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【完結】 クラスメイトは『大切な人を救うために死に戻る能力者』  作者: 破れ綴じ
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[28:00] 『大切な人』

 WPPOが国際テロ組織『ネメシス』の全構成員を拘束したと発表して──今日で一週間ほど。

 とはいえ、いつも通りWPPOが世界の脅威を未然に防いだだけ。世間はもうあんな事件ほとんど覚えていないだろう。

 僕がそのニュースを見たのは……港近くのレストランだったか? 

 5日目の朝。セイラにとっては、何十周しても一度も来なかった朝だ。朝食の焼き魚を突きながら、レストラン隅のテレビで速報が流れているのを二人で見た。


 WPPOの発表によれば、こうだ。

 ネメシスは以前から監視対象だった宗教団体で、近年は大規模なテロを計画していた。WPPOは公式の予知によってその計画を事前に察知し、世界各地の拠点を同時に摘発。構成員は一人残らず拘束され、計画は未然に防がれた。一般市民への被害はゼロ。

 何を計画していたのかについては「大規模テロ」とだけ。


 ……まあ、うん。

 間違っては、いない。


 予知で察知したのも事実だし、未然に防いだのも事実だ。

 そこに至るまでに、どこかの高校生が電話口で「南半球にいる全ての人間を殺害する命令を出してください」と頼んだという部分が抜けているだけで。

 あと、隕石の話も丸ごと抜けている。太陽の裏側から直径10kmの岩石が降ってくる予定でした、なんて発表すれば世界中が大混乱になるだろうから、伏せるのは当然なんだが。

 僕の名前が一つも出てこないのが一番ありがたい部分だ。もし出ていたらテレビ画面を見るセイラの顔が蒼褪めていたことだろう。

 事情を知らない彼女は、ただWPPOが摘発を早めた、そう認識してくれていればいい。


 それにしても、あの岩石はどうなったんだろうな。

 軌道修正の途中だったということは、岩石そのものはとっくに生成済みということだ。それでも今、死に戻りが起きていないということは、もう地球に降ってくることは無いということになる。

 能力者本人に解除させたのか。それとも、あのまま太陽の裏側に置き去りにされて、本当に『伴星ネメシス』になってしまったのか……。

 見えない伴星が彗星を降らせて大量絶滅を起こす、という仮説から名前を取った連中だ。その伴星が、結局何一つ降らせずに太陽の裏で回り続けているのだとしたら、随分な皮肉じゃないか。






 後はまあ、ほどほどに観光を楽しんだ。

 とはいえ、見た内容より、やたらメッセージの返信に追われていたことの方が印象的だ。

 せっかくの父島なのに「今何してる」「どこにいる」「何をしている」的なメッセージを捌くのに手一杯で、あまり楽しめなかった気がする。


 帰りの船は、予約した通り僕の特1等室だった。

 新幹線も隣の席。セイラはずっと窓の外を眺めては「マコト、あれ見て」を繰り返していた。家族と離れた、純粋な旅をした経験が無いだろうから新鮮だったんだろう。

 行きは一人で、何を考えながら同じ景色を見ていたんだろうな。


 セイラは家に帰ったその日のうちに何事も無く「マコトのこと、思い出した」と家族に宣言したらしい。

 辻家の中では「何かの照れ隠しだったのではないか?」「旅行に行って吹っ切れたのか?」「もしや旅行中に何かあったんじゃ……」等と噂されているらしい。にぎやかで何よりだ。

