マオリョー、買収されかけます④ 極端から、極端へ
「熱っ!? おいやめろゼル!」
俺は慌てて飛び退いた。
「朝っぱらから厨房の火力を持ち込むな! 割れた卓が黒焦げになっただろうが!」
「愚かね。そんな消し炭、わらわの冷気で跡形もなく消し去ってやろう」
ピキキキキッ!
アイシスが指先を振るうと、焦げた卓の残りが絶対零度の氷塊に変わった。
「極端から極端に走るなアイシス!」
俺は頭を抱えた。
「消し炭ひとつ消すのに永久凍土を持ち出すな! 部屋の温度がマイナスになって俺が凍死しかけてんだろうが!」
「……アイシス様。お怪我はありませんか?」
ミィナが微笑みながら進み出る。
「アイシス様のために、わたしがこの焦げた卓と氷を、丸ごと浄化しておきましょうか?」
「やめろミィナ!」
俺は全力で止めた。
「お前の『アイシス様のため』スイッチが入ると、応接間ごと水没させるから絶対にやめろ! 笑顔で大惨事を引き起こすな!」
俺がW厄災の尻拭いに追われていると、ノクテが音もなく現れた。
無言のまま呆れたように首を振り、両手を広げる。
その後ろから、ゼノが足音を響かせて現れた。
「……うむ。ノクテはこう申しておる」
ゼノが口を開く。
「『最後の晩餐にしては騒がしい。我が君の門出を祝うため、今すぐ幻の銘酒と最高級のつまみを用意せよ』とな」
「また出やがったな、その捏造翻訳!」
俺は即座に指を差した。
「ノクテは今、両手広げて『やれやれ』ってやっただけだろ!」
「どこに銘酒の要求が入ってんだよ! どさくさに紛れて経費をたかろうとするな!」
「……無言には、万感の思いが籠もるものよ」
「籠もってるのはお前の食い意地だけだろ!」
パチンッ!
「ふっ……金貨一万枚など、俺様の美貌の前では石ころに等しい」
ルシフが指を鳴らすと、強烈な黄金の後光が部屋中を照らし出した。
「だが最後の記念だ。俺様の眩さに、目も眩め」
「目が痛えんだよ光る置物!」
俺は叫んだ。
「誰も頼んでねえ過剰演出を朝からフルパワーでやんじゃねえ! 役立たずの光量だけは一丁前なんだよ!」
「ちょっとみんな! 新入社員が困ってるじゃない!」
リリが日傘を振り回しながら、ドヤ顔で叫んだ。
「エリートのわたしが、完璧な『ふぃじびりてぃ』を出してあげるから静かにしなさい!」
「フィジビリティ(実現可能性)な! 急に難しいの持ち出すんじゃねえ!」
俺は息を切らした。
「で、どういう意味だよ!」
「ええと、それは……ちゃんと、できる感じに、きちっと、できる感じのやつよ!」
「できる感じしか言ってねえ! 何ひとつ具体的じゃねえだろ!」
……そうだ。
こいつらは、どいつもこいつもポンコツで、俺に尻拭いばっかりさせやがる。
こんな掃き溜めみたいな会社、さっさと売っちまった方が俺のためだ。
俺は決意を新たに、羽ペンを手に取った。
その時、応接間の扉が開かれた。
「ふん、相変わらず騒々しい貧民窟だな。どうやら、話はまとまったようだが」
西の商会の使者が、再び姿を現した。
使者は、俺が手にする羽ペンを見て薄笑いを浮かべる。
「さあ、サインをしろ。窓口の君が話を通してくれるのだろう?」
使者は俺たちを見下した。
「この金貨があれば、君の借金も消え去る。イモをかじる生活からおさらばできるのだ」
「……」
「賢明な判断だ。水の精霊以外の、そこの持て余す頭数どもなど、さっさと切り捨ててしまえ」
使者は鼻で笑う。
「君は人間だ。こんな化物どもの掃き溜めにいつまでも付き合う義理はなかろう」




