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ONIGOKKO ―Human Hunt―  作者: 山犬
序走
2/14

都合のいい話

数秒もしないうちに返信が返ってきた。


『ほんと!?ありがと!!』


画面いっぱいに並ぶ喜びの言葉に、陽菜の嬉しそうな顔が自然と浮かぶ。


続けて何件かメッセージが送られてくる。


『明後日から泊まり込みになるらしい!』


その文字に、紗月はわずかに眉をひそめる。

普通のアルバイトなら、もう少し前から募集するものではないだろうか。



『詳しい説明は明日するね!』


『私の彼氏と、その教えてくれた友達も参加する予定だし安心して!』


『あと部活の子にも何人か声かけてみる!みんなで行けたら楽しそうだし!』


紗月はしばらく画面を見つめたあと、


『わかった』


とだけ返した。


その後も陽菜から何件かメッセージが届いたが、頭に入ってこなかった。


スマートフォンを伏せ、暗い天井を見上げる。


祖父の声。


祖母の泣き声。


治療費。



聞きたくなかった言葉ばかりが何度も頭の中を巡っていた。


やがて時計の針だけが進み、長い夜が過ぎていった。






翌朝。


目を覚ますと、いつもと変わらない朝の匂いがした。


一階へ降りると、台所から味噌汁の香りが漂っている。


「おはよう、紗月」


祖母はいつもと同じ笑顔を向けた。


昨夜泣いていたとは思えないほど、普段通りの顔だった。


「おはよう」


返事をしながら席につく。


テーブルには焼き魚と味噌汁、それに卵焼きが並んでいる。


祖父もすでに席についていた。


「今日は一限からか?」


「うん」


「ちゃんと食べていけよ」


穏やかな声だった。


昨夜、自分の命を諦めようとしていた人とは思えないほど。


紗月は思わず祖父の顔を見る。


祖父は気づかず味噌汁を飲んでいた。


少し白くなった髪。

少し深くなった皺。


昨日まで何とも思わなかった変化が、今は妙に目につく。


「どうした?」


祖父が不思議そうに聞いた。


「ううん、なんでもない」


紗月は慌てて目を逸らした。


祖母はそんな二人を見ながら小さく笑う。


「最近また練習頑張りすぎなんじゃない?ちゃんと寝なさいよ」


「寝てるって」


「本当かねぇ」


いつも通りの会話。


いつも通りの朝。


昨夜の話など存在しなかったかのように、二人は優しかった。


だからこそ胸が苦しくなる。


二人は自分に心配をかけないために隠している。


何も知らないまま笑っていてほしいと願っている。


その優しさが分かってしまうから、なおさら何も言えなかった。


朝食を終え、大学へ向かう準備をする。


玄関で靴を履くと、祖母が後ろから声をかけた。


「いってらっしゃい」


「いってきます」


祖父も新聞から顔を上げる。


「気をつけてな」


紗月は小さく頷いた。


扉が閉まる直前まで、二人はいつもと同じように見送っていた。




その日一日、授業の内容はほとんど頭に入らなかった。


気づけば祖父の言葉を思い出している。

気づけば祖母の泣き声が蘇る。


何度も考えないようにしても、頭から離れなかった。



そして夕方。


いつも通り部活の練習が終わる。


「紗月!」


更衣室へ向かおうとしたところで、陽菜が駆け寄ってきた。


その表情は昨日よりもずっと明るい。


「昨日の件なんだけどさ!」


陽菜は周囲を確認すると、少しだけ声を落とした。


「授業のときとか部活の前にみんなにも聞いてみたんだけどさー

明後日から泊まり込みだし、急すぎて無理って子ばっかだった」


陽菜は苦笑いを浮かべた。


たしかに急だ。

紗月も不信感を感じた部分だ。


しかし今日の練習を最後に、部活は年末年始の長期休暇へ入る。


次の全体練習は二週間後。大学の講義も休みに入っている。


予定が詰まっているわけではない。だからこそ、この話を受けることができた。


「まあ普通そうだよねー」


陽菜は気楽な調子で続ける。


「でもタイミングはよかったんだよね。今日で部活も休みだし」

そう言いながら笑う。


「それでね、期間なんだけど、一週間近くくらいみたい」


「一週間?」


思わず聞き返していた。


紗月の中でアルバイトといえば、数時間働いて帰るものか、長くても朝から夕方までの一日仕事というイメージだった。


泊まり込みというだけでも珍しいのに、それが一週間近く続くというのは想像していたよりずっと長い。


大学の長期休暇中とはいえ、簡単に決めるには少し長すぎる気もした。


「うん。六日とか七日とか、それくらいらしい」


陽菜は気楽な様子で答える。


「その代わり報酬はかなりいいみたい」


一週間。


頭の中でその言葉を反芻する。

普通のアルバイトなら、そんな期間拘束されることはそう多くない。


それでも祖父の治療費を思い出すと、その違和感は自然と押し込められていった。


長いか短いかではない。


今の自分には金が必要だった



「だから今のところは私と紗月、それと彼氏とその友達くらいかな」


特に気にした様子もなく言うが、どこか残念そうでもあった。


「もっと人数いたら楽しかったんだけどね」


陽菜はそう言って笑った。


「それでさ」


陽菜は思い出したように声を弾ませた。


「詳しい説明なんだけど、今日このあとその仕事を教えてくれた彼氏の友達と会えるんだって」


陽菜はスマートフォンを取り出した。


「場所も送られてきてる」


そう言って画面を紗月へ向ける。


紗月は表示された地図を見つめた。


いよいよ後戻りできなくなる気がして、胸の奥がわずかにざわついた。

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