↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】 クラスメイトは『大切な人を救うために死に戻る能力者』  作者: 破れ綴じ
おまけ(後日談)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/111

九条ノドカと職場見学

今の私はもうこれ以上ループを考える余力がありません。

なので、残念ですがもうあのカス能力の出番はほぼありません(´;ω;`)


今後はマコト達の日常をぽつぽつ投稿していく形になります。

まあ、こんな感じの話が10話続くと思っていただければ……(´・ω・`)

 よし。

 身分証、筆記用具、印鑑。局長からの条件を書き留めたメモも入れた。忘れ物は無い。

 ……印鑑は、認印でいいのか? 実印が要る書類だったら困ると思って、両方入れてしまったが。

 入学手続きの書類も、パスポートの申請も、新しい鞄や靴の購入も、合格発表から3日以内に全部済ませてある。おかげで、今日はこの用事にだけ集中できそうだ。

 まあ集中というほどの用事でもないか。


 ただ、局長の「詳しい話は後々」からもう2週間。

 今日は、実際に職場に赴き、書類を受け取って、建物を案内してもらう日だ。

 口頭で聞いた条件を、やっと文字で確かめられる。

 正直、ちょっと楽しみだ。規約を読むのは嫌いじゃない。


 待ち合わせは駅前に10時。

 9時45分に着くには、ちょうど今出れば──






「おはようございます、瀬尾さん!」


「うわっ」






 お、おお。

 く、九条ノドカ? 何故ここに? ここは僕の家の前なんだが? 

 待ち合わせは……駅前だったはずだろう? 

 昨日のメッセージにもそう書いてあったぞ? 


「……おはよう。待ち合わせは、駅前じゃなかったか?」


「はい! ですが、私は瀬尾さん専属の護衛ですので!」


「そ、そうか」


「では、向かいましょう!」


 ……ああ、なるほど。

 これで晴れて調査任務が終了した君は、残った任務である護衛に集中することにしたのか。だから今日も、駅前に集合するまでの道のりで僕を護衛するために、家までやって来たと。


 いや、なるほどじゃないな。

 それなら最初から家の前で待ち合わせにすればいいじゃないか。駅前と書いた意味はどこに行ったんだ? 僕の家から出発できるなら駅を経由する意味合いは無いぞ? 

 というか、いつから待っていたんだ? 1年半も護衛を続けていたとはいえ、僕が15分前に着くように家を出ることまで全部お見通しだったということになるのか? 


 なんだかやけに機嫌良さそうだし。いつもの二割増しで笑顔だ。

 書類を渡して、建物を案内するだけの日だぞ。そんなに張り切るような用事なのか? 

 僕のために尽くしてくれるのは良いことだが、何だか少しだけ怖くなってきたな。僕はWPPOを善良な組織だと信じているんだぞ。


「そういえば瀬尾さん、ご旅行はいつ頃なんですか? 春休み中だと伺っていましたが」


「……何故そのことを?」


「えっ? あー……いやぁ……」


 なんだか歯切れが悪いな。

 君が言っているのはミオとの卒業旅行のことだと思うが……まあ、確かに気になるよな。本来は今の時期に行ってたはずだし、それが無くなったから今日この用事を入れられている訳で。

 ただ、それを君に言った覚えはなかったぞ。何故「春休み中」だと知っている? 


 まあ、別に隠すほどのことでもないが。

 いずれ君にも伝えるつもりではあったし、それが多少遅れただけのことか。


「ミオからの要望でな、GWに延期になった」


「GW、ですか?」


「そうだ。『このままじゃ二番煎じだし……』と言っていたぞ」


「……? どういう意味なのでしょう……?」


 やっぱりよく分からないよな。

 それ以上聞いても教えてくれなかったし。


 そもそも、僕だって最初に聞いた時は驚いたんだ。

 合格したらそれの記念に二人で旅行。そう言い出したのはミオの方だというのに。

 だから僕はてっきり、春休みに入ってすぐにでも行きたがると思っていたんだが……。

 既に卒業旅行を二回楽しんだ僕とは違い、ミオはそんな時間無かっただろうに。一体どういうつもりだったのだろう。


「あれでしょうか? 旅行が続くと、新鮮味が薄れてしまうから……とか?」


「確かに。僕は短期間で三度目の旅行になってしまうし、それを配慮してくれたのか」


「金銭的な問題もありますし、お相手の方の思い出に残らないのは寂しいですからね」


 なるほどなるほど。確かに納得できる理由だ。

 それなら二番煎じだからと主張する気持ちも理解できる。


 僕は12月に雪山の温泉街へ行き、つい2週間前には小笠原旅行から帰って来たばかりだった。疲労も蓄積しているし、卒業シーズンはやるべきことも多いから時間も取りにくくて忙しい。