 僕といえば三好ルナに三十万円近くの借金ができてしまった。彼女は「別にい~よ~」と言ってくれているが、いつか必ず返さなくてはいけない。


 ……となると、残りはWPPOの「あの件」と。

 今夜のこと、そしてミオのあのメッセージ……か。






 ──『マコっち。今日の夜、説明してもらうから』






 *






「マコっち。ウチは怒ってます。分かる?」


「謝罪したいが、何故怒っているのか分からないまま謝罪するのは失礼だと思うから説明してほしい」


「………………1、2、3、4、5、6」


 ……いきなり何なんだ。


 いやまあ、説明してもらうからの時点でよろしくない気はしていた。

 だがまだ座ってすらいないんだぞ。手土産だってさっき三好ルナに渡したばかりだ。


 第一、今日は──全員が無事合格できたことを祝うパーティーなんじゃないのか。


 日頃の勉強会に参加していた面々の僕、ミオ、ハルキ、アサヒ、九条ノドカ、三好ルナ。

 計6人で、三好家に場所を準備してもらい、お互いを労うという……もっとこう、安らげる空気感をイメージしていたんだが。

 ハルキもアサヒも、ソファで寛いでいないで止めてくれないか。

 九条ノドカ、君も律儀に正座して成り行きを見守らなくていい。

 三好ルナに至ってはにこにこしているだけじゃないか。ここは君の家だぞ。


 第一、ミオを怒らせるようなことをした覚えは無い。

 勉強会はすっぽかしていないし、メッセージを無視したことも無いはずだ。合格の報告だってちゃんとしたし、旅行中だって写真を送った。最近、若干アサヒへの気持ちを諦めているような様子が見られるが……それは僕の責任じゃない。できる限りのフォローはしてきたはず。

 そもそも、僕は君が喜んでいるものだと思い込んでいた。君の合格は僕にとって自分のことのように……いや普通に君の親より喜んでいたと思う。


「写真」


「写真?」


「セイラとのツーショット。二人きりで泊まりとか、マジでありえないんだケド」


「それは……」


「しかも部屋一緒だったって? セイラから聞いたんだからね」


「……確かに。今思うと結構凄いことやってるな僕」


 冷静になって考えてみたら、僕の行為は相当なものだったかもしれない。

 あの時は「セイラを死に戻りから救わなくてはいけない」という使命感に駆られて奔走していたが……いくら彼女を一人にしてはいけないからとはいえ、食事も風呂も睡眠も、行きから帰りまで全部同じ部屋というのは……。

 うん、ちょっと行き過ぎだ。僕自身、セイラに「もっと危機感を持て」と言っていたが、その僕自身がかなり距離を詰めていたんだから対人経験の薄いセイラに非は無かった。


 写真なんて送られたら煽っているように見えてもおかしくない。皆喜ぶだろうという僕の考えが少々安直だった。

 アラタも、僕が送った写真を見て「兄さん? これは彼女の人? 違うよね」と言っていたし、勘違いされやすい距離感だったのは客観的に見ても明らかなんだ。

 すぐアクセスできない離島で、目を離すと不安になる親友が、知り合いとはいえ男と同じ部屋で過ごしている……ミオが心配するのも当然だろう。

 確かにこれは謝罪すべきだ。


「すまなかった、ミオ。心配をかけた」


「ふーん、認めるんだ。こっちは合格発表まで気が気じゃなかったのに、マコっちは女の子とべったりデート旅してたって認めるんだ。ふーん?」


「なんだその言い方……いや、認める。あの写真は、送る前にもう少し考えるべきだった」


「……ぐすん」


 言い訳の余地は無い。

 小笠原にいた理由は話せないが、話せないことと心配をかけたことはまた別の話だ。


 ハルキも僕が帰ってきた翌朝に、もう僕の家の前に立っていたな。

 こっちが訪問の理由を聞く前に「マコト。あの写真について、説明してもらおうか」と、おはようの一言も無く。

 玄関先で小一時間問い詰められて、最後は「イマジナリー」で何かを検証して、「……マコトが嘘をついていないことは、分かったよ」とだけ言って帰って行った。代わりに「これから旅行に行くときは必ず僕も連れて行ってくれ」とかなり無茶な釘を刺されてしまったが。思い返せば、あれも心配の裏返しだったんだ。

