マオリョー、社員旅行します⑨ 一人だけ、満喫してる
「……ぴぃー♪」
ふと足元を見ると、極度の寒がりである鶏のマスコット、ぴぃが、湯あみ着を着た俺の横で、ご機嫌な様子でお湯にぷかぷかと浮いていた。
いつもは隙間風に怯えてガタガタ震えているのに、温かい温泉の中だけは別格らしい。
「お前だけだな、普通に温泉を満喫してんの……」
俺は、ぴぃの頭を撫でながら、ふと、あることに気がついた。
(……あれ? 今日、誰も暴走してないし、宿も壊れてないぞ?)
ミィナは大洪水を起こしていない。
ゼルは火を吹いてお湯を蒸発させていない。
アイシスは宿全体を永久凍土に変えていない。
これまでの社員採用イベントにつきものだった『能力の暴走による大惨事』が、今回は全く起きていないのだ。
ちゃんとした温泉宿に来たおかげで、ただのドタバタ騒ぎと俺の気苦労だけで済んでいる。
「……なんだ、意外と平和に温泉を楽しめてるじゃないか。物理的な被害がないだけでも、社員旅行としては大成功の部類だろ」
俺は、少しだけホッとして、肩まで深くお湯に浸かった。
だが、ぽかぽかと温まる身体とは裏腹に、俺の脳裏には、ある一つの残酷な事実が浮かび上がってきた。
(……いや待てよ。今日は何も壊れてないけど……この後には、旅館の『超豪華な夕食の宴会』があって……明日の朝にはフロントで『チェックアウトと精算』が待ってるんだよな……?)
翻訳詐欺で「蔵一番の地酒」を当然のように経費で要求するCEO。
旅館の料理を食い尽くしそうな、底なしの食欲魔神である古龍。
勝手に謎のオプションや寄贈品を発注しそうなナルシスト副社長。
そして、予算管理なんて絶対にできそうにない、CEOにペコペコするポンコツ人事。
(……物理的な被害はないけど、俺が死守しようとしている『初の黒字』へのダイレクトアタックが、これから本格的に始まるってことか……!?)
俺は、湯けむりの中で、背筋にスーッと冷たい氷の刃が走るのを感じた。
このぽかぽかとした心地よい温泉が、俺の財布の死へのカウントダウンに思えてきたのだ。
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温泉から上がり、宿が誇る一番の大広間。
目の前には、海の幸、山の幸、見たこともないような高級食材が所狭しと並んだ、超豪華な夕食の宴会膳がズラリと用意されていた。
「うおおおおっ! めっちゃうまそうやんけ! いただきまーす!!」
「おいバカゼル! お前ちょっと待て!」
俺は半目になった。
「なんでお前は自分の膳を秒で平らげて、隣のアイシスのカニにまで手を伸ばしてんだよ!」
「ペース配分って言葉を知らねえのか!」
「ええー? 腹減ってるんやからしゃーないやんけ! すんませーん、このお肉のお皿、あと十枚追加で頼むわー!」
「十枚!? お前それ、メニュー表に『特選和牛・時価』って書いてあったやつだぞ!」
俺はツッコんだ。
「勝手に追加注文すんな! 俺の黒字が皿の上で溶けていく音が聞こえるだろうが!」
俺がゼルの暴食を止めようと必死になっていると、隣から丸メガネを光らせたリリが立ち上がった。
「まず新入社員、いい加減覚えなさい。それあなたの黒字じゃなくて会社の黒字よ」
リリは胸を反らした。
「——そしてちょっとゼル!」
「幹事であるエリートのわたしが設定したバジェットを完全にオーバーしているわ!」
「会社のコスト管理をなんだと思っているの!」
「あなたのエンゲル係数のせいで、この社員旅行のROIが最悪になるじゃない!」
「なんやねんその呪文! わからん! うまいんやから仕方ないやろ! おかわりやー!」
「き、聞きなさいよ! わたしの完璧な予算編成が崩壊するわ!」