 三好ルナに借金をしている手前、このままではミオにかなり一方的な負担を強いることになってしまうし、何より今すぐ行っても僕が過去の旅行と比較して満足に楽しめないのではないかと危惧したんだろう。

 これはミオなりの気遣いだ。自分は卒業旅行に行けてないにもかかわらず、余計な回数行っている僕がきちんと印象深い思い出を作れるようにという……なんて美しい友情なのだろう。


 九条ノドカに分かるのも、彼女が既に卒業旅行を経験済みだからだろうな。

 ミオが望むなら今すぐにでも行こうと言っていた僕は少し配慮が足りなかったのかもしれない。アレでは旅行に行きたいというよりも、早く約束を果たして清算したいと考えている風にだって見えてしまう。

 今彼女に指摘されなかったら危ないところだった。


 まあ、実際にGWになって助かった点もある。

 今の僕は用意が不十分だったし、現地のルールすら把握せずに渡っても苦労するのはこちら側だ。春休み中ともなると相当行ける場所も楽しむ時間も限られてしまうし、余裕が取れる時期に移行したのは都合が良かったりもした。

 もしかしたら、そういった点まで配慮してくれたのかもしれないな。


「GWでしたら、護衛の予定も組み直さないといけませんね」


「旅行中も付いて来るのか?」


「いえ。残念ですが……旅行の際は、滞在先の支部の者が担当することになっています」


 へえ。


 びっくりした。

 今後全ての旅行に九条ノドカが付いて来るのかと。別にそういう訳ではないんだな。

 ミオからは「二人きり」の約束を念押しされていたし、見ず知らずの現地の護衛ならまだしも見知った顔が近くにいたら「約束が違う!」と怒らせてしまうかもしれない。

 僕の都合で九条ノドカを連れまわすのも忍びなかったし、場所によって別個で対応してくれる人物がいるというのは朗報だ。良かった良かった、約束は守れそうだな。


 ただ残念とはどういうことだろう。

 一時的に担当が替わるだけだろう? 1年半続けた任務を知らない誰かに渡すのが気がかりなんだろうか。本当に律儀だな。別に今の僕とならいつでも連絡が取れるだろうに。


 ……まあ、いいか。


「そういえば聞きそびれていましたけど、二次試験の自己採点ってどうでした?」


「僕か? まあ満点だろうな。あの難易度なら君とハルキも満点だろう?」


「いえ、私は二ヶ所もケアレスミスに気づいてしまって……」


「何やってるんだ……」






 *






「到着しましたね! 瀬尾さん、こちらが本日の入館証です」


「ありがとう」


 ふむ、来訪者と。

 身分証は書類と一緒に受け取ると聞いているから、現時点ではまだお客様扱いということだな。署名を済ませるまでは外部の人間、という意味だし筋は通っている。

 ということは、今日の書類には署名が要る。印鑑を両方持ってきたのは正解だったか。


「では、早速上の階へ参りましょう」


「分かった」


 当然と言えば当然だが、ロビーもこの前来た時と全く同じだ。

 受付のカウンターと、観葉植物と、防災のパンフレットが並んだ棚。

 前に来た時は局長に会うことで頭がいっぱいで、ろくに見ていなかったが……このパンフレット、中身までちゃんとしているな。うちの町内会で配られている避難経路の案内より、よほど分かりやすい。

 ここがWPPOの建物であることを隠すだけなら、それらしく見えれば十分なはずだ。

 それでもここまで作り込んでいるのは……表の会社として本当に信用されていないといけないからだろう。地域の防災に関わる会社なら、役所や学校とも付き合いがあるはずだ。そこで手を抜けば、すぐに怪しまれる。


 となると、この会社は本当に防災の仕事をしていることになる。

 パンフレットを作って、調査をして、依頼を受けて……それを回しているのは誰だ? 