 ほら、今も向こうの方でアサヒと会話しながら時折こっちを見ている。今でこそ納得してくれているし、それもあってミオの気持ちが分かるんだろう。

 まあミオとの旅行は「二人きり」と先に約束しているから連れていけないんだが。


 あれなんかすごく睨んできてるな。

 結構ガチで僕とミオのこと睨んでるな。

 手に持ったフォークを下ろす気配がないのはどうしてだろう。

 よく見たらアサヒが「ステイ!」って言ってるな。

 よく見たらアサヒが押さえつけてくれてるな。

 あれ納得してくれてるのかなこれ。不安になってきたぞ。


「それに……合格したら二人で旅行行こうって、約束したじゃん」


「ああ。覚えている」


「なのに、ウチより先に、セイラとは行っちゃって……チョコだって渡せなかったし、なんか名前呼びになってるし……」


「……」


 う……うぅん。


 つまり、今のミオはかなりショックな状況なんだ。

 1. そもそも合格発表が気になってずっと不安だった。

 2. その間、一番の親友と勉強を教えた恩師は二人で旅行に行っていた。

 3. 傍から見るとかなり危機感のない旅行で、親友の身が心配だった。

 4. 僕との約束も、後回しにされたような気がしていた。

 5. にもかかわらず、今日の合格発表まで何も言わずに黙っていた。


 しかも彼女は「旅費を全部出す」と言っていたんだ。勿論そんなこと認める訳にはいかないが、それだけ彼女は僕との卒業旅行に強い思い入れを持っていてくれたはず。

 彼女の受験勉強の苦労も知っていたはず。九条ノドカとポンポンを持って応援し、ミオから「うるさくて集中できない。『頑張れ頑張れ』って囁きボイスで録音してちょーだい」と言われた日のこともまるで昨日のことのように思い出せる。

 にもかかわらず、僕は呑気にパッションフルーツジュースを堪能していた。

 しかも親友の貞操の危機というおまけつきで……。


「ミオ、本当に悪かった」


「……ほんとにそう思ってる?」


「本当だ。君との旅行の内容がどんなものであろうと、僕は喜んで着いて行くと誓おう」






「……部屋が同じでも?」


「構わない。一度できたことが、君にできない理由がない」






「…………ベッドが同じでも?」


「寝苦しそうだが良いだろう。耐える覚悟はできている」






「………………追加で何でも一つお願い聞いてくれる?」


「君が法律に反する頼み事をしないことは信じている。オールOKだ」






「………………じゃあ、許す」


「ありがとう」


「んーん。じゃあちょっとルナと相談してくるから……」


 ……ああ、良かった。

 いや、良かったと言っていいのか分からないが、少なくともミオの肩から力は抜けたらしい。早速三好ルナに話しかけに行っているあたり、旅行についてのアイデアでも聞きに行ったのだろうか。


 質問内容の意味は分からなかったが……おそらく、「それぐらいの要求をしてもちゃんと即答できるか」を見ていたのだろう。ここで僕の個人的な感情を振りかざしていては誠意が無いと判断されてもおかしくない。

