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ONIGOKKO ―Human Hunt―  作者: 山犬
序走
8/14

ルール説明

突然、どこからか大きな音が響いた。

紗月は思わず肩を震わせる。


学校のチャイムだった。町全体に流れるような大音量。


住宅街の上を通り抜け、山の方へ反響していく。

参加者たちも一斉に顔を上げた。


「え?」


「学校?」


萌子が辺りを見回す。その時だった。


『皆さーん! ご注目くださーい!』


突然、町中に大きな声が響いた。


参加者たちが一斉に顔を上げる。スピーカー越しの声だった。


男とも女ともつかない声。

耳障りなほどに明るい。


『まずはこの度、本イベントへご参加いただき誠にありがとうございます!』


まるでテーマパークの司会者のような声だった。

だがその場にいた誰も笑わない。


『それでは早速ですが、説明を始めさせていただきます!』


参加者たちの間に緊張が走る。ようやく説明が始まる。

紗月も自然と耳を傾けた。


『今回皆さまに行っていただくのは――鬼ごっこです!』


一瞬。沈黙が生まれた。そして。


「は?」


「鬼ごっこ?」


「何言ってんだ?」


あちこちから困惑した声が上がる。萌子も目を丸くしていた。

美穂も苦笑している。だが放送は気にする様子もなく続く。


『ルールは簡単です!

七日間、鬼から逃げ切るだけ!』

それだけでございます!』


まるで簡単なレクリエーションを説明するような口調だった。


『現在皆さまがいる場所は、とある離島です!