 WPPOの建物に、WPPOと無関係の社員を置くとは思えない。なら、普段の仕事をしているのも、WPPOの人間ということになるが……。


 ……いや、筋は通るな。

 WPPOの仕事は、主に世界の平和を維持するために動くことだ。ただ、世界中で毎日のように大規模な犯罪や災害が起こるという訳でもないし、これだけ支部があるというのにその全てが常にフル稼働ということも無いだろう。

 かといって、ここで働く人々の全てが異常発生時以外は何もしない無職同然という訳にもいかないはず。そういった期間にずっと職員を待機させておくより、普段は表の仕事をしてもらった方がいい。

 しかも、地盤や避難経路を日頃から調べている人間なら、いざ危機が分かった時、現場の地形も人の逃がし方も最初から頭に入っている。「防災の調査です」の一言で、大抵の場所には入れる。

 表の仕事が、そのまま裏の仕事の下準備になっている訳だ。


「ここの皆さんは、普段は本当に防災のお仕事をされているんですよ」


「そうだろうと思った。ロビーのパンフレットが、随分しっかりしていたからな」


「流石瀬尾さんです。WPPO専従の方もいらっしゃいますが、非常事態が無い時は、そちらのお仕事も手伝っておられます」


「なるほど」


 専従の職員まで、普段は表の仕事をしているのか。

 そこまで徹底しているなら、何もしなくても手当が出るという話に僕が落ち着かない気持ちになっていたのも少し違ったのかもしれない。

 何も起きない日こそ、WPPOが上手くいっている日だ。ここの人達が普段は防災の仕事をしているように、僕は普段は大学生をしていればいい。それで手当が出るという規則なら、後ろめたく思う必要は無いな。


「奥には休憩室と、仮眠室、シャワー室もあるんですよ」


「そんなものまであるのか」


「緊急時には泊まり込みの可能性もありますし……そうでなくても、設備は充実していた方が職員のためになるだろうという、上からのお気遣いです」


 上の人間がそこまで気を回しているのか。

 休憩室ならどこの会社にもあるだろうが、仮眠室とシャワー室まで揃えているのは流石に気遣いの範囲を超えていないか? それとも僕が社会を知らないだけで、それぐらい普通だったり? 

 さっきの言い方からするに、緊急時に使うというよりは「普段あったら便利だよね」ぐらいのニュアンスにも受け取れるし……そもそも泊まり込み以外で仮眠とシャワーが必要になる状況って何なのだろう。


 ……いやまあ、でもまだあり得なくはないか。


「仮眠室は全部個室で、ベッドも出張用のホテルと同じものを入れているそうですよ」


「お、おお」


 ……いや、理屈は分かる。

 WPPOが動く時は、世界のどこかで危機が迫っている時だ。

 休める時に確実に休ませておかないと、肝心な場面で判断を誤る。休息の質が、そのまま仕事の質になる訳だ。それなら職員がより効率的に休める環境を整えたいと思うのも普通だろう。


 だからまあ、まだ一応あり得なくはない範疇……。


「シャワー室にはタオルもアメニティも揃っていますし、食堂の食事に、休憩室の飲み物とお菓子、これらは全部無料です。私のおすすめはミルクティーですよ!」


「む、無料」


 君のおすすめは聞いていないんだが……まあ、覚えておこう。

 しかし、食堂の食事、飲み物とお菓子まで無料? 福利厚生としても手厚すぎないか? 

 案外こういうものなんだろうか。職場で金銭を取るのは、一般的ではないとか。

 しかし休憩中の飲食まで会社が持つのか? いや、法的に問題がある訳ではないが……。


 まあ、でも……多分、こういう企業もある……よな? 