 実際、部屋やベッドを同じにすることは無いだろうな。セイラが心配だからさっき詰めていたのに、それと同じことをしては今度セイラが心配するだけだ。

 危ない危ない。「耐える覚悟はある」だなんて、変に意識してしまうところだった。


 ──「日高君。僕はマコトに、一度原点に立ち返ってもらう必要があると思うんだ」


 ──「落ち着け! お前イマジナリーと喧嘩して負けたって言ってたじゃねーか!」


 ──「う~ん。ルナちゃんとしては、三人のうち誰を応援したらいいか迷うなぁ~」


 ──「ルナ~……! そんなこと言わないで一緒にウチのプラン考えてよ~……!」


 ……しかし、まさかこんなことになるとはな。

 ここにいる面子で、2年前に友人だったのはハルキだけだ。他にも友人はいたが、この2年で最も長い時間を過ごしたのはここの5人と……そしてセイラになる。


 ハルキは僕以外友人がいなかったのに、今やアサヒを友人として認め、ミオや九条ノドカについても……まあ、いずれ良好な関係を築いていけるだろう。

 アサヒは学校こそ違ってしまうが、案外家が近いことが分かったからな。母さんを救うためにも協力してくれたし、今後一生の友となっていくのは間違いない。

 ミオはこう見えてもかなり変わった方だ。僕には素を見せるようになったが、自分に自信をつけ、周囲の顔色を過度に気にすることは減っていった。僕との練習の成果だろうか。

 三好ルナについては……謎が多いな。いずれ色々教えてくれるといいんだが。


 そして……。


「(瀬尾さん瀬尾さん!)」


「ん?」


 おお、九条ノドカ。

 君もだいぶここに馴染んだよな。やって来たのはかなり後だったが、桜台にも無事合格したし、今後も学業と並行して、僕を護衛する日々が続いていくんだろう。


 まあ、それも今までと全く同じ立場という訳ではないが……。






「(これからは──同僚として、よろしくお願いしますね!)」


「(……勿論だ)」






 旅行から帰ったあの日。

 局長からも「直々に」、そう言われたからな。






 *






「瀬尾さん。こちらです」


 旅行から帰ってきた、その帰り道。

 駅を出たところで九条ノドカがいきなり現れて「お話があります」とだけ告げ、そのままあれよあれよという間にこんなところまで連れてこられてしまった。

 いつもなら「何なりと」だの「瀬尾さんのお役に立てるなら」だのと色々言ってくれるのに、今日はやけに簡潔だったな。それだけ大事な用件だということなんだろう。


 駅前から少し外れた通りの、何の変哲も無い、防災関係の調査会社ビル。

 言われなければ、ここがその場所だなんて誰も思わないだろう。というか、僕も言われるまで思わなかった。この通りは本屋の帰りに何度も通っているはずなんだが。


 しかし、まさか局長本人がここへ来ているとは。


 電話で話したのは小笠原に着く直前の一回きりだ。特別対応局の一番上の人が、局の本部からわざわざこの街まで出向いてきたということになる。

 まあ、用件については察しがついている。あの電話の途中で思い至ったことが、正しかったのかどうか。それも、この扉の向こうで分かるだろう。


「失礼します。瀬尾マコトさんをお連れしました」


 ──「ありがとう、九条。入ってもらってください」


 ……電話と全く同じ声だな。

 いや、同じ人なんだから当たり前か。


「瀬尾マコトです。失礼します」






「初めまして、と言うのも変ですね、瀬尾君。局長の真鍋です。どうぞ、掛けてください」






 ……思っていたより、普通の人だ。普通の人という言い方は失礼か。

 特別対応局の局長と聞いて、勝手にもっと威圧感のある人を想像していたんだが、目の前にいるのは物腰の柔らかい、穏やかそうな女性だ。九条ノドカの上司の上司の、そのまた上くらいの人とは思えない。

