マオリョー、求人募集します⑨ 湖まで、徒歩一時間
「おい、北の森に入ってすぐのところ、かなりデカい湖があるぞ! しかもめちゃくちゃ水が澄んでる! これだ、これなら飲み水どころか風呂にも入れる!」
「本当!? さすがわたし! ほら、課題解決の糸口が見えたじゃない!」
「よし、じゃあ早速そこに水を汲みに……って、ちょっと待て」
俺は脳内マップの『現在地からの距離』を確認して、顔を引きつらせた。
「……おい。この湖、歩いて一時間はかかるぞ」
「えっ」
「えっ、じゃねえよ! 水も飯も一口も入れてないんだぞ!」
俺は頭を抱えた。
「脱水でフラフラのまま一時間歩いたら、湖に着く前にミイラになるわ。なんで城の前に井戸の一つも掘らなかったんだ前の社長は。インフラ意識低すぎだろ!」
俺は再び床に崩れ落ちた。
距離は近い。だが今この瞬間の俺には、一時間歩ける体力すら残っていない。城外の探索が正確なおかげで完璧な水源を見つけることはできたが、今すぐ取りに行ける状態じゃない。
「ど、どうするのよ……。わたし、もう喉が渇いて声も出ないわ……」
「さっきまで元気に泣き喚いてただろ。……くそっ、文句言っても始まらねえ。外の湖は明日行くとして、今夜をしのぐ水を城の中で見つけるしかない」
俺は再び集中した。
城外への広域スキャンを切断し、ピントを手元へと戻す。
相変わらず城内はひどくぼやけている。だが、広範囲を見ようとするからノイズが混ざるのだ。だったら、範囲を極限まで絞ればいい。
「半径ゼロメートル……俺の足元、この城の地下だけをピンポイントで深掘りする!」
俺は課題解決へと意識を向け、ぼやける城内マップの中で、水場があるはずの厨房の地下、水道管のラインだけに探索の焦点を絞り込んだ。
モザイクの奥を凝視するような感覚。頭痛がしてきたが、俺は必死に気合いを入れた(くそっ、結局俺も気合い頼みかよ!)。
「……見えた」
ぼやけた視界の中に、一本の太い管のシルエットが浮かび上がった。
それは地下深くから組み上げられ、この厨房の蛇口へと繋がっているメインパイプだ。未払いによる魔力供給停止で汲み上げが止まっているとはいえ、管の中にはまだ大量の地下水が残存している反応がある。
しかし、なぜ水が出ないのか。
俺はさらにパイプをズームした。
「……原因はこれか」
蛇口から数メートル下の配管部分。そこに、ソフトボール大の得体の知れないヘドロのようなスライムの死骸(?)がカチカチに固まって、完全にパイプを塞いでいたのだ。
「おいリリ! 未払いのせいだけじゃねえぞ! 配管の途中にソフトボール大のゴミが詰まってやがる! これが栓になって水が上がってこないんだ!」
「ええっ!? 嘘でしょ、そんなの気付かなかったわ!」
「お前が掃除サボってたからだろ! とにかく、課題解決への道筋は見えた。この詰まりさえ物理的にぶっ壊せば、パイプ内に残ってる水が逆流して吹き出してくるはずだ!」
「なるほど! さすが新入社員、目の付け所がいいわ!」
「褒めてねえで手伝え! 管の詰まりを破壊する魔法とか、そういうのないのか!」
俺の言葉に、リリは待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
そして、これ見よがしに丸メガネを指で押し上げる。
「ふっ……。ようやくわたしの『本気』を見せる時が来たようね。ただの補助使いだと思っていたら大間違いよ。人を束ね、力を引き出す……それこそがわたしの真骨頂!」
「……束ねる? おい、急に自信満々になりやがって。嫌な予感しかしないんだけど」
リリの瞳孔が、再び怪しく光り始めた。
このとき俺は、まだ知らなかった。この自称エリート人事の『本気』とやらが、俺の異世界生活で最初の、そして最大級の厄災を呼び込むことになるとは――。
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「……おい、ポンコツ人事。お前、今なんて言った?」
薄暗く、埃っぽい廃城の厨房。俺は、半壊した流し台の奥、地下へと続く配管の詰まりを指差したまま、隣でふんぞり返るリリをジト目で睨みつけた。




