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魔王軍倒産しました。〜領地は絶賛再建中・勇者は絶賛就職中〜  作者: 瀬大
第8話 マオリョー、業務改善します
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マオリョー、業務改善します⑤ リンゴ一個分の、本気


ヒュン……。

リンゴ一個分ほどの、ごくごく微弱な冷気が湯飲みの周囲を包み込み、熱々だったお茶が一瞬にして飲み頃の適温へと冷まされた。


「……おい」

俺は、目の前で起きた光景に、思わず低い声でツッコんだ。


「永久凍土を作り出して、嵐すら単独で止める最強のフロストクイーンの力を借りておいて……『お茶を冷ます』だけかよ!」

俺は半目になった。

「! どんだけ最強の力の使い道が最弱なんだよ! コスパが狂いすぎてるだろ!」


「ふふん! どう!? この絶妙な温度調整! 氷晶の力を一滴の無駄もなく日々の生活に落とし込む、これぞエリートの成せる業よ!」

リリが薄い胸を張ってふんぞり返る。


「ただの冷蔵庫の冷気じゃねえか! アイシスの無駄遣いにもほどがあるだろ!」

俺はツッコんだ。

「お前のそのポンコツ変換フィルターを通すと、どんな最強の能力も生活の知恵レベルに成り下がるんだな!」


俺が呆れ果てていると、アイシスが不機嫌そうにコツコツとヒールを鳴らして近づいてきた。

「……全く。わらわの絶対零度を、このような下等な茶飲みに利用するとは。万死に値するわ」

アイシスは冷たく目を細めた。

「マオリョーの役員としてのプライドが傷つけられたわ」


アイシスは冷酷な言葉を吐き捨てながら、俺の前に置かれていた湯飲みをスッと手に取った。

そして、そのままコクッ、と一口飲む。


「……」

アイシスの目が、一瞬だけわずかに見開かれた。

「……と言いつつ、お前さっきからその冷茶を一番美味しそうに飲んでるじゃねえか」


俺がジト目で指摘すると、アイシスはわずかに頬を染め、ツンと顔を背けた。

「べ、別に美味しくなどないわ!」

「ただ、保存管理の観点から言えば……細胞に負担をかけない、極めて適切な温度に調整されていると評価してやっただけよ!」

「勘違いしないでよね!」


「出たよツンデレの言い訳! 適切な温度ってなんだよ、ただの飲み頃だろうが!」

俺は頭を抱えた。

「素直に『冷たくて美味しい』って言えよ! 自分で自分のお茶の温度に感動してどうすんだよ!」


「うるさいわね! 新入りは黙っていなさい! ……おい、人事」

リリは胸を反らした。

「わらわの分、もう一杯淹れなさい。そしてさっきと同じ温度にしなさい」

「一ミリでも違ったら凍らせるわよ」

「ほら見ろ! 完全に気に入ってんじゃねえか! おかわり要求してんじゃねえか!」


「ふふん、任せなさい! エリートのわたしの手にかかれば、何度でも完璧な冷茶を提供してあげるわ!」

リリがヤカンを片手にドヤ顔で急須にお湯を注ぐ。


俺は、微弱な火種でお湯を沸かし、微弱な冷気でお茶を冷ますという、異世界最強の無駄遣いを眺めながら、湯飲みを傾けた。

一口飲んだお茶は、確かに火傷もしないし冷たすぎもしない、完璧な適温だった。


「……まあ、能力が暴走して城が火の海になったり、永久凍土に沈んだりする」

俺は遠い目をした。

「いつもの大惨事に比べりゃ、この『しょぼい業務改善』のほうが、精神衛生上は百倍マシなんだけどな」


俺は誰に聞こえるでもなく、小さくボヤいた。


いつものように村一つ水没するような被害もない。

俺の財布から巨額の弁償金が飛んでいくこともない。

ただ、最強の力を借りて、日常の些細な雑用をこなしているだけ。


ある意味、マオリョー史上最も平和で、最も地味な朝の風景がそこにはあった。


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