 ただ、その穏やかさのまま、あの電話で僕の作戦を丸ごと言い当てたんだよな。そう考えると、普通どころか一番油断してはいけない人だ。


「先日はありがとうございました。報道はご覧になりましたか」


「はい。小笠原で」


「そうですか。あの件について私からあなたにお伝えできることは、報道以上のものはありません。ですが、お礼だけは直接言っておきたくて」


「こちらこそ、ありがとうございました。最後まで話を聞いていただいて」


「それが仕事ですから」


 まあ、WPPOの人間ならそう答えるのだろうな。


 電話口で南半球の全員を殺す命令を頼んできた高校生の話を、最後まで聞くのが仕事。普通なら、一つ目の頼み事を聞いた時点で電話を切っているところだ。

 しかし、世界の危機となればどんなものも無視できない。あの日も、規則の範囲で一番効く手を選んだだけ。それを「仕事」と言い切れるから、局長なんて立場にいるんだろう。


 ……ただ、これは本命ではない。

 礼を言うためだけにこの街まで来た訳じゃないはずだ。特別対応局の局長がそこまで暇だとは思えないし、やっと帰ってきた僕をこんな風に呼びつける意味だって無い。

 九条ノドカに簡潔に呼び出させたのも、本題が別にあるからだ。


「瀬尾君」


「はい」


「今日は、あなたにお願いがあって来ました」






「WPPOに──来ていただけませんか?」






 ──狙い通りだ。






 あの電話で局長がWPPOの手の内を明かした時から、こうなるだろうとは思っていた。

 部外者に、あんな情報を渡す訳が無い。渡すのは──僕がいずれ、教えようが教えまいが、どちらにせよそれを知る立場になるからだ。


 WPPOの予知に一切映らない世界規模の危機。

 それを、能力者でもない高校生が事前に知っていて、電話一本で知らせてくる。

 WPPOがそんな人間を放っておくはずがない。必ず手元に置こうとする。

 あの電話の途中でそう思い至ってから、ここまでが僕の作戦だった。


 ……とはいえ、顔に出す訳にはいかないが。

 もしここで「計画通り」なんて顔をしてしまえば、WPPOに潜り込むことが目的だと思われかねない。


「理由は三つあります」


「三つ」


「一つ。あなたは、私達の予知に映らない危機を、事前に知らせてくれました」


「……」


「二つ。九条の報告です。この1年半の調査で、あなたが信頼に足る人かどうかは分かっています」


「……」


「そして三つ目。あなたが能力者かどうかについて、九条の調査は最後まで結論を出せませんでした」


 ……ん? 


「ですので、それはもう問わないことにしました。あなたご本人が否定する以上、記録上は能力者ではない方として扱います。私達が必要としているのは能力の有無ではありません。私達に見えなかったものを、あなたが先に知らせてくれた。その実績です」


 なるほど。

 判定は保留のまま、規則上一番軽い扱いで迎え入れる、と。

 調査を打ち切る理由としても、僕を手元に置く理由としても、筋が通っている。

 本来は面接やらの手順を挟むのだろうが……九条ノドカの「スカウト」と称した1年半近くの調査が、既に僕の信頼性の担保になっていると。


 ……もっと言えば、監視の意味合いもあるのだろう。


 完璧に偶然ではあるが、僕はこれまで何度もWPPOのシステムを言い当ててきた。予知の主体が報道であることも、予知の結果を現場に伏せていることも、そして今回の手法も。

 WPPOから見れば、僕は「見逃せない人材」であると同時に「極秘情報を把握しているかもしれない重要人物」だ。能力の有無がどうであれ、そんな人間を自由にさせるより、手元で管理しておいた方がよっぽど都合が良い。何も無ければ、ただ有能な人材を一人得ただけで終わる。

 局長がそれを口にしないのは、言う必要が無いからだろう。僕だって、言われなくても分かっている。

 ……自分で自分を有能と評するのは少し気恥ずかしいが。


「立場は九条と同じく、特別対応局の職員です。ただし所属は特務隊ではなく、私の直轄。分析官として、必要な時に力を貸していただく形になります」


「職員、ですか」


「ええ。非常勤ではありますが。学業を最優先に、協力の要請への対応と、守秘義務。それに対する手当と保護。いつでも撤回できます。就職後も、本業の仕事と並行していただいて構いません」


 なるほどなるほど。

 十分だ。


 1年半前の僕なら、それでもこの話は断っていただろう。

 WPPOのことを完全には信用できていなかったし、能力の解除が優先されてセイラが切り捨てられてしまうのではという懸念もあった。そもそも能力なんて持っていないんだから、いざ所属しても役に立てないし、嘘をついてまでWPPOに所属するメリットなんて皆無だった。


 だが、今は違う。


 1. WPPOは信用できる。

 カリンのアレルギーも、僕とミオの怪我も、HBは手を尽くして治してくれた。保護した能力者を処分するどころか、社会復帰まで支えている。電話口で大量虐殺の命令を頼んできた高校生の話を、局長は最後まで聞いた。

