マオリョー、業務改善します⑤ リンゴ一個分の、本気
ヒュン……。
リンゴ一個分ほどの、ごくごく微弱な冷気が湯飲みの周囲を包み込み、熱々だったお茶が一瞬にして飲み頃の適温へと冷まされた。
「……おい」
俺は、目の前で起きた光景に、思わず低い声でツッコんだ。
「永久凍土を作り出して、嵐すら単独で止める最強のフロストクイーンの力を借りておいて……『お茶を冷ます』だけかよ!」
俺は半目になった。
「! どんだけ最強の力の使い道が最弱なんだよ! コスパが狂いすぎてるだろ!」
「ふふん! どう!? この絶妙な温度調整! 氷晶の力を一滴の無駄もなく日々の生活に落とし込む、これぞエリートの成せる業よ!」
リリが薄い胸を張ってふんぞり返る。
「ただの冷蔵庫の冷気じゃねえか! アイシスの無駄遣いにもほどがあるだろ!」
俺はツッコんだ。
「お前のそのポンコツ変換フィルターを通すと、どんな最強の能力も生活の知恵レベルに成り下がるんだな!」
俺が呆れ果てていると、アイシスが不機嫌そうにコツコツとヒールを鳴らして近づいてきた。
「……全く。わらわの絶対零度を、このような下等な茶飲みに利用するとは。万死に値するわ」
アイシスは冷たく目を細めた。
「マオリョーの役員としてのプライドが傷つけられたわ」
アイシスは冷酷な言葉を吐き捨てながら、俺の前に置かれていた湯飲みをスッと手に取った。
そして、そのままコクッ、と一口飲む。
「……」
アイシスの目が、一瞬だけわずかに見開かれた。
「……と言いつつ、お前さっきからその冷茶を一番美味しそうに飲んでるじゃねえか」
俺がジト目で指摘すると、アイシスはわずかに頬を染め、ツンと顔を背けた。
「べ、別に美味しくなどないわ!」
「ただ、保存管理の観点から言えば……細胞に負担をかけない、極めて適切な温度に調整されていると評価してやっただけよ!」
「勘違いしないでよね!」
「出たよツンデレの言い訳! 適切な温度ってなんだよ、ただの飲み頃だろうが!」
俺は頭を抱えた。
「素直に『冷たくて美味しい』って言えよ! 自分で自分のお茶の温度に感動してどうすんだよ!」
「うるさいわね! 新入りは黙っていなさい! ……おい、人事」
リリは胸を反らした。
「わらわの分、もう一杯淹れなさい。そしてさっきと同じ温度にしなさい」
「一ミリでも違ったら凍らせるわよ」
「ほら見ろ! 完全に気に入ってんじゃねえか! おかわり要求してんじゃねえか!」
「ふふん、任せなさい! エリートのわたしの手にかかれば、何度でも完璧な冷茶を提供してあげるわ!」
リリがヤカンを片手にドヤ顔で急須にお湯を注ぐ。
俺は、微弱な火種でお湯を沸かし、微弱な冷気でお茶を冷ますという、異世界最強の無駄遣いを眺めながら、湯飲みを傾けた。
一口飲んだお茶は、確かに火傷もしないし冷たすぎもしない、完璧な適温だった。
「……まあ、能力が暴走して城が火の海になったり、永久凍土に沈んだりする」
俺は遠い目をした。
「いつもの大惨事に比べりゃ、この『しょぼい業務改善』のほうが、精神衛生上は百倍マシなんだけどな」
俺は誰に聞こえるでもなく、小さくボヤいた。
いつものように村一つ水没するような被害もない。
俺の財布から巨額の弁償金が飛んでいくこともない。
ただ、最強の力を借りて、日常の些細な雑用をこなしているだけ。
ある意味、マオリョー史上最も平和で、最も地味な朝の風景がそこにはあった。