「それから、非常時の出動の後は、必ず代休を取ることになっています。カウンセラーの方も常駐していますし、夜遅くなった時はタクシー代も出ますよ」


「お、多いな」


 出動の後の代休は、疲れを残したまま次の危機に当たらせないためだろう。

 カウンセラーは、世界の危機なんてものを相手にしていれば、心にも負担がかかるからだ。

 タクシー代は、夜中に職員を一人で歩いて帰らせないため。

 一つ一つに、ちゃんと理由がある。どれも、ここで働く人が倒れないための仕組みだ。


 人を守る組織が、まず自分の職員を守っている。考えてみれば当たり前のことなんだが……その当たり前を、ここまで徹底しているのか。

 実際、情報漏洩を防ぐ目的もあるのだろう。職員が不満を持てば、それだけで漏洩の危険が生まれる。待遇の良さは福利厚生であると同時に、一番安上がりな情報管理でもあるんだ。


 WPPOは……まあ、ホワイトだとは思っていたが。

 まさかこれほどだとは……。






「あと、私達のような学生の協力員は、試験期間とその前の1週間には原則として要請が来ません。授業や学校行事と重なる要請は一件ずつお断りできますし、もし成績が下がってしまったら、協力をお休みして学業に専念させてもらえるんです。呼ばれた時には、時間外と深夜と休日の割増も法律の基準より上乗せで、危険手当まで全額支給されますし、任務中の怪我は労災とは別に全部補償されます。出動の後は次の要請まで必ず11時間は空けてもらえて、面談もあって、あとそれから……」


「いやすっごいな!?」






 *






 署名と押印はこれで全部完了か。

 守秘義務の誓約書に、手当の規定、協力要請の取り扱い。


 そして、その代わりに受け取った……建物に入るためのアクセスキーに、顔写真入りの身分証のカードとWPPOの連絡用端末。職員として必要な情報は全て端末に保存済み……。

 これで、これからの僕はWPPOと自由に連絡を取り、好きなタイミングでこの場所に出入りすることができるようになった訳だ。一般人として通報するたびに、あれこれ考える必要も無くなったと。


「以上で、お渡しするものは全部です」


「ありがとう……確かに受け取った」


「……もしかして、お疲れですか?」


「まあ……かなり充実したツアーだったからな」


「光栄です!」


 うん、誇ってくれていい。

 やる気に満ち溢れた君の案内のおかげで、もうこの建物の隅々まで記憶することになったと思う。あと、あまりにも充実しまくった福利厚生の数々を……。

 僕は一回覚えたら忘れないからな。君も「これで教えることは全部です!」って言っていたし、今の僕と九条ノドカの知識量は同じになった訳だ。普通こういうのって初日に全部詰め込むものじゃないと思うんだが。


 カードの方は、さっきまで首から下げていた「来訪者」の札と入れ替わりだ。

 これで僕は、手続きの上でも正式にこの局の一員ということになる。


 端末の方は……普通だな。見た目はどこにでもある携帯機器と変わらない。

 考えてみれば当然か。特別な形の機械を持ち歩いていたら、それだけで目立ってしまう。表の会社が本物の防災の会社であるのと同じで、WPPOの道具も、日常に紛れる形をしている訳だ。

 登録されている連絡先は……局長と、この拠点と、九条ノドカ。


 局長の番号が最初から入っているのは少し意外だ。

 局長直轄というのは、こういうことなんだろう。何かあった時に誰かを経由せずに、一番上に直接届く。小笠原の時は九条ノドカに「できるだけ上の立場の人間に繋いでほしい」と頼むところから始めなければならなかったが……それが今は、この端末一つで済むようになった。


「ちょっとビデオ通話の準備しますね。あと15分ほどなのでお待ちください」


「いや、僕も手伝おう。僕は君の同僚なのだし」


「瀬尾さん……!」


 そして、今僕達がいるこの部屋が、今後僕が主に仕事として使うことになる部屋だと。

 確か、11時半丁度に、ここで局長とビデオ通話で挨拶を行うんだったな。


 さっきの充実した設備のことを思えば、少し狭めの部屋だ。

 机が一つに、椅子が二脚。あとは壁際のモニターだけ。窓も無い。

 ただ、狭いのも窓が無いのも、理由を考えれば納得がいく。局長直轄の話は、この拠点の誰にも聞かせられない話だ。外から覗かれる窓は要らないし、使う人数が少ないなら、広い部屋も要らない。


 振り返ってみると、今日だけで随分と色々なものを見た。

 そして、その組織の中に──今の僕がいる。

 何かあった時、セイラのことを一言も話さずに、WPPOに頼み事ができる立場。

 今日一日で、その立場がどれだけ信用していい場所なのかが、ようやく実感として分かった気がする。


「あのー……瀬尾さん?」


「どうした?」


「私達、これからは……その、晴れて同じ局の同僚になるんですよね」






「なので……そろそろ私達、えっと……名前で、呼び合うべきだと思いませんか?」






 ……ん? 


