マオリョー、社員旅行します⑩ 予算は、もう崩れてる
「お前らが勝手にやり合ってる間に、予算はすでに崩壊してんだよ!」
俺は頭を抱えた。
「リリ、お前幹事ならゼルの首根っこ掴んででも止めろ!」
「なんでちょっと注意しただけで満足して、自分もこっそり高級メロン食ってんだよ!」
「お前もコストオーバーの共犯だろ!」
「な、なによ! 幹事特権のご褒美よ!」
「ただの横領じゃねえか! 横文字で誤魔化すな!」
俺がゼルとリリの二人にツッコミを入れ、息も絶え絶えになっていると、上座の方からトクトクトク……と、上品に酒を注ぐ音が聞こえてきた。
黒鎧を脱ぎ、浴衣姿になったCEOのゼノが、ご機嫌な様子で杯を傾けている。その横では、完璧な従者であるノクテが、一言も発することなく、スッ……と絶妙なタイミングで銚子を傾け、ゼノの杯を満たしていた。
「……うむ。良い酒だ。やはり湯上がりの地酒は格別よな」
「ゼノさん、あんたがさっきから水みたいにパカパカ飲んでるそのお酒、女将さんが『当館の蔵の奥深くに眠る、幻の秘蔵酒』って言ってたやつですよね?」
「それ、一杯いくらするんですか?」
俺が恐る恐る尋ねると、ノクテは無言のまま、空になった銚子をスッと横に置いた。
するとゼノが、重厚な口調で口を開いた。
「……うむ。ノクテはこう申しておる。『CEOの喉を潤すには、まだ足りぬ」
ゼノは重々しく頷いた。
「女将、この幻の秘蔵酒を、もう三本追加で所望する』……とな」
「言ってねええええええ!!」
俺の絶叫が、宴会場の天井に響き渡る。
「ノクテは今ただ空き瓶を横に置いただけだろ!」
俺は指を突きつけた。
「なんでその沈黙の所作が『幻の酒を三本追加』に翻訳されんだよ!」
「お前が一言も喋らないのをいいことに、ゼノさんが完全に自分の私利私欲のアルコール欲を満たしてるだけじゃねえか!」
「ていうか、三本ってなんだよ! 俺の財布をアルコール消毒して殺す気か!」
「……ノクテはこう申しておる。『案ずるな、すべて経費だ』……とな」
「経費経費って言うが、それ全部、俺の黒字が溶けてってんだよ!」
俺は声を張り上げた。
「翻訳詐欺で会社のなけなしの黒字を飲み尽くすな!」
「あんたCEOだろ、少しは会社の財務状況を心配しろ!」
それまで興味なさげに盃を眺めていたアイシスが、フッと鼻で笑った。
「……威厳だの貫禄だの並べたところで、結局は新入りの財布に集っているだけ。安い男ね」
「アイシスもさらっと毒吐くの上手いな!? 正論すぎて誰も言い返せねえ!」
ゼノは何ら動じることなく、涼しい顔で盃を傾けるのみだった。
俺が喉を枯らして叫び続けていると、ふと、宴会場の隅が異常に眩しいことに気がついた。
「……フッ。この豪華な宴も、俺様という最高のメインディッシュの前では、ただの前菜に過ぎない」
浴衣の胸元を無駄にはだけさせた副社長のルシフが、膳の前で後光を焚き、真紅の薔薇の花びらを散らしながらワイングラスを回していた。
「お前はなんで和食の宴会で一人だけワイングラス回してんだよ! 旅館の風情が台無しだろ!」
俺は天を仰いだ。
「しかも誰も見てねえよ、ゼルは肉食うのに夢中だし、ゼノさんは酒に夢中だし!」
「お前のその過剰演出、完全に電気代の無駄遣いじゃねえか!」
「……見よ、この俺様の美しき食事風景を。……見ろと言っている」
「二回言っても誰も見ねえよ! 寂しがり屋か! 大人しく魚食ってろ!」




