マオリョー、宣戦布告されます④ もう片付いた、だと?
『終わったわ。つまらない連中ね』
西の方角から、凍てつくようなアイシスの声だけが、風に乗って届く。
「もう片付いたのかよ、早すぎだろ!」
俺は西へ叫んだ。
「百人いたんだぞ!? なんでそんな涼しい声してんだよ!」
『百ごとき、わらわが歩く速さで凍っていくだけよ。退屈で欠伸が出たわ』
「歩いただけで百人凍る奴が、なんで正門のこっちは手伝ってくれねえんだ!」
『嫌よ。そちらまで足を運ぶほどの価値、あの雑魚どもにないもの』
アイシスの声は、どこまでも涼しい。
『近くに来た不届き者だけ、ついでに凍らせてやる。それがわらわの流儀。雑魚を追いかけ回すなんて、女王のすることじゃないわ』
「強さの使い方がいちいち殿様なんだよ! 出張サービスはやってねえのか!」
「ずるいわー! アイシスばっか敵がおって!」
正門で俺の隣に陣取っていたゼルが、地団駄を踏んだ。
「こっちはまだ一匹も来てへん! 早よ来い、燃やしたくてうずうずしとるんや!」
「贅沢な悩みだな! じきにこっちにも百人来る、それまで頭冷やして待ってろ!」
「あかん、待っとる間に腹減ってきた」
ゼルが急にしゃがみ込んだ。
「なあおっちゃん、なんか食うもんない? このままやと、いざ百人来ても弱火の俺しか出せんで」
「戦いの直前に燃料切れ起こすな! お前の火力、燃費が悪すぎんだよ!」
「失礼な。強い炎ほど薪が要る。これは物理や」
「いっちょ前に理屈つけんな! 要は腹ペコだと弱いってだけだろ!」
『暑苦しいわね。チビ、その薄汚い火をしまいなさい』
西から、アイシスの冷たい声が飛んでくる。
「誰がチビやねん! そっちこそ引っ込んどけ、一瞬で凍らせ……ちゃう、燃やしたるわ!」
「言い間違いで自分の手の内ばらすな!」
俺はゼルの頭を小突いた。
チャプ……チャプ……。
足元から、不自然な水音が聞こえ始めた。
「……おい。なんか足元、水増えてねえか?」
見ると、水かさがもうくるぶしまで来ている。
振り返ると、ミィナがお盆を抱えて、うっとりと微笑んでいた。
「ふふっ。ご安心ください、勇者様」
「その『ご安心ください』が一番安心できねえんだよ! 何する気だ!」
「外の不浄な輩が一歩も入れないよう、この城ごと、清らかな水底へ沈めて差し上げます」
「沈めるな!! ……いや待て、水堀みたいに城の周りだけ深くすりゃ、敵は近づけなく……」
言いかけて、足首まで上がってきた水位に気づく。
「ならねえ! 城ごとだろ! 中にいる俺らが真っ先に沈むやつだろそれ!」
「大丈夫です。沈むときは、皆さんご一緒に」
「誰も一緒に沈みたかねえんだよ! 道連れの発想やめろ!」
『やめなさいミィナ! 西まで水が来てるわ! わらわは湿気が大嫌いなのよ!』
西から、アイシスの焦った声が響く。
「氷の女王が湿気にビビってどうすんだ! ……っていうか俺ももう膝まで来てる、いいから水止めろミィナ!」
その横で、俺の足元の影が、ぐにゃぐにゃと形を変え始めた。
影が手の形になってバツ印を作ったり、空を指さしたり、犬や狐の影絵を作ってパタパタ動かしたりしている。動きだけは、やけに堂々として自信に満ちていた。
「……お前、今ものすごく重要なことを完璧に伝え切った顔してるけど」
俺は影を見下ろした。
「翻訳のゼノさんがいねえと、一ミリも分かんねえんだわ。影絵しりとりにしか見えねえ」
影が「なぜ伝わらない!?」とでも言いたげに、わなわなと震えた。
「その理不尽そうな震え方やめろ! 俺が悪いみたいだろ!」




