マオリョー、買収されかけます② 買収、だと?
「お前ら一回黙ってろ!」
俺はボケの二人を遮った。
「使者が来てる緊迫した状況でもいつも通りだな! 誰も頼んでねえ過剰演出に、すぐキレる氷の女王!」
俺はシルクの服の男に向き直る。
「そこの旦那、貧民窟なのは否定しねえから本題に入ってくれ! 金目の話か!?」
男は冷や汗を拭い、割れた卓の前に立った。
「……コホン。私は『西の商会』の名代だ。我が商会は、この会社を丸ごと買い取りたい」
「……は? 買収……だと?」
使者は懐から分厚い革袋を取り出し、卓の上に置いた。
眩いばかりの純金の輝きが溢れ出る。
「提示する買収額は、金貨一万枚だ」
使者が言い放つ。
「狙いは一つ。この会社が保有する『きれいな水と、水を浄める力』だ。そこにいるミィナの身柄と、契約魔法の権利を引き渡せ」
使者は薄く笑った。
「ご決断いただければ、この金貨はすべて、あなた方のものだ」
「き、金貨一万枚ぃぃぃぃぃぃっ!? 元の世界なら十億円じゃねえか!!」
俺の絶叫が天井の穴を突き抜けた。
「……ふふっ、勇者様。わたしが売られることで、そんなに借金が返せるのですね」
いつの間にか、お茶を乗せたミィナが微笑んで立っていた。
「おうミィナ! ちょうどいいところに来たな!」
俺は即座に振り返った。
「お前は今日から西の商会のエースだ! 向こうに行けば毎日うまい飯が食えるぞ!」
「……わかりました。アイシス様のためなら、わたし、喜んで西の商会の実験動物になりましょう。解剖でもなんでも、お好きにどうぞ」
「重い!!」
俺は全力でツッコんだ。
「忠誠心が常軌を逸して重すぎるから! 悪気ゼロでとんでもない自己犠牲に走るな! 逆に売り飛ばすこっちの良心が痛むだろうが!」
パキィィィィンッ!!
応接間の気温が一気に急降下した。使者の足元から卓の半分までが氷に覆われる。
「ひぃっ!? なんだこの異常な冷気は!」
使者が悲鳴を上げる。
「ば、馬鹿なこと言わないでちょうだい!」
アイシスが顔を真っ赤にして叫んだ。
「わらわがそんなどこの馬の骨とも知れない商会の金で喜ぶとでも思っているの!?」
アイシスは冷気を部屋中に撒き散らす。
「そもそもお前がいなくなって、誰が保存庫の温度管理を手伝うのよ! ええい、この部屋ごと永久凍結よ!」
「おいアイシス! 貴重な金貨の袋ごと凍らせるな!」
俺は慌てて卓に飛びついた。
「ツンデレの照れ隠しでいちいち物理的な氷点下を持ち出すな! 手が滑ってハンコが押せねえだろ!」
「ちょっと新入社員! 目が金貨の形になってるわよ!」
リリが俺の裾を引っ張る。……いや、引っ張りながら、その目もしっかり金貨の山にロックオンしていた。
「た、確かに金貨一万枚は魅力的だけど! でも会社を売るなんて、人事として全力でディスァグリィ(却下)よ!」
「却下の発音だけネイティブにすんな! あとお前も金貨に見とれてんじゃねえか!」
俺はもう完全に目がくらんでいた。
「前借りした借金なんて一瞬で完済できる! 都の一等地で一番デカい豪邸を買い占めてやる!」
俺は皮算用をノンストップで展開する。
「毎日最高級のステーキを食って、念願の石鹸を倉庫が爆発するくらい大人買いして、一生タダ飯で豪遊できるじゃねえか!」
俺は卓の上の金貨を愛おしそうに眺めた。
「売ろう! 今すぐこの雨漏りするボロ城を会社ごと売り払おう!」
俺は使者に向き直った。
「契約書はどこだ! 俺が代わりにサインしてやる!」
「いやあなた、ただの新入社員でしょ。サインする権限なんて、これっぽっちもないわよ」
「うるせえ! こういうのは勢いが大事なんだよ!」