「……名前で?」


「は、はい! 噂によると、瀬尾さんは親しい仲の方を下の名前で呼ぶそうなので」


「まあ、そうだな」


「私達、結構な付き合いになりましたし、これからもっと長く付き合うことになる訳ですから……いつまでもフルネーム呼びは、だって、寂しいじゃないですか」


「……確かに」


 調査員と調査対象だった状態から始まった関係だ。

 当初は僕も警戒していたし、「九条ノドカ」とフルネームで呼ぶのが当然の距離だった。


 だがこれからは対等な同僚だ。


 あまり良くなかった第一印象から、次第に彼女のポンコツな一面が明らかになって来て、僕も少しずつ打ち解けるようになってきて……一緒に勉強したり、遊びに行ったり、旅先が被ったりして、個人的にはかなり彼女のことを信頼できるようになったと思う。

 ミオやセイラやカリンは次第に下の名前で呼ぶようになったんだ。なのに、そこそこ良好な関係のはずの彼女に対して、いつまでも「九条ノドカ」と「瀬尾さん」呼びのままでは、確かに他人行儀かもしれない。


 それに、断る理由が一つも無い。

 思えば、僕は1年半ずっと、頭の中でも彼女のことを「九条ノドカ」とフルネームで呼んできた。警戒していた頃の名残だ。もう警戒する理由は無いんだから、この機会に改めるのも悪くないな。


「そ、それと! 咄嗟に、私のことを守りたいと思う程度には、瀬尾さんにも意識してもらってるみたいですし……い、いかがでしょう?」


「ふむ。その場合、君は僕をどう呼ぶんだ?」


「え、えっ? 私ですか? ええっと……」






「マ、『マコトさん』……だなんて」






「了解だ、『ノドカ』。これでいいか?」


「っ!!」






 うん。

 意外と口に出してみるとすんなり来るな。逆に今までどうしてあんな余所余所しい呼び方をしていたのだろう。違和感が無いということは、彼女に対して十分な好感を抱いていたということなのだし。


「マ、マコトさん。その、マコトさん。マコトさん……」


「そんなに連呼して、どうしたノドカ。新婚さんじゃないんだから」


「かっ……! し、しんこ……っ!?」


 よしよし。

 ノドカも随分満足そうだ。

 僕の名前を何度も連呼している意味は分からないが、もし向こうも違和感があるならすぐ「瀬尾さん」と呼び直すはずだ。それをしないということは、きっと満足できる結果だったということなのだろう。


「(え……へ……あ、あれ? 私、なんで、顔が熱く……あれ?)」


 ……それにしては少し顔が赤い気がするが。

 何だ急に。提案してきたのは君の方だろう? どうして提案した本人が、そんなに顔を赤くしているんだ? 今更になって恥ずかしくなってきたのか? 


 ……あっ。さてはあれだな? 

 WPPOの中では、ずっと苗字で呼ばれてきたんだろう。九条、九条と。

 だから唐突に慣れない呼び方をされて、落ち着かない気持ちになったんだ。僕だって急に知らない人から「マコト」と呼ばれ始めたら戸惑うだろうしな。


 それとも……名前で呼ばれるのが思いのほか嫌だったのか? 

 いや、提案したのは君だ。嫌なら最初から言い出さないし、すぐ指摘するだろう。


「あ、あはは……! その、ちょっと……新鮮な感じがしますね!」


「そうだな。意識しなくてもできたから、初めからこの呼び方が僕達には相応しかったのかもしれないが」


「ふさっ……!? ……あ、あの、私、ちょっと、お茶でも──」


 ん? 

 おい、そっちには椅子が──


「ちょっ、待──」


「──へ?」


 ……っ! 


 ちょっ、何やってる! 

 どうしてこんなタイミングでいつものポンコツを発揮してるんだ! 

