ジルベールの付け火④
少年が私を案内したのは地下だった。
短い階段を降りた先には分厚い金属製の扉があって、その向こうに現像のための部屋があった。
赤いガラスで作られたランプが部屋を真っ赤に照らしており、そこには多くの従業員たちが駅の中から紙を並べたり、取り出したり……
「あっ……」
ある従業員の手元に、レプラの写真があった。
何も隠されていない秘部まで露わになった裸の写真が。
しかもやつは、あろうことかマジマジと見て下卑た口元を緩ませている。
「痴れ者がっ!!」
瞬時に距離を詰めて頬を殴り飛ばした。
奴が派手な音を立てて床を転がると一瞬のうちに混乱は広がり、ざわめきで部屋が埋め尽くされる。
よくよく見てみればレプラの写真だけでなく、他の女の裸の写真も混ざっている。
これで裏付けは取れた。
「なぁ……どうしてここにロイヤルベッドに貼られていた写真があるんだ?
これではまるでウォールマン新聞社は低俗な記事を世に出す際にはロイヤルベッドの名前を使っているように見えるぞ」
嬲るように少年に詰め寄る。
すると彼は怯え切った目で、
「そ、そのとおりですぅ!!
ウォールマン新聞は老若男女誰に読ませる新聞であるために性的な内容は載せていません!
スラッパーのような頭の悪い連中にも読ませるには下世話なネタが必要だったんです!」
と許しを乞うように白状した。
だが、媚びで冷めるほど私の怒りはぬるくない。
「その下世話なネタを信じ込んでしまった連中のせいでどれだけの人が犠牲になったか、知っているか?
婚約を破棄されたり、店が立ち行かなくなったり、誘惑されるようになったり…………
貴様はもし自分の母親や妻のことが悪く書かれて国中の人間に伝わったらどう思う?
裸を晒されゲスな妄想で汚されたらどう思う?
関わった人間全員を殺し尽くしてやりたいとは思わないか?」
「お、お許しください!! 陛下あああ!!
二度とこのようなことは致しません!!」
少年は床に平伏し叫ぶように謝り続けた。
これ以上コイツに何を言っても意味はあるまい。
それよりも、だ。
既に現像されている写真やフィルム……とりあえずこれらを処分しよう。
手っ取り早く、それでいて派手に。
「この部屋から何も持ち出すな。
反した場合、容赦なく頭にこの剣を振り下ろす」
私はそう言って、部屋の壁側に設置された棚に置かれているフィルムや印画紙、現像に使う水溶液に近づいた。
シウネに話を聞いておいてよかった。
私は化学分野には疎いがそれでも理解できるよう彼女は写真にまつわる知識を語り聞かせてくれた。
たとえば、フィルムは可燃性であり、現像液は気化すれば引火生のガスを発生させる…………
すまんな、シウネ。
そなたが授けてくれた知識を私は悪虐に利用しようとしている。
学者としての良心が痛むことだろう。
嫌って、石をぶつけてくれて構わんからな。
シルバスタンを鞘に収め、腰に溜めるようにして構える。
この剣の刃を覆う銀は特殊な銀である。
通常はひたすらに硬い金属であるが、摩擦により削れた銀粉は火薬さながらに燃焼反応を巻き起こす。
それはすなわち————
「ハアアアアアッ!!」
鞘を削るように刃を走らせ、抜き放つ。
すると刃を覆う銀が太陽のように煌々と輝き、焔を巻き起こしそれを纏った。
従業員どもは突然の火災に慌てふためく。
私はそんな彼らの恐怖を煽るように剣を振りかざし焔を大きくしていく。
「な、何をなさるんですかぁぁあああ!!?」
「決まっているだろう。
燃やし尽くすのさ。
元を絶たねば複製は終わらない。
その写真はこの世にあってはならぬものだ!!」
叫び、荷物の置かれた棚を斬りつけた。
両断されたフィルムや印画紙は切断面から勢いよく燃えて、現像液もたちまち引火し、灯油の如き勢いで燃え広がる。
「うわあああああっ!!
火事だっ!! 逃げろおおっ!!」
パニックを起こした従業員たちが大慌てで扉に向かって逃げていく。
まあ良い。
案内役は一人でいいからな。
「ギャアアアアアアアアっ!!
な゛ん゛でぇ゛ぇええええええええ!!!
僕だけ逃してくれないの゛おおおおおお!!」
再び少年の襟首を掴んだ。
「若造のような見てくれだが、貴様それなりの地位の者だろう。
すれ違う者たちが皆、頭を下げていた。
お前は当然のように頭を下げなかったがな」
「そ、それは陛下に対してでは」
「おいおい国王に対して会釈程度の礼で済ませるなど不敬が過ぎるだろう。
私の顔を知っている者は少ないんだ」
もし、シウネが計画どおり私の舞姿の写真を国中にばら撒いていたのなら少しは違っただろうが。
「ジャスティンの元にたどり着くまで、私は貴様を利用する。
同情を買えると思うなよ……
ウォールマン新聞社の社員で高い地位にあるということは、私達を踏みにじることを生業にして良い思いをしているという証なのだからなあっ!!!」
焔を撒き散らし、部屋の中のありとあらゆるものを切り刻んでいく。
炎は倍々に膨れ上がっていき、すぐに部屋全体を埋め尽くし始めた。
頃合いだ、と思って扉に向かおうとすると扉は固く閉ざされていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっっ!!!
アイツらぁっ!! ぼぐがごごにいるごどわ゛っがっでるのにぃぃぃぃぃ!!!」
少年は汚い声を上げて涙をボロボロ流して喚き散らしている。
どうやら人望は無いようだ。同類だな。
剣を構えて呼吸を整える。
肺に送り込む空気が熱く曇ったものになってきている。
長くは保たない。
「いまさら剣一本で何ができるっていうんだよおおおおっっ!!
バカあああああっ!!
この扉は鋼鉄製で壺いっぱいの火薬で爆発させてもびくともしな————」
「せやああああああっ!!」
私はシルバスタンを振り下ろす。
扉の蝶番の部分を狙って。
バキィン! と音を立てて蝶番は壊れた。
そして全身を捻り渾身の一撃で扉を叩く。
大きな鐘を鳴らしたかのような爆発的な金属音が響き、扉は前に倒れた。
外の空気が流れ込んだことで背後の炎が膨れ上がる。
その手につかまらないよう少年をぶら下げながら走り出す。
「う、うそぉでしょおおおお!?
あんたバケモンですか!? 陛下あっ!?」
「無礼な奴だ。
私がどの程度の腕を持っているかくらい掴んでおけ」
階段を一気に跳び上り、エントランスに戻ってきた。
従業員たちが大慌てで建物の外に逃げ出している。
上の階からも降りてきているようだが、その中にジャスティンの姿はない。
「なあ。さっき『剣一本で何ができる。バカ』と私を罵ったな?」
「……言ってませんヨ」
キョトンとした顔で目を逸らす少年。
パチン、と頬を張った後、顎を掴んで語りかける。
「この剣一本で新聞社を焼き、マスコミを殺す。
もう、お前たちの思いどおりにはさせない」