 ここまで見せられて、まだ疑い続ける方が難しい。


 2. それでも、セイラは差し出せない。

 組織を信用することと、セイラの能力を預けることは別の話だ。心の傷にも、紙とインクのキャラクターにも、寿命にさえ反応するあの能力は、どれだけ善意のある組織でも扱いきれる代物じゃない。関わる人が増えれば増えるだけ、困るのはセイラ本人だ。

 何より、彼女の『大切な人を増やさない』という信条を、僕の一存で変える訳にはいかない。


 3. そして、セイラが疑われることは無い。

 WPPOは予知の阻害も、ネメシスの能力によるものだと結論づけたはずだ。何せ「WPPOが削除することは叶わない」とまで声明を出した連中なんだから。

 調査の規定がある以上、本人の同意無しに交友関係まで踏み込まれることも無い。WPPOの矛先は、完全に僕だけに向いている。


 4. 僕の日常も変わらない。

 記録上は非能力者の職員だから、能力者向けの厳重なプロトコルを組まれることも、家族に連絡の上で監視体制に置かれることも無い。任務が常にある訳ではないのは、毎日を楽しそうに暮らしている九条ノドカを見れば明らかだし、望まない任務には異を唱えることもできる。

 予定通り、法律の道にも進める。能力のせいで追い詰められる人の側に立つ仕事なら、むしろこの立場が役に立つことだってあるだろう。

 何もしなくても手当が出るのも、母子家庭の僕達にとってはありがたい話だ。スカウトに成功したのだから、九条ノドカの昇給もあり得るだろう。良いことづくめだ。


 これからも、死に戻りは起こる。

 能力というものは都合よく消えたりしないし、セイラは一生この能力と付き合っていかなくてはいけない。


 そして今回の一件で、はっきりした。

 WPPOの力を使えることの圧倒的な有利性と、その力が無ければ僕達はどうしようもなく詰んでいるという事実が。

 今はまだ高校生で、これから大学生になる訳だが……社会人になってまで、こんな能力のせいで生活をめちゃくちゃにされてはたまったものではない。


 僕達にWPPOは必須だ。

 しかし、セイラの『大切な人』は増やせない。






「では、お受けします」


 なら、僕がその懸け橋になればいい。






「ありがとうございます、瀬尾君。心から歓迎いたします」


 セイラの事情を明かす必要は無い。

 困った時に頼み事をするのは僕で、怪しまれるのも僕だけでいい。


 この前の隕石のように、WPPOの予知に映らない危機があったとしても、セイラの能力だけはそれを見逃さない。彼女が気づき、僕がWPPOに届ける。

 僕がWPPO関係者になれば、死に戻りの効率的な解決と、WPPOの世界を守るという理念の実現を、同時にこなせるようになる訳だ。

 実際、世界の危機となればセイラに関係なく、母さんを守るため僕は動いているだろう。

 それなら初めから、報酬も手に入る、動きやすい環境にいた方が良い。セイラと連携しているなら尚更だ。


 WPPOに見えない危機は、僕達が先に知らせる。

 僕達に解けない問題は、WPPOが解く。


「詳しい話は後々、九条を通して書面でお渡しします」


「分かりました」


「九条の調査任務は今日をもって終了しますが、今後は同じ局の同僚として、引き続きあなたの専属の護衛に就いてもらいます。それで問題はありませんか?」


「はい」


「承知しました。九条には私から伝えておきます。彼女もきっと喜ぶでしょう」


 まあ、これからは対等な立場になるし、意味もなく僕の指示に従ったりはしなくなってしまうんだろうが。

 とはいえ、彼女の力が必要になるのは大抵WPPOを動かしたいときだからな。今後はそれも自分でできるようになるんだし、問題無いだろう。


「それでは、瀬尾君。今後とも、よろしくお願いしますね」






「ようこそ、WPPOへ──」






 *






「──今の時期はまだちょっと冷えるか……」


 授業中に教室を飛び出した問題児を、校則違反だと追いかけていた委員長が……色々あってWPPOの分析官か。

 人生、何が起こるか分からないものだ。


 今頃中では、ミオとハルキがまだ何か言い合っているんだろう。

 アサヒが止めに入って、九条ノドカが正座のまま見守って、三好ルナがにこにこしている……あの面子の騒がしさにも、すっかり慣れてしまった。

 だからだろうか。夜風に当たりたくなって外に出ただけなのに、静かになった途端、少し寂しい自分がいる。






「(マコトー。マー、コー、トー)」


 ん? 






