ジルベールの付け火③
赤色の巨塔————ウォールマン新聞社の社屋は赤煉瓦作りの九階建ての建物だ。
王都の土地は限られており、一つの会社が持てる土地の面積は制限されている。
故に建物は高層化が進むのだが、奴の会社は特に目立って高い。
一部100オルタそこそこの新聞でどうやって利益を産み出しているのかは知らないが随分と羽振りは良くみえる。
正面玄関には体格の良い守衛の兵士————いや、平民に雇われているのなら用心棒と言ったほうが正しいな。
用心棒がふたり、刺股を地面に突き立てるように持って立っている。
ズカズカと歩いてくる私に気づいた彼らは踵を浮かし警戒を強めた。
「ジャスティンはいるか?」
「答える必要はない」
にべもなく拒絶された。
まあ当然か。
ラフな格好をして剣を腰に下げた男が社長の名を出すのだから。
「余が、国王ジルベールが面会を希望しているのだ。
すぐに伝えよ」
シルバスタンの柄に彫られた王家の紋章を見せつけて言う。
だが、彼らは聞く耳を持たず鼻で笑う。
「お前みたいな奴はしょっちゅう来る。
国王陛下ならば豪奢な服を着て、家来を引き連れて訪れるだろう。
少しは似せておけよ!」
そう言って、用心棒は足で押し出すように私の腹に蹴りを打ち込んだ……が、
「うおっ!!」
蹴りを入れた男の方が後ろにのけぞって尻餅をついてしまう。
「テメェ!! なんの真似だ!?」
片割れの男がそう言って刺股を構える。
私はただ踏ん張って耐えていただけだ、と反論する前に槍のように刺股を突き出してくる。
しかし鈍い一撃など恐れるに足りない。
棘の付いていない棒の部分を引っ捕まえると動きはあっさりと止まった。
どうやら彼らと私には遥かな膂力の差がある。
門番に配置した戦力がこの程度。
ならば力づくで押し切れる。
「先制攻撃に過剰防衛。
お前たちが王宮の守衛であれば大悪人として新聞に書かれているところなのに……
身内には甘いものだな」
「まさか……貴様!? 本当に————」
「ジャスティンに伝えよ。
『貴様の望んでやまなかった邪悪で凶暴な王がやって来た』と」
腰からシルバスタンを抜き放ち、刺股を叩き割る。
用心棒たちは慌てふためいて建物の中に逃げ込んでいった。
それを追うように私も建物の中に入る。
ウォールマン新聞社のエントランスは非常に現代的で洒落た造りだった。
柱は極力少なく、壁や調度品はモノクロームな色合いに統一されている。
従業者なのか来客なのか分からんが2、30人はいる。
いつも通りの日常を送っている、と言う顔で。
そんなところに取り乱した用心棒たちと殺気立ち剣を持っていた男が乱入してくれば当然、パニックが巻き起こる。
逃げ惑う彼らを叱責するように私は声を張り上げる。
「聞け! 我が名は聖オルタンシア王国王ジルベール!!
王室専用剣シルバスタンに彫られた紋章がその証!!」
シルバスタンを掲げ、辺りを見渡す。
言葉を聞かず逃げる者もいれば、驚愕の表情で私を見つめる者もいる。
まあ、どうでもいい。
「長らくウォールマン新聞社は社会の公器としての分を弁えず、事実無根の捏造記事や特定の相手の名を毀損し不利益を与える偏向報道を続けてきた!!
先日に至っては無辜の民が集う修道院に対して暴動を煽動するような記事を書き!
私の、大切な…………」
言葉を紡ぐほどに思い出されるこれまでのマスコミの悪業。
はらわたが煮え繰り返り破壊衝動に突き動かされそうになる。
強く歯ぎしりをして怒りを押し殺し、言葉を続ける。
「……臣下臣民を傷つけた!!
もはや一切の猶予はない!!
ジャスティン・ウォールマン!!
責任者として余の前に平伏し、全ての罪を告白せよ!!!
誤った記事を訂正し傷つけた者たちへの賠償を行え!!
そして、先日市井にばら撒いた女の裸の写真を回収し、元となるフィルムも破棄せよ!!」
そう言ってシルバスタンを床に突き刺した。
爆ぜる音とともに突き立てられた大理石は陥没し、広範囲にひび割れが広がった。
その様子を見て周囲の人々は息を呑んだ。
まさか国王にこのような圧力をかけられるとは思っていなかったのだろう。
凍ったように固まる人々の中にただ一人、コソコソと這いつくばりながら逃げようとする男がいた。
一足跳びにその者に近づき、首根っこを掴んで拘束した。
「貴様、ここの社員か!?」
「ヒィィィィィィっ!!
ハイ!! あ、いや、無関係ですぅ!!」
慌てふためく男……というより少年か?
仕立てのいい服に身を包んでいるが顔立ちが幼い。
癖の強い赤い髪が綺麗に刈りそろえられていることも余計に彼の経験の浅さを感じさせる。
「おい、写真の現像はどこでやっている!?」
「な……なんのことですか?
げんぞーって」
とぼけた顔をした少年の頬を手の甲で叩いた。
さらに胸ぐらを掴んで壁に押し付け怒鳴りつける。
「しらばっくれるな!!
散々レプラの写真を焼き増ししているだろう!!
今すぐ案内しろ!!
殺されたくなかったらな!!」
写真の現像……教皇庁からの帰り道。
馬車に同乗していたシウネが写真にまつわるありとあらゆる情報を語り聞かせてくれた。
カメラで撮影した像はフィルムに記録され、そこから印画紙に顕現させるには現像という工程が必要になる。
それには暗く密閉された空間が必要。
しかも売って配るほど大量に行うとなればかなりの敷地が必要になるはず。
新聞に貼り付け販売することをあのスピードで行ったのであれば、写真の現像場所は新聞社内にあると考えるのが自然だ。
「わ、わかりましたよぉ!
だから痛いことはしないでくださいよぉ……陛下ぁ」
涙声で訴えかける少年。
苛立ちを覚えながらも彼の胸ぐらから手を離した。




