マオリョー、買収されかけます⑧ 空から、宣戦布告
ドカァァァァァン!!
城の中庭に巨大な落雷が直撃した。
「うわあああっ!?」
俺は思わず耳を塞いだ。
「あの中庭、俺がいつも座ってた定位置じゃねえか! 殺す気満々だろ!」
『ふふっ。明日、我が商会の派遣部隊がそのボロ城を更地にさせてもらうで。せいぜい震えて待っとり』
空からの声が、不意にトーンを変えた。
雷雲の奥からの視線が、俺の後ろにいるリリへ向いた気がした。
『会うたことないのに、なんや懐かしいなぁ。……気のせいやろけど』
「えっ……? わたし?」
リリがポカンと口を開ける。
「おい! 今のはどういう意味だ! てめえ、リリの知り合いか何かか!?」
俺は窓越しに叫んだ。
俺の問いに答える代わりに、さっきの使者の冷酷な声が空から響いた。
『聞いただろう、人間! 明日の朝、我々の総力をもってお前たちの城を物理的に潰す!』
使者の声が響き渡る。
『金貨一万枚を蹴った愚かさを、その欠陥品どもと一緒に絶望の中で噛み締めるがいい!』
捨て台詞を最後に嵐がスッと引き、青空に戻った。
「……明日の朝、総力で潰しに来る、だってさ」
俺は窓の外を睨みつけた。
俺の探索を完全に封じる嵐を操る術師。そして、派遣の軍勢。勝てる気は全くしなかった。だが。
「面白ぇやんけ! 上等や!」
ゼルが牙を剥いて紅蓮の炎を両手に灯す。
「俺の火力のほうが強いってこと、その派遣とやらに教えたるわー!」
「ふん、わらわの城を貧民窟呼ばわりした上に、中庭を荒らすとは。不愉快ね」
アイシスが冷たい瞳を輝かせた。
「明日はわらわが、あのアホな軍勢ごと永久凍土の彼方に凍らせてやろうかしら」
パチンッ。
「ふっ……あいにくだが、俺様は明日、聖地への巡礼が入っていてな」
ルシフが髪をかき上げ、さらりととんでもないことを言った。
「この俺様の不在こそが、お前たちにとって最大の試練となろう。光なき戦いを、せいぜい楽しむがいい」
「いやただ逃げるだけだろ!? 一番うさんくせえタイミングで巡礼すんな!」
「……うむ。ノクテはこう申しておる」
ゼノが重々しく口を開く。だが、その視線はなぜか、嵐の去った空でも使者の方角でもなく、城の最奥――誰も近づかない、社長室のさらに奥へと向けられていた。
「『戦の前祝いだ。最高級の銘酒を一樽、今すぐ我のもとへ』……とな」
「こんな時まで経費でたかるな! ……っていうか、ゼノさん、さっきから何見てんだ?」
俺の問いに、ゼノは答えなかった。
「……いや。なんでもない」
ノクテが、無言でゼノの横顔を見上げていた。その顔は、いつもの呆れ顔ではなく――どこか、案じるような色をしていた。
「……アイシス様」
ミィナが笑顔のまま、無音の水の刃を浮かべる。
「わたしが、あのストーカーのような商会の連中を、一人残らず浄化しておきますね」
「ねえ、聞いてる!? わたしがエリート人事として、この会社を守るための『たーすくふぉーす』を結成してあげるって言ってるの!」
だが、ゼルは炎を吹かし、アイシスは氷を撒き、ミィナは水の刃を磨いでいて、誰一人リリを見ていない。
「ちょっと、無視しないでよ! いい、たーすくふぉーすっていうのはね、タスクを、こう、フォース……つまり筋肉で、ぐっと押し切るチームのことよ!」
リリはドヤ顔で丸メガネを押し上げたが、やっぱり誰も聞いていない。
「どこに筋肉の要素があったんだよ! お前の指示に従ったら、この城が自滅するわ!」
俺は思わず全力でツッコミを入れてしまった。
「……あ、新入社員は聞いてくれるのね。それでこそわたしの部下だわ」
「いや聞いてねえよ、反射でツッコんだだけだ!」
俺は息をつき、周囲を見渡した。
誰も、明日来るという大軍勢にビビっていない。
どいつもこいつも、このポンコツで騒がしい城という『居場所』を守る気で満々なのだ。
「……ほんと、制御不能の持て余す頭数ばっかりだぜ」
俺の口元は、自然と笑みの形に歪んでいた。
十億円の豪邸とステーキ生活を捨ててまで守りたかったものが、この騒がしい日常なのかと思うと、自分のクズさに反してひどく滑稽だった。
「……金より面倒な居場所を選んじまったな、俺も」
「おい、お前ら! 明日は総力戦だ!」
俺は全員に向かって声を張り上げた。
「ゼルは無差別に燃やすな! アイシスは味方ごと凍らせるな! ルシフは……まあ巡礼とやらに行ってこい!」
俺はさらに指を突きつける。
「ゼノとノクテはどさくさに紛れて経費を請求すんな! ミィナは笑顔で暗殺しようとするな! リリは……とりあえず大人しくしてろ!」
「ええーっ!?」
全員が一斉に不満げな声を上げる。
「よーし! マオリョーの意地、見せてやろうぜ!」
本日の収支。
収入:ゼロ。
支出:金貨一万枚という、莫大な利益。そして、俺の夢のステーキ生活。
差し引き――
――莫大な利益を、棒に振った。