「(こっちこっち)」


「いや……手招きされなくても行くって。というか、どうしてここに?」


 いや、本当にどうしてだ。

 三好家でパーティーをやることは君も知っていたはずだ。君だって桜台合格組だろう。

 ミオも九条ノドカも三好ルナも誘ったと言っていたぞ。その上で「ハルキとアサヒがいるから」「自分は勉強会参加してないから」と断ったのは君の方だろうに、どうしてその家の前の道にいる。


 提げているのは……コンビニの袋か。

 中身は……プリン? しかもかなり高めの……。


 ……ああ。

 なるほど、そういうことか。


「カリンがお祝いにもう一個食べたいって。この辺のコンビニにしか置いてないやつで」


「それでこっちに来ていたのか」


「そ。で、帰り道で偶然マコト見つけたから、つい」


「偶然? 本当か?」


「……さあね~?」


 ……やっぱりな。

 お祝い、ということは──カリンも高校に受かったんだ。


 良かった。本当に良かった。

 つまりこれから辻家もお祝いパーティーをするということだな。

 アラタもカリンも、志望した高校は僕達と同じところだ。

 瀬尾家は「アラタは賢いし、どうせ受かってるだろう」なんて安直な考えで、僕が帰ってすぐに三人でお祝いしたんだが……そうだよな。普通は合格が決まってからお祝いするよな。

 実際受かってたから何も問題は無いんだが。気が早かったな僕達。


 とにかく、これで二人とも僕達の高校の後輩になる。

 入れ違いにはなってしまうが……アラタには、あの学校の校則を一通り叩き込んでおかなくては。

 カリンの方は、まあ、うん。

 辻家で何とかしてもらおう。


「試験の日さ、私達、島にいたでしょ」


「そうだな」


「それでさ、カリン怒ってて。『お姉ちゃん! 私受かりましたけど! ズルくない!?』って」


 ははは。

 まあ、そりゃそうだよな。


 アラタとカリンの試験は、ちょうど僕達が小笠原にいた頃だ。

 妹の試験という大事な時期に家にいられなかった。死に戻りの中で受験の後の夜を何十回も迎えておきながら、本番の朝には一度も「頑張って」と言えなかったことになる。

 僕もアラタから「まあ、兄さんは人助けが好きだからね。瀬尾家が三人揃うなら何でもいいよ」と明らかに何でもない語調で言われてしまったし。

 向こうからすると「こっちは大変なのに遊んでてズルい!」って印象なんだろう。


「じゃあ、こっちのパーティーには来ないか?」


「家でカリンが待ってるし、そっちはルナの家族と……男二人もいるんでしょ。ならいい」


「そうか」


「うん。いつでも会えるし……私、『大切な人』はマコトで最後にするって決めたから」


 ……まあ、そうだな。

 その「最後」に入ってしまった身としては、何とも言えないよ。


 ミオも三好ルナも九条ノドカもいる。ハルキやアサヒと騒げば、きっと楽しいだろう。

 でも、楽しいからこそ、行けない。

 ループが終わって、自殺を止めて、隕石まで片付いて、それでも彼女は『大切な人』を増やさない。初めて会った頃から、その信条だけは一つも変わっていない。

 それがセイラだ。今更そこを曲げろとは言わないさ。


 ただ、「いつでも会える」と彼女ははっきり口にした。

 今のセイラは、あの時みたいに自棄になっていない。

 きちんと未来を想定して、自分を大事にできている。

 それで十分だ。


「マコトも、パーティーに戻るの?」


「そうだな。解散まではまだ時間があるし」


「うち来て二次会にしてもいいけど?」


「またの機会に頼む。祝いの日に急な客は困るだろう」


「マコトならいいのに……」


 想定外なのはちょっと僕への依存が強くなりすぎたことか。

 なんだか重い。隙あらば僕に体重預けて来るんだけど……こう、重い。

 日に日に重くなっている気がする。僕を頼っていいからって余計な力入れてないか君? 

