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ONIGOKKO ―Human Hunt―  作者: 山犬
序走
4/14

帰る場所を背に



「彼女はいないよ。


…それで、そのバイトなんだけど」


嵐が切り出した。


先ほどまでの雑談とは違い、少しだけ真面目な声だった。


紗月も自然と耳を傾ける。


「実は僕も詳しい内容までは知らないんだ。」


「え?」


陽菜が首を傾げた。


「そうなの?」


「うん。

父の仕事関係の方から紹介された話なんだ。」


「仕事関係?」


嵐はそう付け加える。


「その人から『参加者を集めてほしい』と頼まれたんだよ。」


「へぇ」


大輝が頷いた。


「だから俺たちに声かけてくれたんだよな」


「そうだよ」


嵐は穏やかに答えた。


「ただ、僕自身も実際に参加したことはないんだよね」


「じゃあ何するバイトなの?」


陽菜が聞く。


嵐は少し考えるような表情を浮かべた。


「聞いている限りだと……ゲームかな」


「ゲーム?」


「はい」


「どんな?」


「そこまでは」


嵐は苦笑する。


「当日に説明されるみたい」


「なんか秘密主義だな」


大輝が言う。


「確かに」


嵐も否定しなかった。


「ただ、内容は合法的なイベントだと聞いてるし、報酬も普通にバイトより割がいいみたいだよ。」


紗月は黙って話を聞いていた。


正直なところ、まだ少し引っ掛かる。

仕事内容も分からない。ルールも分からない。


それなのに報酬だけが異様に高いらしい。

普通なら避けるべき話だろう。


だが祖父の治療費を思い出すと、その違和感は小さく感じられた。


「ちなみに報酬なんだけど」


嵐がそう言った瞬間、車内の空気が少し変わった。


「1週間参加してもらえれば、1人最低でも200万円」


一瞬、誰も言葉を発しなかった。


「……は?」


最初に反応したのは大輝だった。


「に、200万?」


聞き間違いではないかと確認するように聞き返す。


「うん」


嵐はあっさり頷く。


「最低金額1人200万円」


「マジかよ!」


大輝は思わず身を乗り出した。


「1週間だぞ!?」


「そうだね」


「俺、今までそんな金額見たことねぇぞ!」


興奮を隠しきれない様子だった。


頭の中では既に使い道を考えているのかもしれない。


借金。


パチンコ。


欲しかった物。


様々なものが浮かんでは消えているのだろう。


「すげぇ……」


大輝は何度も呟いた。


「1週間で200万かよ……」


一方で陽菜は少し眉をひそめていた。


「でもさ」


「ん?」


「それって逆に怪しくない?」


その言葉に大輝が顔をしかめる。


「またそういうこと言う」


「だって普通に考えてだよ?」


陽菜は首を傾げた。


「1週間で200万っておかしくない?」


「まぁ、それはそうだけど……」


「芸能人の仕事とかじゃないんだよ?」


陽菜は嵐を見る。


「本当に大丈夫なの?」


嵐は少し肩をすくめた。


「俺も最初は怪しいと思ったよ」


「ですよね」


「でも紹介してくれた人は信用できるし、違法な仕事じゃないって聞いてる」


「ふーん……」


陽菜は完全には納得していない様子だった。


紗月も黙って話を聞いていた。


200万円。


頭の中で数字を反芻する。


大学生がアルバイトで稼ぐ額ではない。


いや、社会人でも簡単に手にできる金額ではない。


一週間。


仕事内容不明。


200万円。


並べてみると違和感しかなかった。


怪しい。


普通なら断るべきだ。


そんな考えが頭をよぎる。


だが同時に、祖父のことも思い出していた。


高額な治療費。


諦めたような祖父の表情。


涙をこらえていた祖母。


200万円あれば少なからず手助けにはなるはず――。


その言葉が強く胸に響く。


「紗月ちゃんははどう思う?」


不意に嵐が尋ねた。


紗月は窓の外へ視線を向けたまま答えた。


「……正直、怪しいとは思います」


陽菜が大きく頷く。


「だよね!」


「でも」


紗月は言葉を続けた。


「違法じゃないなら、私はやります」


「即答だな」


大輝が笑う。


紗月は何も答えなかった。


本当の理由を話すつもりはない。


ただ、その横顔を見た陽菜は少しだけ表情を曇らせた。


普段の紗月なら、ここまで危険そうな話に飛びつくタイプではない。


それだけ金が必要な事情があるのだろう。


陽菜はそれ以上何も聞かなかった。


車内には再び会話が戻った。


だが紗月の胸の奥には、小さな棘のような違和感だけが残り続けていた。


「集合はいつなんですか?」


紗月が初めて口を開いた。


嵐はすぐに答える。


「明日の朝。」


「朝?」


「はい」


「場所は?」


「競技場だってさ」


そう言って嵐はスマートフォンを取り出し、地図を表示した。


