周囲の空気が瞬時に凍りついた。
「王国史上最悪の反逆者?」
マルコが問い返す。
「ヴォルガンのことよ。王位継承権を持たない王子が、国王と王妃を斬り殺して玉座を奪い取った。これ以上の大罪人、反逆者なんかいなくない?」
「「「ぶっ!」」」
静寂を破ったのは、醜態とも取れる噴射音であった。
アルベルト、ヴォルガン、そしてガメルの三人が手にした器から中身を盛大に吹き出したのである。
そのあまりにも無礼で、しかし否定しようのない真実を突きつけられた衝撃が彼らの理性を一時的に剥ぎ取った。
驚愕に目を見開いていたマルコは、やがてふっと目を伏せると、射抜くような眼差しでメリーを正面から見据えた。
「そうだな。そんな過去の話は、もはやどうでもいい。オレたちがやるべきことは『今』を生き延びることだ」
「いいえ。私がここに来たからには、もうここは『未来』を生きる地に変わったわ」
「……未来を、生きる地」
「もちろん『今』は大事よ。でも、未来を見ずに今を生きてはダメよ。覚悟しなさい。今を生き延びればいいだなんて、そんな甘えた事は許さないわ」
メリーの宣言は、祈りのようであり、同時に逃げ場を断つ峻烈な命令でもあった。
彼女の瞳には、荒廃した地の先に広がる目も眩むような光景が映し出されている。
「おいおい、容赦ねぇな、この嬢ちゃんは」
マルコは呆れたように首を振りつつも、その口角をわずかに釣り上げた。
「そうですね。メリーさんは妥協という概念を持ち合わせていないかのようです。僕はこれまで、メリーさんが誰かを甘やかす言葉なんて一度も聞いたことがありません」
ベルンが苦笑を浮かべながら、盟友への信頼を込めて揶揄する。
「ちょっと……」
心外だと言わんばかりに、メリーが頬を膨らませた。
「そうだな。メリーはいつだって容赦がない」
アルベルトまでもが畳みかけるように加勢する。
その穏やかな表情には、メリーの苛烈さへの深い愛情が滲んでいた。
「あれ? アルベルト様に優しい言葉をかけているのを、あたしは聞いたことがあるッスよ」
赤毛の娘が、悪戯っぽく瞳を輝かせながら口を挟んだ。
「あります、あります。メリー様がまだ十一歳の頃じゃないですか?」
別の『海鳥』が、記憶を手繰り寄せるように頷く。
「『焦らなくていいわ。ゆっくり、ゆっくり……』。こんな言葉を、アルベルト様に囁いていました」
その娘は、驚くほど正確な、そしてどこか妖艶なまでのメリーの声真似を披露した。
「「「キャー!」」」
『海鳥』たちが一斉に歓声を上げ、倉庫内は一瞬にして桃色の熱気に包まれる。
「アルベルト! お前は十一歳の少女に何をしたんだ!」
ヴォルガンが、兄へ鋭い糾弾と軽蔑の視線を向けた。
「誤解だ! 俺は、メリーにそんな淫らなことをした覚えなど断じてない!」
アルベルトが顔を紅潮させ、必死に弁明する。
しかし、燃え盛った状況での弁明は火に油を注ぐ結果にしかならない。
「えー、どんな淫らなことッスか?」
「お子様だったメリー様は、どんなご無体なことをされたんですか?」
「私は鬼畜なアルベルト様も応援してます」
「混ぜっ返すな!」
アルベルトの絶叫が虚しく響き渡る。
その喧騒の中、メリーは一人、虚無の瞳で倉庫の高く煤けた天井を見つめていた。
部屋の隅に安置された『お出かけメリーちゃん人形』の大きな瞳が、その賑やかな命の燃焼を愛おしげに見つめ続けていた。
「焦らなくていいわ。ゆっくり、ゆっくり」
忘れた方、気になる方は第20話をご確認ください