 もう体重預けるっていうか、意志を持って押してるよな? 






「ねえ、マコト」


「なんだ」


「私、あの日にマコトのこと脅迫してよかった」


「言葉にすると最悪なスタートダッシュだな……」


「でも私、本当はあの日、すごく嬉しかった」






「ねえ、マコト」


「なんだ」


「マコトって、人のこと助けなきゃ気が済まないでしょ」


「昔からそういう人間なだけだ。嫌いか?」


「ううん。マコトのそういうところ、すごく素敵だと思う」






「ねえ、マコト」


「なんだ」


「私、これからもきっと、いっぱい迷惑かけると思う」


「知っている。カス能力のせいで君も苦労するな」


「うん……それでも、ね?」






「一生ずっと、助けてくれるんでしょ?」






 ……一生、か。

 重い言葉だ。プロポーズみたいな言い回しだな。


 しかし、筋は通っている。

 彼女の能力は一生消えない。なら、それに付き合う約束も一生ということだ。

 いずれ僕にも恋人ができて、結婚して、子供ができるんだろう。

 それでも──必ず僕はセイラを助けに行く、そんな気がする。


 あの日、君を助けると誓った時、僕はその覚悟を決めた。

 約束は破ってはいけない。単純な話だ。


 思えば、僕もセイラと同じだったのかもしれない。

 幼い頃から、一番大切に思っていた母を助けようとした。

 可愛い弟のアラタが困っていたら、また助けようとした。

 小学校でハルキと出会い、彼と友達になりたいと思った。

 増えていく友人達に、力になりたいと思うようになった。


 そこに至る手段は違えど、僕も大切な人を救いたいと、そう願う人間だった。

 だからこそ、彼女の気持ちに呼応し、彼女の導きに従い、彼女の痛みを理解できた。

 だからこそ、僕も──セイラを大切に思うようになった。

 彼女を救いたいと、そう思うようになったんだ。


「当然だ、僕達は『共犯者』なのだから。君とそう約束した、だろう?」


「……ふふっ、知ってた」


「だから、これからも安心して僕を頼るといい」


「……うん」


 僕は能力者じゃない。

 未来も見えないし、時間も戻せないし、誰かの動きを止めることもできない。


 だが僕は、母さんから丈夫な肉体と母さん譲りの優秀な頭脳を貰った。

 WPPOに直接関われる立場と、律儀すぎる護衛もついている。

 頼めば力を貸してくれる友人達と、背中を預けられる家族の二人がいる。

 助けを求められれば、僕は躊躇わずこの力を使うだろう。


 だって僕は。

 僕の力は……。






「私の『大切な人』になってくれて。ありがとう、マコト」


「君が喜んでくれて嬉しいよ、セイラ」






 君のように──大切な人を救うためにあるのだから。






『大切な人を救うために死に戻る能力』 おわり

これで完結です。

できるだけ毎日投稿したかったんですが無理でした。許してください。

感想・ブックマーク・評価・リアクション等をして応援してくださった皆々様には非常に感謝しております。何か来るたびにニヤけている人がいたらそれが私です。


また、近いうちに別作品を書こうと思っています。

同じ世界観で別作品か、追放系のどちらかをやってみたいのですが……苦手な戦闘描写が多くなりそうなので悩み中です。


長くなりましたが。

何はともあれ、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




あと余談ですが10話ほど追加で後日談を書こうと思います。

毎日投稿できるかは分かりません(´・ω・`)

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