マオリョー、業務改善します① 初の黒字は、一晩で消えた
魔王城、新入社員の自室。
朝の冷たい隙間風が吹き込む中、俺は机の上に置かれた、ぺちゃんこになった革袋を血走った目で見つめていた。足元では、いつの間にか俺の部屋に住み着いた鶏のぴぃが、隙間風に「ぴぃ……」と寒そうに身を縮めている。
「……ない。一枚もない。昨日まで確かにここにあった、金貨五十枚」
「マオリョー始まって以来の、記念すべき初の黒字」
「それが温泉宿一泊で、綺麗さっぱり消滅した……!」
「宿代も、超豪華な宴会代も、結局この一番下っ端の俺が全部支払う羽目になって……ああ、念願の石鹸が!」
「真新しい布の服が、また遠のいた……!」
俺が空っぽの革袋を握りしめて絶叫していると、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
「ちょっと新入社員! 朝から貧乏くさい顔でブツブツ言わないでよね! だいたい、それはあなたの金じゃなくて、会社の――」
白銀のツインテールを揺らし、丸メガネをクイッと押し上げながら、自称エリート人事のリリがドヤ顔でずかずかと踏み込んできた。
「……会社の金、だろ。分かってるよ」
俺はツッコんだ。
「あの五十枚は、あの水売り騒動でみんなで汗水たらして稼いだ会社の黒字だ」
「俺一人の金じゃねえ。毎度毎度おんなじ訂正すんな、耳にタコができてんだよ」
俺が先回りして言ってやると、リリは虚を突かれたように目を丸くし、それから得意げに胸を反らした。
「ふふん……やっと分かってきたじゃない! そう、それでこそ我が社の一員ね!」
「うるせえ。……だがな、俺が本当に泣きたいのはそこじゃねえんだよ」
俺は空っぽの革袋を握りしめ、ぎりっと歯を噛んだ。
「あくありうむの樽代に、俺が自腹で全財産はたいたあの金」
俺は頭を抱えた。
「ルシフのバカが勝手に刷ったポスター代で消えたまま、いまだ一銭も戻ってきてねえ!」
「会社は黒字でも、俺個人は丸損なんだよ!」
「済んだことは仕方ないわ! 昨日のお金もなくなって、わたしだって内心すっごくしょんぼりしてるんだから!」
「しょんぼりしてる奴がなんでそんな胸張ってドヤ顔してんだよ! 腹立つな!」
リリは俺のツッコミを華麗にスルーし、薄い胸をグッと張った。
「それより新入社員、今日からマオリョーは生まれ変わるの!」
「ズバリ、業務改善——会社を丸ごと『イノベーション』するってことよ!」
「……は? いきなり横文字でごまかしたな。お前、絶対その『イノベーション』の意味わかってないだろ」
「わ、わかってるわよ! もっとサクサク、キビキビ、会社をいい感じにするやつよ!」
「過程が全部フワフワの擬音なのに、結論だけ合ってるのが腹立つんだよ!」
俺は指を突きつけた。
「完全に雰囲気だけで使ってるだろ!」
「だいたい、お前が仕切ってろくなことになった試しがねえんだよ!」
俺が全力で拒否反応を示していると、騒ぎを聞きつけたのか、廊下からわらわらと他の連中が集まってきた。
「なんやなんや、おっちゃん!」
ゼルは牙を剥いた。
「業務改善言うたらアレか、今日から一日五食になって、おやつの時間が増えるんか!?」
「俺、腹減ったんやー!」
「増えねえよ! なんで改善の方向が全部お前の胃袋に向かってんだよ!」
俺は声を張り上げた。
「昨日の宴会で伊勢海老二十匹食った分のカロリーはどうなってんだ!」
目を輝かせて飛び込んできた古龍の幼体ゼルに、俺は間髪入れずにツッコんだ。




