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ONIGOKKO ―Human Hunt―  作者: 山犬
序走
3/14

親切な誘い


紗月と陽菜が待ち合わせ場所へ向かって歩いていると、

一台の大きな黒い車がゆっくりと路肩に寄せられ、二人の前で停車した。


「おーい! 陽菜!」


窓が開き、聞き覚えのある声が響く。


「あっ、大輝!」


陽菜はぱっと表情を明るくすると、小走りで車へ駆け寄った。


「もう来てたんだ!」


「そりゃ来るだろ。俺が呼んだんだから」


陽菜の彼氏の相馬大輝(そうま だいき)は得意げに笑う。


少し茶色がかった髪を無造作にかき上げながら、陽菜の頭を軽く撫でた。


「で、その子が友達?」


大輝は窓から身を乗り出しながら紗月を見る。


「うん。部活の友達の紗月!」


そして次の瞬間、


「あれ?」


意外そうに目を瞬かせた。


「なによ、その反応」


陽菜が怪訝そうに聞く。


「いや……」


大輝は紗月を上から下まで見た。


長い黒髪。


整った顔立ち。


空手で鍛えられた引き締まった体つきでありながら、女性らしいスタイルも際立っている。


思わず言葉が漏れた。


「めちゃくちゃ美人じゃん」


「は?」


紗月が眉をひそめる。


「空手で全国優勝したって聞いてたからさ」


大輝は苦笑した。


「もっとこう、肩幅広くて筋肉ムキムキでゴリラみたいな女が来るのかと思ってた」


一瞬の沈黙。


「はぁ!?」


陽菜が即座に叫ぶ。


「お前最低!」


バシッと大輝の腕を叩いた。


「痛っ!」


「初対面の女の子に何言ってんの!?」


「だって本当にそう思ってたんだって!」


大輝は笑いながら肩をすくめる。


「全国優勝って聞いたら普通そう想像するだろ」


「しないわ!」


陽菜は呆れたようにため息をついた。


「だから言ったじゃん。紗月かわいいんだって」


「お前が自慢するなよ」



そのやり取りを聞いていた運転席の嵐嵐が小さく笑う。


「確かに僕も空手をやっている子と聞いていたから勝手にもっと厳つい人を想像していました。

でも実際は全然違いましたね。」


柔らかな口調だった。


陽菜の視線が自然と運転席へ向く。


ハンドルを握っていた青年がこちらを見て、小さく微笑んだ。


黒髪。


透き通るように白い肌。


整った目鼻立ち。


派手さはないのに、不思議と目を引く顔立ちだった。


年齢は二十歳前後だろうか。


落ち着いた雰囲気と清潔感があり、まるで雑誌のモデルか俳優のようにも見える。


「あ……」


思わず陽菜の口から声が漏れる。


青年は少しだけ首を傾げた。


神代(かみしろ) (らん)です。大輝の友人です」


柔らかな声だった。


「嵐くん医大生で、しかも実家病院なんだぜ」


大輝が横から自慢げに言う。


「ちょっと、大輝」


嵐は苦笑した。


だが陽菜はそんなやり取りよりも、目の前の青年の整った顔立ちに意識を奪われていた。


「え、めちゃくちゃイケメンじゃん……」


陽菜から思わず本音が漏れる。


すると大輝が即座に突っ込んだ。


「おいおい、彼氏が目の前にいるんだけど?」


「だって本当にイケメンなんだもん!」


「ひでぇな!」


陽菜はけらけらと笑う。


嵐は困ったように微笑むだけだった。


その様子を見ながら、紗月も内心少し驚いていた。


確かに目を引く容姿だった。


だがそれ以上に、どこか人を安心させるような穏やかな雰囲気がある。


少なくとも怪しい人物には見えなかった。


「立ち話もなんだし、とりあえず乗る?」


大輝が後部座席を親指で示した。


「バイトのことも説明するからさ」


陽菜は振り返る。


「紗月、乗ろう!」


紗月は一瞬だけ車を見つめた。


黒い車体が夕暮れの光を鈍く反射している。


胸の奥にわずかな違和感がよぎったが、それもすぐに消えた。


「うん」


そう答え、後部座席へ乗り込む。


続いて陽菜も隣に腰を下ろした。


ドアが閉まり停車したまま話を進める。




「そういえば、ちゃんと紹介してなかったね」


陽菜がそう言って手を叩いた。


「こっちが彼氏の大輝!20歳!」


「どうもー」


大輝は気軽に手を上げる。


「で、こっちが部活の同期の紗月。空手の全国大会で優勝したことあるんだよ」


「それは知ってるよ」


大輝が笑う。


「聞いてたけど、想像と全然違ったわ」


「まだ言うの?」


陽菜が呆れたように言った。


「だって本当にびっくりしたんだって」


大輝は肩をすくめる。


「こんなかわいいならもっと早く紹介してもらえばよかった」


「は?」


紗月が眉をひそめる。


「冗談だって」


「彼女の前で言うことじゃないでしょ」


陽菜がすかさず腕を叩いた。


「痛ぇ!」


車内に小さな笑いが広がる。


「ちなみに私と大輝が知り合ったのはバイト先なんだよ」


陽菜が紗月へ説明した。


「私、部活終わった後とか休みの日にパチンコ屋でバイトしてるじゃん?」


紗月は頷く。

以前から聞いていた話だった。


「ある日さ、お客さんの玉を盛大にひっくり返しちゃって」


「盛大にな」