 すぐ後ろに椅子があるのが見えるだろう! 

 そんなに集中の切れる何かがあった訳でもないだろうに……。


 ……っと! 


「危ない!」


「わっ、きゃあっ!」






 ──バタン!! 


 あれ、眼帯が取れ──


 ──あ、ああ。

 そうか、眼帯だ。だからさっき、椅子が死角にあって、うっかり躓いたのか。






「せ、瀬尾さん……顔、近……」


「……『マコトさん』じゃなかったのか、ノドカ」


「~~っ!?」






 ……なんだか、マズいことをしているような気がする。


 体勢的には、床に仰向けのノドカと、その上に覆いかぶさる僕。頭がぶつかる前になんとか腕を差し込めたからよかったものの……おかげで、かなり距離が近づいてしまった。

 これって、マズくないか。

 傍から見たら、僕がノドカを床に押し倒してる構図なわけだが。


 というか……。






「あの、なんで僕を『固定』してるんだ?」


「あ、え、その……」






 さっきから手足が、首も、指一本すら動かせないんだが。

 この感覚には覚えがあるぞ。具体的には二回ほど。

 瞬きと呼吸以外の全部が、命令を聞かない。

 でも、声だけは辛うじて出る、心臓が動いているのも聞こえる。


 これは、両目が見える時だけ使える、彼女の能力では……。


 ……。


 ……なんで? 


「……ノドカ?」


「………………はっ! と、咄嗟に能力を使ってしまいました!」


「そんなことあるか!?」


 何を言っているんだ君。

 さっきまであんなに元気だったのに、急に黙り込んだり真っ赤になったり。挙句の果てには眼帯による視界不良のせいで椅子に蹴っ躓いて、押し倒してきた相手をそのまま固定するだなんて……。

 ……能力って、案外咄嗟に出たりするものなのか。

 使ったことないから分からないが、「使う」「使わない」みたいなチェックボックスが出てくる感じじゃなくて、結構反射で出てしまうこともあると。訓練で染みついた反射だとしたら、筋は通っているが。


 というか、早く解除してくれないか。

 この体勢、シンプルに人に見られたら生きていけなくなるんだが。


「ノドカ。何でもいいからとにかく解除してくれ」


「ま……待ってください! 私、今、男の人に押し倒されてるんですけど……そっ、それで固定を解除しろと言われても!」


「何を言っている……?」


 いや、言いたいことは分かるが、僕がそんなことしないって分かってるだろう。

 確かに、女性が男性に押し倒されて、その時にその男性の身動きを封じる策があれば使った方が良いに決まってるだろうさ。でも、僕は許可も無く君にそんなことをするつもりはない。

 押し倒されているからこそ、固定を解除すれば僕はすぐにどけるんだぞ? 今の君は、自分を押し倒している人間を、押し倒した体勢のまま固めているんだが。

 君だって今僕にほぼ抱きすくめられた状態で身動き取れないはずじゃないか。このまま解除しないといつまで経っても君だって起き上がれないし、双方得が無いと考えれば分かるはず。


 いや、というか、早く解除してくれって。

 ちょっ、冗談とかじゃなくて。そんな顔赤くしてないで早く解除を……! 


「ノドカ! 僕は何もしないから、早く解除してくれ!」


「だ、駄目です! 今解除したら、だって、その……!」


「だっても何も……!」






『……あの。二人とも……』


「えっ」


「へっ?」


『……お取り込み中のようですので、5分後にかけ直しますね』






 へ……あ、あれ? 

 さっき、モニターが。

 ま、待て。今、時間は……。


 ……11時、半。


 ……。






「まっ、待ってください! 誤解、誤解だ! 誤解です!」


「わ、私、どうしてこんなに、ドキドキして……」


「いいから君はさっさとこれを解除してくれーっ!」


 み、見られた! 見られてしまった! なんてことだ!

 セイラとの協力関係以来、最悪のスタートダッシュを切ってしまった!

感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)

ブックマーク・評価・リアクション等も、可能であればぜひお願いします。大喜びしますので。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
能力の種類も発動条件も色々だからこその充実した福利厚生の気もする 予知夢みたいなタイプだと寝なきゃ始まらないし
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。