見覚えのない施設名が表示されている。


陽菜が聞き返した。


「荷物とかはいらないんですか?」


「必要な物は向こうで用意されるみたい」


嵐は答える。


「到着後にルール説明があって、そのまま開始になるんだって」


「へぇ」


陽菜はそれを聞き少しわくわくした様子だった。


「なんかイベントみたいだね」


「そんな感じかもしれないね」


嵐は曖昧に笑った。

そして少し間を置いて続ける。


「せっかくだし、当日はみんなで向かわない?」


「みんなで?」


「うん」


「その方が安心かも」


陽菜が頷く。

嵐も同意した。


「明日の朝、またこの場所に集まってね」


そう言って現在の待ち合わせ場所を指差す。


「僕が車で迎えに来るよ」


「マジ?」


大輝が笑う。


「それ助かるわ」


「荷物もないし、移動の手間も省けるからね」


嵐はそう言った。


「じゃあ決まりだね!」


陽菜が明るく言う。


「みんなで行こう!」


紗月は窓の外へ目を向けた。


流れていく街並み。

いつもと変わらない日常の景色。

だが、その景色を見ながら胸の奥に小さなざわめきが生まれる。


明日の朝。


競技場。


そこで説明されるゲーム。


何をするのかも分からない。


それでも――


祖父母のためだ。


その思いだけが、紗月の背中を押していた。



その日の朝


祖父母に1週間家を空けバイトに行くことを伝える。


「一週間もかい?」


祖母は不安そうな顔をした。


「うん。でも短期の住み込みバイトだから」


「急だなぁ」


祖父も少し驚いている。


紗月は事前に考えていた言い訳を口にした。


「部活でさ、みんなで新しい道着買おうって話になってるんだ」


「道着?」


「うん。別に今のでも困らないんだけど、新しくてちょっといいやつ」


祖母は少し安心したような表情になる。


「そんなものなら、おばあちゃんたちが出すよ」


「いいよ」


紗月は首を振った。


「欲しいだけだし」


「でも――」


「自分で稼いだお金で買いたいんだ」


そう言うと、祖父は少し笑った。


「立派なこと言うようになったな」


「別に普通だよ」


「危ない仕事じゃないんだろうな?」


「旅館の手伝いみたいな感じらしい」


紗月はできるだけ自然に答えた。

もちろん嘘だった。


だが、祖父母を心配させたくなかった。


「一週間くらいで終わるし」


「そうか……」


祖父はしばらく考えた後、小さく頷く。


「なら頑張ってこい」


「うん」


「でも無理だけはするなよ」


「わかってる」


紗月は笑顔で答えた。


その笑顔の裏で、胸の奥が少しだけ痛んだ。





その日は祖父母とできる限り一緒に過ごした。


翌日の朝になり紗月は部屋で静かに荷物の最終確認をしていた。


とはいえ、大した荷物はない。


嵐の話では必要な物は現地で用意されるらしい。


念のため財布とスマートフォンだけを持つ。


そのスマートフォンを手に取り、画面を点けた。


待ち受けに表示されたのは一枚の写真。


幼い頃の自分。


母。


祖父。


祖母。


四人で並んで笑っている写真だった。


まだ母が生きていた頃。


祖父の髪も黒く、祖母の顔にも今ほど皺はない。


何度も見た写真だった。

それでも出発前になると、なぜか目を離せなくなる。


紗月は無意識に画面を指でなぞった。


母の笑顔。


祖父の優しい目。


祖母の柔らかな笑顔。


胸の奥が少しだけ温かくなる。

そして同時に、祖父が昨朝見せた苦しそうな横顔が脳裏をよぎった。


このバイト代があれば。

治療費の足しになる。


祖父を助けられるかもしれない。


そのために行くのだ。


紗月は小さく息を吐くと、スマートフォンの画面を消した。


そしてポケットへしまう。


鏡に映る自分を見る。

動きやすい黒のジャージ。


いつものスニーカー。

一週間の泊まり込みバイトへ向かう格好としては少しラフかもしれないが、問題はないだろう。


部屋の扉を開ける。


居間では祖父母が待っていた。


「もう行くのかい?」


祖母が少し寂しそうに言う。


「うん」


「本当に一週間くらいなんだな?」


祖父が確認するように聞く。


紗月は頷いた。


「無理するんじゃないぞ」


「ちゃんとご飯食べるんだよ」


いつもと変わらない言葉。


それなのに今日は妙に胸に残った。


「わかってる」


紗月は笑う。


心配させたくなかった。


だからできるだけ普段通りに。


「じゃあ行ってくる」


「いってらっしゃい」


「気を付けてな」


二人の声を背中で聞きながら玄関を出る。


風が頬を撫でた。


静かな住宅街。


紗月は一度だけ振り返った。


祖父と祖母が待つ家。


帰ってくる場所。


しばらく見つめた後、前を向く。


そして待ち合わせ場所へ向かって歩き始めた。


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