マオリョー、買収されかけます⑤ 掃き溜めと、言った手前
掃き溜め。
持て余す、頭数。
昨夜、俺自身が心の中で吐き捨てた言葉と同じだった。
だが、その言葉を使者の口から直接聞いた瞬間。
俺の心臓が、ドクンと妙な音を立てた。
サインしようとしていた羽ペンが、空中でピタリと止まる。
「……あ?」
俺の口から、低く地を這うような声が漏れた。
昨日の夜、縁側でリリがこぼした言葉がリフレインする。
『ここ……けっこう、好きなのよ』
……持て余す頭数、だと?
「……どうした? 急にペンが止まったな」
固まった俺に、使者が薄笑いを浮かべて羽ペンを突き出してきた。
割れた卓の上には、金貨一万枚が詰まった革袋と契約書が置かれている。
「さあ、サインをしろ。窓口の君が話を通してくれるのだろう?」
「この金貨があれば、君の借金も消え去る」
使者は甘い声で囁く。
「こんなボロ城で、イモをかじる生活からおさらばできるのだ」
「……」
「水の精霊以外の、持て余す頭数どもなど切り捨ててしまえ」
使者は背後の仲間たちを鼻で笑った。
「君は人間だ。こんな化物どもの掃き溜めに付き合う義理はなかろう」
「……持て余す、頭数」
俺は羽ペンを握りしめ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
確かに俺は打算の塊だ。この金貨があれば借金がチャラになる。浮いた金で豪邸を建ててステーキを食う夢の生活が待っている。
だが。
「おいコラ! 誰が持て余す頭数やねん!」
小柄な古龍のゼルが、牙を剥き出しにして使者に吠えかかった。
「お前みたいな嫌な奴、今すぐ丸焦げにしたるわー!」
ゼルの両手から赤い炎が漏れ出す。
「やめろゼル!」
俺はすかさず止めた。
「無差別に火力をぶっ放すな! 頭数呼ばわりされて腹立つのは分かるが、今は一旦ステイだ!」
パチンッ。
「ふっ……俺様を『頭数』などという下賤な言葉で括るとは」
ルシフが指を鳴らした瞬間、誰も頼んでいない黄金の後光が部屋中を照らし出した。
「俺様の絢爛に、ひれ伏せ」
「目が痛えんだよ!」
俺は叫んだ。
「お前はこういう時だけ無駄に輝くよな! 誰も見てない舞台で一人で過剰演出してないで、少しは空気読め!」
「……うむ。ノクテはこう申しておる」
俺の横でゼノが重々しく腕を組んだ。
背後でノクテが無言のまま首を横に振り、使者へ親指を下に向けてみせた。
「『頭数とは笑止千万。どうしてもと言うならば、誠意としてさらに金貨五千枚を要求する』とな」
「出たよ翻訳詐欺おじさん!」
俺はゼノを睨みつけた。
「ノクテは今『こいつ気に食わねえ』ってジェスチャーしただけだろ!」
「……ついでに最高級の羽毛布団も追加せよ、とのことだ」
「どさくさに紛れて私利私欲を上乗せするな!」
「……やはり、わたしがこの身を西の商会に捧げるべきですね」
ミィナがにこにこと笑顔のまま進み出た。
「あの使者の心臓を、無音の水の刃で浄化しておきましょうか?」
「や、やめなさいミィナ!」
アイシスが慌てて止める。
「暗殺で買収を無かったことにしようとするんじゃないわよ! わらわは揺らがないわ!」
「重いし物騒だ!」
俺は頭を抱えた。
「ミィナ、にこにこ笑顔で暗殺提案するな! アイシスもいちいち真に受けて張り合うな!」
俺は震えながら息を吐いた。
「ここは俺が見せ場なんだから、少しは空気を読め!」