大輝が吹き出す。


「もう床一面だったもん」


「笑い事じゃないから!」


陽菜は頬を膨らませる。


「しかもそのお客さんがすごく怒ってて……」


その時のことを思い出したのか、少し苦笑した。


「私、完全にパニックになっちゃって」


「そこで俺が助けたんだよ」


大輝が胸を張る。


「いや、自分で言う?」


「事実だろ?」


確かに事実だった。


大輝は怒っている客をなだめながら、一緒に玉を拾うのを手伝ってくれたらしい。

そこから少しずつ話すようになり、交際が始まったと。



「で、紗月は部活の同期だよ。

空手がめちゃくちゃ強いし、運動神経も抜群だし」


「へぇ」


「だから今回のバイトにも向いてるかなって思って声かけたの」


紗月は少しだけ複雑な気持ちになった。

褒められているのだろうが、どこか選考基準のようにも聞こえたからだ。

もっとも、その違和感は一瞬だった。


「じゃあ俺も紹介すっかな。」


陽菜が運転席を指差す。


「こっちが嵐くん」


「改めてよろしく」


嵐は穏やかに微笑んだ。


「嵐です」


近くで見ると、やはり整った顔立ちだった。


黒髪に白い肌。

どこか品の良さを感じさせる雰囲気がある。


「さっきも言ったけど嵐くん、医大生なんだよ」


「そんな大したものじゃないよ」


嵐は苦笑した。


「いや十分すごいよ」


大輝が言う。


「俺なんかフリーターだぞ」


「働いてるだけ立派じゃないか」


嵐はさらりと返した。


その言葉に嫌味はまったく感じられなかった。


「俺、会員制のバーでバイトしてるんだけどさ」


大輝は話を続ける。


「嵐くんとはそこで知り合ったんだよ」


「バーでですか?」


紗月が聞く。


「そうそう」


大輝は頷いた。


「嵐くんのお父さんがたまに来ててさ。その時に一緒に連れて来られてたんだよ」


嵐も軽く頷く。


「父に付き合わされていただけだけどね」


「で、ある日俺が休憩中に金ねー金ねーって愚痴ってたら」


大輝は笑った。


「嵐くんが『いいバイトありますよ』って教えてくれたんだ」


「そんな言い方じゃなかっただろ」


嵐が苦笑する。


「まあ細かいことはいいんだよ」


大輝は手をひらひらさせた。


「それで話聞いたら、運動神経がよかったら稼げるって聞いてさ」


そう言って振り返る。


「だから陽菜にも声かけたんだ」


陽菜は嬉しそうに頷いた。


「私も最初は怪しいと思ったんだけどね」


「だろ?」


「でも嵐さんみたいな人が紹介してくれるなら大丈夫かなって」


嵐は少し困ったように笑うだけだった。


陽菜が運転席の嵐へ身を乗り出した。


「そういえば嵐さんって何歳なんですか?」


「21歳です」


嵐は前を向いたまま答える。


「えっ、若い!」


「そうかな」


「だってお医者さんの息子で医大生でしょ?」


陽菜は感心したように言った。


「もっと年上かと思ってた」


嵐は苦笑する。


「まだ学生だよ」


「でも私たちからしたら十分お兄さんです」


「そんなに変わらないと思うけど」


「2歳差ですよ?」


陽菜が笑った。


「じゃあ敬語じゃなくていいですよ」


「え?」


「私も紗月も19歳で年下だし」


陽菜は気軽に言う。


「嵐さんが敬語だとなんか距離感じる」


嵐は少し考えるような顔をした。


「でも初対面だし」


「全然大丈夫です!」


陽菜は即答した。


「むしろタメ語の方が話しやすいです」


「そう?」


嵐はバックミラー越しに後部座席を見る。


そして紗月へ視線を向けた。


「白刃さんも?」


突然話を振られた紗月は少しだけ目を瞬かせた。


「私も別に」


「嫌じゃない?」


「はい。あと紗月で大丈夫ですよ」


嵐は少し笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「やった」


陽菜が嬉しそうに言う。


「なんかその方が仲間って感じする」


「まだ何をするかも知らないけどな」


大輝が横から口を挟む。


「確かに」


陽菜は笑った。


「でも一週間近く一緒にいるんでしょ?」


「らしいね」


「だったら仲良くしといた方が絶対楽しいじゃん」


その言葉に嵐も穏やかに頷いた。


「それはそうかも」


「でしょ?」


陽菜は満足そうに胸を張る。


その様子を見ながら、紗月は少しだけ肩の力を抜いた。


正直、ここへ来るまでは警戒していた。


知らない男たち。


内容もよく分からない高額バイト。


怪しむ理由はいくらでもある。


だが少なくとも今のところ、大輝も嵐も普通の青年にしか見えなかった。


むしろ嵐は落ち着いていて話しやすい。


そんなことを考えていると、陽菜が再び嵐へ質問を投げた。


「嵐さんって彼女いるの?」


「おい」


大輝が即座に突っ込む。


「お前なんで初対面でそこ聞くんだよ」


「だって気になるじゃん」


「ならないわ」


「なるよ!」


車内に笑いが広がった。


その笑い声の中で、紗月だけは窓の外を眺めていた。

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