以前までは人が生活していましたが、諸事情により現在は無人となっております!』


紗月は周囲を見る。


住宅。商店。遠くの建物。

確かに人が暮らしていた痕跡はある。


『現在は廃村状態ですが、生活に必要な施設はそのまま残っています!』


『家もあります!』


『ホテルもあります!』


『コンビニもあります!』


『今回のイベント用に食料品や生活用品も補充してありますのでご安心ください!』


ざわめきが広がる。


「本当にサバイバルゲームなのか?」


「テレビの企画?」


「200万もらえる理由が分からん」


誰も状況を理解できていない。


『そして鬼は五名!赤鬼!青鬼!黄鬼!白鬼!黒鬼!』


その言葉で周囲が静かになった。


『それぞれ得意分野が異なります!』


『追跡が得意な鬼!』


『遠距離攻撃が得意な鬼!』


『罠が得意な鬼!』


『その他色々!』


『鬼たちはそれぞれの能力を活かして皆さまを探します!』


冗談のような説明だった。


だが声だけは妙に楽しそうだった。


『ちなみに受付時の色分けですが!』


『あれは各鬼の初期配置周辺へ均等に参加者を振り分けるためのものです!』


『赤!青!黄!白!黒!』


『最初の配置調整ですので、ゲーム開始後は関係ありません!』


『鬼も参加者も動きまわる為、

平等に楽しんでいただくための措置となっております!』


「楽しむって……」


誰かが呟いた。


紗月も違和感を覚える。言葉の端々が妙だった。

だがまだ危険は感じない。


『そして大事なことです!』


声の調子がさらに明るくなった。


『鬼から逃げ切るためであれば、何をしても構いません!』


参加者たちが顔を見合わせる。


『隠れてもいい!』


『協力してもいい!』


『単独行動でもいい!』


『建物を利用してもいい!』


『そして殺しも暴力も――自由です!』


一瞬だった。


だが確かにそう聞こえた。


空気が凍り付く。


「……え?」


萌子が固まった。

周囲もざわつき始める。


「今なんて言った?」


「殺し?」


「聞き間違いだろ?」


「は?」


「暴力って言わなかったか?」


不安そうな声が次々に上がる。

50代の女性は青ざめた顔で周囲を見回していた。30代の眼鏡の女性も眉をひそめる。


紗月も耳を疑う。聞き間違いだろうか。だが確かに聞こえた気がした。


ざわめきは一気に広がる。


「さすがにあり得ないだろ」


「何言ってんだあいつ」


その時だった。放送の声が吹き出すように笑った。


『あはははは!』


妙に陽気な笑い声。


『皆さん真面目すぎますねぇ!』


『ただのサバイバルゲームですよ!』


『鬼ごっこです!鬼ごっこ!』


ケラケラと笑う声がスピーカーから流れる。

何人かが安堵したように息を吐いた。


「冗談ってことだよな……?」


「なんだよ……」


「悪趣味だな」


あちこちから苦笑が漏れる。萌子も胸を撫で下ろしていた。


「心臓止まるかと思った」


美穂も苦笑する。


「そういうブラックジョーク嫌いなんだけど」


紗月も少しだけ肩の力を抜いた。確かに考えてみれば当然だった。

テレビ企画か企業イベントかは分からないが、さすがにそこまで常識外れではないだろう。


だが、放送の笑い声が止んだ後も。紗月の胸の奥に残った違和感だけは消えなかった。


『7日間生き残れば、それで勝利です!』


生き残れば。その言葉に紗月は少しだけ引っ掛かった。

だがすぐに放送が続く。


『そして賞金について!』


空気が変わった。誰もが耳を傾ける。


『賞金は総額2億円です!』


大きなどよめきが起きた。


「2億!?」


「嘘だろ!?」


「マジかよ!」


『7日後に生き残った方々で山分けとなります!』


ざわめきはさらに大きくなる。


200万どころではない。最大2億円。

残り人数にもよるが山分けになったしても大きな金額。


その金額に目の色を変える者もいた。

興奮した声が次々と上がる。


先ほどまで不安そうだった参加者たちの表情にも笑みが浮かび始めていた。


だが。紗月だけは周囲と同じ気持ちになれなかった。

あまりにも高額だった。7日間の鬼ごっこ。それだけの報酬としては異常な額だ。


常識的に考えて釣り合わない。胸の奥に嫌な感覚が広がる。


ふと。先ほどの放送が頭をよぎった。


――殺しも暴力も自由です!


