ジルベールの付け火⑤
「ジャスティンはまだ中にいるんだな?」
「た、多分……小火騒ぎ程度で慌てる人じゃないし、社長室には凄腕の護衛をつけていますから。
正直、陛下が一人で殴り込んできたくらいでは動じないかと」
「それはとことん都合がいいな」
少年を連れて階段を昇り、各階に火を次々とつけていく。
過去に発刊された新聞、記事の原稿、取材資料などなど……ウォールマン新聞のありとあらゆる仕事を燃やしていく。
紙切ればかりだからよく燃える。
しかしこんな紙切れ一つで民の思想や感情が弄ばれた。
安全な場所で何の責任も持たず他者の人生を振り回し、蹂躙し、それを社会正義などとのたまってきた奴らに……そのツケを今、支払わせている。
人を傷つければ、傷つけ返される。
物を奪えば、奪い返される。
嘘で騙せば、心を閉ざされる。
私はウォールマン新聞社を焼き尽くす。
建物だけではない。
奴らが積み重ねた罪を白日の元に晒し、二度と民に信じてもらえないようにする。
そして啓蒙するのだ。
真実とは他人に与えられるものではなく、自ら探究し熟考して得るものでなければならないと。
六階まで炎で焼き尽くし、階段に戻ると登り階段の中腹に軽量鎧をつけた護衛らしき男が二人立っていた。
「ようやく尾に火がついていることに気づいたか。
にもかかわらず社長は引き篭もったまま出てこないとは貴様らも苦労するな」
嘲るように言うが、男たちは眉一つ動かさずに鉄製の短槍を構えた。
民間における刃物類の武装は禁じられており、槍も例外ではない。
それを私の前でチラつかせるあたり、向こうも覚悟を決めているということか。
「ジャスティン……文字通り私に刃を向けたな。
良かった。これで心ゆくまで叩き潰せるというものだ!!」
私は案内役の少年を投げ捨て、護衛たちに飛びかかる。
不遜な態度を取るだけあって体捌きはなかなかのモノだ。
私の斬撃を受けるのは難しいと判断し、避けてやり過ごす。
奴らを追っているうちに7階の広間に出てしまった。
パーティでも開くための場所なのか、円卓が何卓か置かれている以外は特に物のないだだっ広い部屋だ。
ようやく自分達の武器が活かせると言わんばかりに二人の護衛が反撃を開始する。
予備動作なしに最短距離を貫こうとする突き技が私の腹に向かって放たれる。
当然、私は剣で弾く。
腕力では私の方が上だ。
一度弾けば体勢を崩せるので連撃はされない。
相手は二人いるため、一気にたたみかけるわけにはいかないがジワリジワリと押し込んでいく。
勝てる! と確信する直前、背中に冷たいものが走り、反射的に前方に飛んだ。
ブシュン! と鋭い風切り音が背後で唸った。
着地と同時に振り返ると私の身体があった場所を槍で貫いている別の男がいた。
避けられるとは思っていなかったらしく、驚きが顔に滲み出ている。
だが、これで3対1。
連携を取られれば防戦は免れずジリ貧だろう。
「ならば……こっちも本気でいかないとな」
鞘に剣を納め極端に前傾姿勢を取る。
こちらの構えを見て護衛たちは互いの距離を広げて攻撃を受ける構えを見せた。
誰か一人を攻め立てる瞬間を狙って残り二人が背後側面から仕留めに来るつもりだな…………やれるものなら、やってみろ!
地面を蹴り、最速で正面の男を剣の間合いに入れた。
鞘を刃に押し付けながら抜剣するとシルバスタンが煌めき燃える。
剣筋は炎の尾を引き、私を護るように取り囲んだ。
「うわっ!!」
突然出現した炎に虚をつかれ、敵は怯んだ。
その一瞬で十分だった。
「ハアアアアアッ!!!」
燃え盛るシルバスタンの一撃は砲撃にも匹敵する。
護ろうとする槍を弾き飛ばし、軽量鎧を粉砕してなお、屈強な戦士を気絶せしめる破壊力があるということだ。
渾身の一閃を繰り返すこと三度。
衝突するごとに巻き上がる炎が大きくなり、三人目を壁に向かって吹き飛ばした時には業火が剣を覆っていた。
炎を散らすため、虚空に弧を描きながら剣を走らせると、花吹雪のように舞い落ちる火の粉が空間を赤く彩っていく。
自らが作り出した幻想的な光景の只中にいると勝利の高揚感と策が見事にハマった快感に酔いしれたくなる。
だが、まだだ。
私は成し遂げていない。
障害を一つ取り除いただけだ。
火が小さくなった刀身を無理やり鞘に納め鎮火し、階段に戻る。
案内役の————名前くらい聞いておくべきだったか。あの少年はもういない。
だが、迷うことなく最上階に進む。
立ち塞がるものはいなかった。
最上階には如何にも、といった感じの大仰しい観音開きの扉だけがあった。
この先にジャスティンはいるのだろうか。
既に逃げ出したかもしれないし、もしかしたら罠を張って待ち構えているかもしれない。
呼吸を整えろ。
怒りは爆発させるべき瞬間まで必死で押さえ込まなければならない。
勝利条件を間違えるな。
奴を殺して終わるような話ならとうの昔に終わっている。
やらねばならんのは新聞に、マスコミの報道に絶対の信憑性などないということを国民に知らしめることだ。
そのためには奴に今までの偏向報道を認めさせなければならない。
一方的に情報を発信できる立場ということを利用して民心を支配しようとした。
そのことを知れば国民は今までのようには操られなくなるはずだ。
たとえ私が廃位され、ダールトンが王位に就こうとも、ジャスティンが生き延び、同じことを繰り返そうとも……民は過ちを繰り返さない!!
もはや願いだった。
分かっている。
民のことを思うならばもっとやり方はあった筈だ。
それをできなかったのは自分の怒りの解消を優先したせいだ。
だが、それでもこの怒りの終着点はできる限り正義に殉じたものであるべきなのだ。
怒りに突き動かされたのも私ならば、今日の日まで耐え続けて王国を守り続けたのも私なのだから。
「————————」
私はそう呟いて、社長室の扉をシルバスタンで叩き壊した。