本当に冗談?紗月は無意識に拳を握る。


周囲では賞金の話で盛り上がっている。

だが彼女の耳にはほとんど入ってこなかった。


2億円という金額が。


逆に先ほどの言葉へ現実味を与えているように思えたからだ。

ただのサバイバルゲームそんな大金を用意する理由が本当にあるのか。


本当にただの鬼ごっこなのか。


誰も口にはしない。だが胸の奥で小さな警鐘が鳴り続けていた。

それでも。今さら引き返すことなどできなかった。


『続いて装備についてです!』

そのまま説明は続いていく。スタッフたちが箱を運び始める。


中には黒いスマートウォッチが並んでいた。


『皆さまには専用スマートウォッチを支給いたします!』


参加者たちへ順番に配られていく。紗月も受け取った。


『持ち込み頂いた荷物に関してはこちらでお預かりいたします!』


『島内ではスマートウォッチ以外では通話もネットも使用できません!』


『コンビニや施設の位置情報!現在の参加者生存人数!などなど!利用可能です!』


ウォッチの画面が起動する。確かに地図らしきものが表示されていた。


『さらに物資配置も行います!食料!消耗品など!追加物資が配置された場合は通知が届きます!』


「ゲームっぽいな」


『スーパー!コンビニ!ホテル!民家!様々な施設に物資が配置されます!』


参加者たちの表情が少し明るくなる。しかし。放送が続けた。


『ただし!施設内に置かれている物資は皆さまが現在所持しているものとほぼ同じです!』


『リュックの中身!着用している衣類!簡単な生活用品!それ以上の特別な装備はありません!』


「え?」


「マジかよ」


不満そうな声が上がる。


『ですがご安心ください!』


放送は楽しそうに続けた。


『もっと便利な物が欲しい場合はポイントをご利用ください!』


ウォッチに鬼の石像の画像が表示される。


『島のあちこちには鬼の銅像が設置されています!これがポイントスポットです!』


『銅像の台座部分にタッチポイントがあります!スマートウォッチをかざすだけでポイント獲得!簡単ですね!』


「スタンプラリーかよ」


誰かが呟いた。周囲から苦笑が漏れる。


『貯めたポイントは様々なアイテムと交換可能です!サバイバルナイフ!防寒具!ロープ!便利な道具!その他色々!』


『欲しい物は頑張ってポイントを集めて購入ください!』


紗月は眉をひそめた。つまり。

安全な場所に隠れているだけでは不利になる。


物資や装備を手に入れるには外へ出なければならない。


そんな仕組みになっているのだ。



『そして最後に安全エリアについて!』


参加者たちが再び静かになる。


『毎日23時から3時まで!』


『島内の一部地域が安全エリアになります!安全エリアの場所は毎日変更されます!』

その時間帯、鬼は安全エリアへ侵入できませんし、鬼には安全エリアの場所は通知されません!』


安堵したような声が漏れる。


「よかった……」


「さすがに休める場所はあるんだな」


だが。『ただし!』

嫌に楽しそうな声だった。


『安全エリアの利用にはポイントが必要です!安全エリアへ入場するには5ポイントを消費します!』


ざわめきが起こる。


『ポイントは鬼の銅像から獲得できます!同じ銅像から複数ポイントを獲得することはできません!』


参加者たちの顔色が変わる。


『つまり安全エリアへ入るためには最低でも5か所の銅像を巡る必要があります!』


「ふざけんなよ!」


誰かが叫んだ。


『あはは!』


放送は気にした様子もない。


『なお、翌日になれば再び同じ銅像からポイントを獲得できます!本日獲得済みの銅像でも翌日には再度1ポイント獲得可能です!毎日コツコツ頑張ってくださいね!』


紗月も理解した。安全エリアは誰でも利用できる避難所ではない。


そこへ辿り着くためには危険を冒して移動しなければならない。


その時。スマートウォッチの画面が切り替わった。

地図が表示される。


「ん?」


紗月は眉をひそめる。島全体の地図ではなかった。


表示されているのは現在地周辺のみ。自分の位置。近くの施設。

そして付近のポイントスポット。それだけだった。


地図を拡大しても縮小しても全体像は見えない。


「全体見れねぇのかよ」


近くの男が不満そうに呟く。


『なお、スマートウォッチでは島全体の地図は表示されません!』


まるで聞こえていたかのように放送が続く。


『表示されるのは皆さまの現在地周辺のみです!』


『詳しい地理は実際に探索して覚えてくださいね!』


再び不満の声が上がった。紗月は無言でウォッチを見る。

島の全体像は分からない。ますます不安になる。


そして。


放送は最後の説明へ移った。


『あ、それと大事なことを一つ!鬼には安全エリアの場所は通知されませんが』

見つけることは禁止されていません!』




『さらに安全エリア終了時刻である午前三時になりますと、安全エリアの保護は即座に消滅します!』


放送の声はどこまでも明るい。


『つまり三時を過ぎた瞬間から鬼の侵入が可能となります!安全エリアの出口を監視しているかもしれません!慌てて飛び出した参加者が見つかるかもしれません!』


冗談を言うような口調だった。


だが誰も笑わない。


『ですので安全エリアを利用する際は十分ご注意ください!』


紗月は拳を握った。


安全エリアですら絶対安全ではない。逃げ続けるだけでも駄目。隠れ続けるだけでも駄目。

ポイントを集めなければならない。動かなければならない。その事実だけははっきりと理解できた。


説明が終わる。


そして最後に。


放送の声は笑うように言った。


『それでは皆さま!7日間の鬼ごっこをお楽しみください!』


『鬼ごっこをたった今この瞬間をもって開始致します!』


ブツッ――。


放送が切れた。


静寂が戻る。しかし今度の静寂は先ほどまでとは違った。


誰も口を開かない。

全員が今聞いた内容を頭の中で整理していた。


鬼ごっこ。離島。7日間。2億円。安全エリア。


そして5人の鬼。


紗月は手の中のスマートウォッチを見つめる。


胸の奥の違和感は消えない。むしろ説明を聞いた今の方が。


その違和感は大きくなっていた。



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